第60話【休みだからって家に居たい時もある】
「フフフ、フンフーフッ、フッ、フフフッ」
ベランダから卯月の上機嫌な鼻歌が聴こえてくる。
今日の歌は、政界のトップに君臨したら権力を超私的利用すると公言する重い女子がテーマのやつだ。
「悪いな、洗濯物任せて」
「いえいえー、これくらいの
「……ノーコメントで」
かれこれ30分近く続くレポートとの睨めっこにも疲れ、パソコンから卯月の方へと視線を移して問うと、卯月は男物のパンツを良い笑顔で干しながら、反応に困ることを言ってきた。
雲一つない快晴と温かな気温に恵まれ、どこかに出掛けたい気分ではあるものの、そう遊んでばかりもいられない。
大学の課題を仕上げないといけないのと、お財布事情的にも贅沢ばかりはしてられないからだ。
それに、こんな良い天気の日にあえて家でグダグダするのも考え方によっては贅沢な生活ではないだろうか。
「お洗濯完了致しました」
「はい、ご苦労さん」
ビシッと敬礼する卯月に付き合いこちらも敬礼で返す。
卯月が洗濯物を買って出てくれたのは、俺としては正直ありがたい話だった。女子が男物の下着を干すのと、男が女物の下着を干すのでは絵面の犯罪臭が段違いだからな。
「お前は大学の課題どうなんだ? できることあるならノーパソ貸すけど」
高校の頃は親から「大学はきっちりノート取りなさい」とか「ルーズリーフは普段からちょっと余分に持っとくのよ」と口酸っぱく言われたが、いざ大学に入ってみると肩透かしを食らったものだ。
昨今の大学は教材は、そのほとんどがネット経由で配信される。
生徒や教師陣たちは往年のネットゲームよろしく、大学の特設サイトから入学時に与えられたIDとパスワードからログインし、そこから教材配布に課題提出、出席確認。果ては定期
もちろん教師の方針によっては、昔ながらの紙媒体の教材を手元にノートを取る講義もあるのだが、ペンを持つことは大学入学前と比べて目に見えて減った。
閑話休題。
要は今現在、自分の部屋に入れない卯月でもネット環境さえあれば大学の課題をこなすことは可能なのだ。スマホでもできるが、さすがに
俺の申し出に、ベランダから中へと入った卯月は、自慢するでもなくさも当然のように笑って言った。
「課題はGW初日に片付けているのでダイジョー
「そうか? つか古いな。俺の親でも世代じゃないぞ、たぶん」
「えー……可愛いと思ってたのにー」
形の良い眉を八の字にしてオーバーリアクションを取る卯月。うーん……可愛いと言えばそうなんだろうが、古っ! ってインパクトの方がデカいんだよな。
それはそうと、既に課題を終わらせていたのは素直に感心させられる。
でもまぁ考えてみれば卯月なら当然か、とも納得してしまう節もあったりする。
高校で
なんせよっぽどふざけた内容でさえなければ、それだけで“関心・意欲”分の点数をマックス近く貰えるのだから。
俺との勉強会ですら毎回始める前に卯月は課題を済ませていた。スゲェ、としか言いようがない。
「そういうセンパイはどんな課題やってるんですか? あ、コレ! この前の流れ星のレポートですね!」
俺の肩から乗り出すように、後ろからディスプレイを覗く卯月に見えるように、ノーパソの向きをずらす。
先刻、陽の下で洗濯を干していたせいか、肩に置かれる彼女の小さな手が温かい。
「課題というか感想文だな。流星群を見た学生は感想、観れなかった場合は資料を基に気になった事についてのレポートを」
「でしたらセンパイは感想ですし、余裕ですね」
「んー……」
「あれっ、センパイ?」
卯月の言葉に俺は歯切れの悪い返答……いや、言葉にすらなってないうめき声を零した。
「いやぁ……それが、あんま覚えてなくてさ……」
「え、えええええ!?」
マジですか!?
そう言外に訴えてくる卯月の目に、気不味いながらマジです、と返す。
いや、覚えてる。覚えてるよ? ただな――――。
「おおよその事は覚えてるんだが、“何時頃から降り始めて、どれだけ降って、何時終わったのか”とか、“周りの星はどんな風に見えていた”みたいな詳しい情景が漠然としてるんだ」
大学の課題は高校までの課題と少しばかり採点方法が違う。そりゃそもそも課題の種類が違うのだから当たり前だけど。
高校の課題で最も多いのが“問題集”だ。テスト範囲の問題を解いて自己採点までしたノートを提出する。教師たちはその正解数など問わず、やっているかどうかだけを判断している。
一方で大学の課題の大半は
だから小学生のような「初めて見た」「沢山流れてて綺麗だったー」など、一言コメントの集合体みたいな感想文は書けない。絶対点数低い!
「しゃーない。誰か写真撮ってないか後で聞いてみるか」
これ以上粘っても無駄無駄無駄ぁ……と、俺は書きかけの感想文を保存し、フォルダを閉じる。
肩だけ軽く回していると、卯月が労うように揉んでくれた。
「あぁ……効くぅ……ありがとな」
「お疲れ様です」
「ん、もういいよ」
ポンポンと卯月の手を触れ、満足したと伝えると、卯月は名残惜しそうに数泊間を置いてから、ソっと手を離した。
壁に掛けた時計で時間を確認してみると、時刻は昼前。
ベランダから、さらに外。雲1つない青空を眺めながら、俺は立ち上がる。
「天気良いし、昼飯は外で食べるか。どうせ買い出しにも行かねーと行けねーし」
せっかくの日本晴れなのだ。中でグダグダしてるのはやっぱり勿体ない。
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【あとがき】
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