第62話【背中合わせって特別な感じしません?】
何年も前にクリアしたゲームを無性にやりたくなる時ってあるよな。
SNSのタイムラインに新シリーズ発売の広告が流れて来たときとか。
あるいはネットの動画を漁ってる時に、大して改正数も回ってない底辺配信者のプレイ動画がおススメに出てきたとき。
正直動画の出来としては問答無用で低評価送りにして良いのに、画面に映るゲームな懐かしさ故か、1つ見終わったらそのド底辺配信者の他動画も漁ってしまう。それも年単位で投稿活動が停止しているチャンネルのをだ。
自分ならこうする。あー……それは避けれるだろ。
心中でツッコミを入れながら粗方見終わった頃には、心が
「お風呂先頂きましたー。あ、センパイそのゲームもってたんですね」
「一人暮らし始めてから1回も遊んでなかったけどな」
ゲーム機の画面から目を離さず、風呂上がりの卯月に応える。
俺のやっているゲームはコントローラーと画面を切り離して遊べる、比較的最新機種。昨日と交代で卯月が先に風呂入ってる間、ふと思いたって久方ぶりに遊び始めて今に至る。
「お風呂冷めないよう湯船の蓋してきます?」
「いやっ、だ……いじょうぶ。あと3ゲームで終わる」
「1ゲームどれくらいかかるんですか?」
「5分で終われば早い方」
「蓋してきますねー」
何故か呆れた口調で洗面所へと戻っていく卯月。たかが3ゲームなんて直ぐなのに。
ただ卯月のこともゲームを続けていく内に思考の外へと追いやられ、俺は画面の中で繰り広げられる対戦へと集中していく。
「センパーイ。あと何ゲームですかぁ?」
「…………」
「センパイ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「――――――――ふぅ」
「うおっ!?」
突如耳元に吹き込まれる生ぬるい風に動揺し、俺は自分でも聞いたことないような奇声を発した。
「いきなりなんだよ!?」
「いやぁ……センパイ全然返事してくれなかったので、ついつい」
思わず振り向くと、卯月はまるで自分が可愛いことを自覚しているようなあざといポーズで笑って見せた。……あざといのに似合ってるから何とも言えねぇ。
さすが1年間自分を磨いたと豪語するだけある。
俺の注意を見事引くことに成功した卯月は「で」と強調し、
「あと何ゲームです?」
「3ゲームだけど」
「減ってないじゃないですか!」
いやだってさっき答えた時にやってた試合が終わった所だもん。
けどこのペースでこれから3ゲームやるのも不味いか……。
「わかった。次のゲーム済んだら終わるよ」
「ホントに?」
「ああ。ホントホント」
「でしたら問題ありません」
と、卯月を納得させ俺は視線をゲーム画面の方へ戻しマッチング開始。
ローディング画面で対戦相手を待っていると、不意に背中一面に程よい硬さの何かが触れた。
見なくても背中から伝わる感触でわかる。
「もたれるならベッドの横か壁の方が良いんじゃねーの」
「センパイがちゃんと1ゲームで
「お前の目は背中にあるのか」
卯月が背中合わせで俺に寄りかかってきたのだ。
例の如く彼女の上半身を守るのはスポブラだけで、薄いTシャツ越しに風呂上がりの高くなった体温がほぼダイレクトで伝わってくる。
卯月は「これだけ近ければ音でわかりますよ」と言って、離れる気は疎か体勢を変える気もないようだ。まぁ俺も卯月を背もたれにできて楽だけどさ。
程よい強さの圧迫感のお陰で心身ともにどっしりと構えて戦いに臨めるというものだ。
ただ1点。気になることもある。
「髪乾かしてないのか?」
首筋辺りに当たる彼女の頭はしっとりしていて、肌のぬくもりに比べて冷たい。
「次センパイがお風呂入るので早く開けなきゃと思いまして」
「乾かしてこいよ。風邪引くぞ」
「もうだいぶ温かいので大丈夫ですよー」
「俺が言うのもなんだが、髪は女の命って言うだろ。せっかく綺麗に染めてんだから大切にしねーと」
「なら今、私はセンパイに命を預けてるってことですね!」
「お前そんな重いこという奴だったか?」
「自慢じゃありませんが1回フラれても1年修行してリベンジするくらいには重たーい女の子ですよ」
「説得力がヤベェ……」
呆気からんと言われた言葉にぐうの音もでなかった。
そんな会話をしている間にゲームは佳境に至り、間もなくして終了。結果は俺の勝ちだったので、気持ちよく終われる。
電源を切って立ち上がろうとすると、俺の動きで察したのか背中の圧迫感が遠ざかっていく。
「よしっ、んじゃ風呂入って来るわ。髪乾かすなら気にせず洗面所使ってくれよな」
「はーい。柔軟終わった後にお借りしますね」
そう言いながら卯月は昨日と同様、足の裏同士を合わせて胡坐を掻いた。
相変わらず関節柔らかすぎだろ……。
何度見ても驚嘆を禁じえない彼女の柔軟性に唖然としながら、俺は風呂場へと向かった。
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【あとがき】
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