第61話【混んでるレジほど憂鬱なものはない】
休みの日はどこも混んでるものだが、まさかスーパーまでこの人混みとは……。
昼食にファストフード店でハンバーガーを堪能した後、一人暮らしを始めて以来、ずっと愛用している駅近のスーパーに来店直後、俺はあまりの客の多さに辟易していた。
テーマパークとか昨日行ったショッピングモールならわかるが、こんなどこにでもスーパーにまで人は何故こうも休日に群がるのだろうか。
“祝日による日本人の心理的外出欲求”みたいなタイトルで卒論書いてやろうか。などとふざけた思考を弄んでいると、空のカゴを乗せたカートを押してきた。
「お待たせしましたー。人多くてカートあるの動きにくいですね」
「そうなんだが、この人混みだとレジも待たされるだろうからなぁ」
ちょっとした物を買い足すだけならカゴだけ持てばいいんだが、油や1.5リットルのペットボトルなんて持ってたらゆっくり買い物もできないし、今日はトイレットペーパーなんかの嵩張る物も買う予定なのでカート必須なのだ。
「私が押していくのでセンパイは好きに歩いちゃってください」
「そうか? あんまり卯月を……というか女子、後ろに引き連れるのとか気が乗らないんだけど」
「それって、私に横で一緒に歩いて欲しいってことです?」
「そういうことじゃねーよ。あと、横並びは他の人の迷惑になるからな」
「冗談ですよ。良い女は男の人の3歩後ろ歩くものですからね」
「うん、それも違うな」
とんでもない時代錯誤な言葉が出てきたぞ……。
もはや慣れ親しんだ軽口の応酬で遊びながら、スーパー内を練り歩く。結局卯月の手からカートを離させることはできなかったが、俺の家に置く物を買うんだし、と己を納得させ陳列する商品を物色する。
「さて……今日の夕飯は何にするか……卯月、何食べたい?」
まぁさっそく卯月に意見を聞くんだけどさ。
ついて来ている卯月の方へ振り返ると、何やらカゴに入れた覚えのないお菓子があった。
「って、お前またか!?」
「えへへへ。ついつい入れたくなっちゃうんですよねー」
「あのなぁ……欲しいのあるなら買ってやるから言え」
「はーい、で何でしたっけ?」
返事だけは一人前なんだよな。
高校の時は元気がない代わりに滅茶苦茶有能だったのに……人間ってこんなに変われるものなのか。
「夕飯何食べたい?」
「何でもいいですよー」
「世の母親が言われて困る言葉ランキング上位のセリフ来たな」
「大丈夫です! 私好き嫌いとか言ってられなかったので、何出されても“これは嫌だ”みたいな顔しないので!」
「そういうことじゃ……はぁ、もういいや。適当に安い食材片っ端から買って適当に作るから文句言うなよ」
「はーい。もちろん、私もお手伝いしますね」
なんてやり取りをしながら、少しずつ買い物カゴの中が増えていく。
もう他に買う予定だったものもないし、そろそろレジへ向かおう。そう言おうとしたのとほぼ同時。いや、一瞬早く卯月の声が耳に届く。
「センパイ、もう1つ買って欲しい物があるんですけど、良いですか?」
「ん? まぁ物によるけど何だ?」
「こっちです」
何、とは応えず卯月はカートごと踵を返して俺について来いとばかりに、歩き出した。
口にし辛い物だろうか。だとしたら無理に問い質すより、このまま付いていった方が良い。
幾つか予想を立てながらカートを押す卯月の背中を追う。
卯月が向かったのは俺たちがいた場所からほぼ正反対のエリア。心なしか室温がひんやりとした気がしたのは気の所為なんかではなく、ドリンク系のものが冷やされた状態で陳列しているからだ。
右側にペットボトル。左側にアルミ缶類のドリンクが並んだ場所で、おもむろに足を止めた卯月は…………
「待て待て待て」
咄嗟に俺は制止を掛けた。
「酒は駄目。卯月お前まだ未成年だろ」
お酒駄目、絶対。あと煙草も。
大学デビューで陰キャから陽キャへの転身は凄いと思うが、悪への道は先輩として許さんぞ。
非行へ走りそうになる後輩に
「私じゃないですよ。センパイです」
「俺?」
「ここ最近、センパイと一緒にいて気付いたんですけど、センパイって全然お酒飲みませんよね」
「そう……だな。嫌いじゃないけど強くないし。あんまり飲まないな」
「あんまりどころか最後に飲んだのって、新歓の時では?」
指摘され、脳内でここ数週間の記憶をザッと漁る。
うん。正解だ。花丸をやろう。
「ですから、せっかくの祝日ということでセンパイには1度パーッ! と飲んでもらっても良いのかもと思いまして」
「酒かぁ。マジで弱いからな俺」
「任せて下さい。気分が悪くなったらちゃんと吐かせて上げますから」
安心させようと言ってくれたようだが、絵面的には情けないことこの上ない。
けど酒を新歓以来、全く飲んでいなかったのも事実。
「まさか、俺が飲むのに乗じて少し飲んでみようって魂胆か?」
「全然違いますよー」
「だとしたらお前の狙いが――――」
「やってみたいことがあるんですよ」
彼女の狙いが見えない。
そう問い質そうと思った傍から卯月は、己の腹の内を語った。
やってみたいこと?
「ほらっ、ドラマとかでお酒が出るとお酌するシーンってあるじゃないですか」
と言いながら卯月は空中でボトル? らしきものを持つ仕草を手で作り傾けていく。
その仕草が驚くほど堂に入っていて、思わず空中に浮かんだグラスに金色の酒が注がれる様を幻視してしまった。
思わず酒が得意ではない俺でも、ゴクリと喉が鳴る。
「…………わかった。けど何を飲むかは俺が選ぶぞ」
「それはもちろん。センパイには美味しく飲んでもらいたいので、好きなお酒どうぞ」
妙に笑顔な卯月に多少の疑念がないといえば嘘になる。
だが、それ以上に晩酌への期待が高まった俺は、
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【蛇足】
作者はまだビールを苦いとしか感じられない子供舌です(成人済み)
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
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