第59話【寝起きは頭回らないよな】


 ちょっと早いな……。


 なんとなく今日は目が覚めるのが早い気がした。 

 別に寝苦しかったわけでも昨夜早く寝たわけでもなく、偶にある妙に目が冴えてしまった感覚。

 スマホで時間を確認したわけではないが、たぶんいつもより1時間くらい早く起きてる。

 二度寝するか数秒の思案。起きることを決意する。

 ……と、その前に。


「さすがに寝てるか」


 上体を起こす前に、俺はベッドの中で身体の向きを変えた。

 視線の先にいるのは来客用の布団で、スースー……と規則正しい吐息を立てている卯月。

 かなり寝相が良いようで掛け布団はほとんど乱れておらず、こちらの方を向いた顔に両手を寄せて眠っている後輩に、呆れ交じりの感心の言葉がつい出る。


「よくこの状況で快眠できるな」


 一昨日の夜は遊び疲れていたから、俺も何も考えず泥のように寝てしまったが、男の家に上がり込むどころか夜を明かすことに全くの警戒心を感じられない。

 もうちょっと自分の身を大切にしてくれ、という親心に似た感情と、相反するように信頼されているからこそ……かと宥める自分がいる。


 彼女を起こさないよう静かに起き上がり、朝の支度をすべく洗面所へ。

 顔を洗い用を足し、歯を磨き――――。

 最後に寝癖で軽く飛び跳ねた髪を直し、リビングに戻って来る。

 着替えるか……とも考えたが、今日は外に出る用も特にないので寝巻兼部屋着のこのままの格好でもいいか。


 ベッドヘッドに置いてあったスマホを点け、チャットの確認とついでにSNSの巡回をするも直ぐに飽きて、画面を落としてしまう。

 しばらく何も考えずボーっとしてると、自然と視線が卯月の方へと引き寄せられていた。

 

「なんで俺なのかね……」


 我ながら人の寝顔をマジマジ見るのは如何なものか、と思いながらベッドから卯月の隣へと移動し胡坐を掻く。

 そういえば卯月の顔をここまで凝視することは、トータル2年弱の付き合いで始めてかもしれない。

 膝に肘を置いて頬杖をつきながら、ふと思った。まぁ、そのほとんどの期間が友達というか家庭教師と生徒みたいな関係だったし、普通のことなんだろうが。

 

 それと、これほど無防備な表情を見ることも珍しい。

 俺も人の事言えたたちじゃないが、陰キャってのは常に気を張ってるからな。

 

 それにしても……改めてみるとスッゲェ顔整ってる。

 いつも青み掛かった瞳に目を奪われがちだったが、彼女が夢の中にいる今、それ以外のモノが光って見える。

 高校時代では夜を溶かしたかのような黒髪は、見事に亜麻色に染められているが、よくよく見れば染め方にムラがないというか……明らかに市販で売ってるブリーチ剤で素人がやったモノとは別格の美しさがある。

 長いまつ毛に、高名な画家が丁寧に筆を入れたかのような細眉。頬から顎にかけての輪郭はシャープ寄りなのに、女性らしさを感じさせる柔らかな曲線を描いた良い所取り。

 昨日、卯月が化粧品はなくても良いなんて言ってたが、事実すっぴんの状態でこのクオリティなら化粧要らずを公言しても過言ではないレベル。……今さらだが、許可なしにすっぴん見るのも無粋だな……。


「けど……垢抜けたつっても、この可愛さはコイツが元々持ってたモノなんだよな……」


 髪染めはこの春初めて知ったが、卯月が高2の頃。部活と同じ理由……内申点稼ぎとして生徒会に入る頃から、髪型やら姿勢の矯正をやってたけど……まさかここまで化けるとは思いもしなかった。


「ん、んんん…………セ……ぱい?」

「っ!? お、おはよう」


 と、おもむろに閉じられていた卯月のまぶたが上がった。

 まだ半開きで焦点の定まっていない瞳はトロンとしていて、されど俺を視認したようだ。

 胡坐を掻いていた故、直ぐに距離を取ること叶わず、咄嗟に朝の挨拶をしてしまう。


「おはよー……ます。ふひひひ……」


 本調子ではない喉から返された掠れた声での挨拶。卯月は何が可笑しかったのか、まるで赤ん坊のような笑い声を零した。

 布団の中から彼女の右手が伸ばされる。まるで握ってと言外の言葉を乗せたように。俺と卯月の間で止まった彼女の手を凝視し、恐る恐る握ってみる。


「うへへへ」


 破顔一笑。

 高校時代はおろか、大学デビューを果たした卯月ですら見せたことないようなだらしない笑顔で彼女は笑う。

 これは見ちゃいけないやつなのでは……という困惑。

 もし、現状を卯月が記憶していた場合を想定した恐怖。

 そして男の性としての、単純に可愛いという感想。

 三者三葉の感情が胸中で激しくせめぎ合う。

 結果、俺は数秒間の放心フリーズ状態へと陥ってしまった。

 

 その数瞬の油断が不味かった。


「うへへへ…………へ?」


 ふにゃふにゃした声から一気に理知的な声色へと転換。

 彼女の瞳に確かな意思が灯る。

 

「お、おはよう……」

「…………っ!?」


 半笑いの俺と、繋がれた手を交互に見た刹那、卯月は考えるよりも早くバッ! と、まるで猫のような俊敏さで布団が飛び起きた。

 その顔はいつもの彼女らしからぬ羞恥の色を帯びていて――。


「そ、そのお見苦しいモノをお見せしました」

 

 消え入りそうな声で卯月は開口一番、自身の痴態の謝罪を行った。 



 **********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

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