第52話【てっきりセンパイは……】


 改めて卯月を数日間俺の家に滞在させるにあたり、色々と入用なことがある。

 幸いにもまだ昼前。時間だけは潤沢にある。

 しかし、だからといって高を括っていては直に1日が終わってしまう。

 散歩もほどほどに俺たちは一先ず帰宅することにした。


「卯月、腹空いてるか?」

「程々……くらいですかね。食べれないことはないですけど、がっつりはちょっと厳しいです」

「俺も似たようなもんだし、昼飯ラーメンはどうだ? 幾つか袋麺あるから1つを2人で分けるくらいで丁度いいだろ」

「あ、それ賛成です」

「冷蔵庫の横の引き出しにあるから、好きなの選んでくれ」


 返事をする卯月を他所に、俺は来客用に準備していた物の確認をする。

 布団や枕、タオルなんかは新品であるが歯ブラシとか櫛……いわゆるアメニティ類は全くない。比較的安いモノを入用になった時に買えば良いって、考えてたんだっけ。

 雑貨用品を仕舞っている棚からメモ帳とボールを取り出し、買わなくちゃならん物を片っ端から書き殴っていく。

 

「せ、センパイ……」

「あー、食べたい味決まった?」


 思ってたより悩んでたな。

 ラーメンに一家言あるという後輩の新たな一面に触れつつ、キッチンへと目をやる。だが視線の先にいた卯月は何も持っておらず、キッチンのコンロを使っている様子すらない。

 それに心なしか卯月の頬には朱が注がれており目も逸らされている。

 あと奇妙な部分を挙げるとすれば……めっちゃ内股。もう歩くことに支障をきたすレベルで彼女の両膝が向かい合わせになっていた。

 半ばその状態の真意に辿り着きつつも、卯月が口を小さくパクパクさせているので、俺から声をかけ辛い。というかセクハラになりそう。


「あ……あの……」

「どうした?」


 彼女の女性としての尊厳と臓器に内心謝罪しつつ、あえて惚けることにした。


「おとっ、おトイレお借りしても……っ」

「ご自由に」

「ありがとうございます!」


 聞くや否や……もはや、俺の答えをきっちり聞いたのか怪しいレベルで卯月は踵を返しトイレへと駆けこんだ。

 好きに使えば良いのに。というか今まで大学でも「ちょっとお手洗い行ってきますねー」とか言ってる場面あったんだから何を今さら。

 いや公共トイレに“行く”のと人の家のトイレを“借りる”のじゃ羞恥心も心理的ハードルも上がるのは当然か。


「物以外にも必要なことがあるな……」


 程なくしてトイレからジャー! っと、水が流される音が響く。

 戻ってきた卯月は先刻の鬼気迫る必死さこそないが、その分恥じらいの色が強く顔に出ていた。


「…………ありがとうござい……ます」

「おう、気にすんな。つーかトイレくらい一々許可も報告もしなくても良いぞ」

「ですが――」

家主への礼儀ってか? んなこと……」

「いえ……センパイが喜ぶかと……」

「俺を何だと思ってんの!?」


 後輩の尿意の限界を聞くことに快感を覚えるとか、とんでもない異常性癖者じゃねぇか!?

 

「嬉しくありません?」

「嬉しくねーよ!?」


 至極まともな声色で問うてきたあたりマジで俺は異常性癖者と思われてたらしい。普通に心外だ。

 自然と馬鹿デカい溜め息が出た。


「もうその話は終わりとして。これから数日間寝食を共にするわけだ。お互い快適に過ごすためにルールははっきりさせておこう」

「と、言いますと?」

「今のトイレ事情然り、過ぎた遠慮はなしにしようってことだ。当然互いに迷惑かけないのは前提とするが、極力普段の生活をすること。トイレ行くにしても一々報告しなくていいし、無理に1日中一緒にいる必要もない。まぁ出かける時は何時くらいに帰ってくれるか教えてくれるとありがたいけどさ」


 これもまた明言化である。

 卯月に限らず、誰だって今の彼女のような状況に立てば、泊めてくれている家主への遠慮するものだ。その遠慮は最低限で良いってことを先に言っておく。

 GWなんだから卯月にだって友人と出かけたり、他の予定があるはず。状況が状況とはいえ、そんな楽しい青春を取り上げて言い道理はないのだから。

 なんて爺臭い内心はもちろん彼女に伝えず、俺と卯月は共同生活のルール……いや、そんな堅苦しいものじゃないな。約束を交わす。


「そりゃ年も違うし男と女だから色々気使うことはあるだろうけど、1年ぶりとはいえ曲りなりにも高校で2年間の付き合いはあるんだ。俺と卯月の仲に過ぎた遠慮はいらないだろ」


 むしろ出会って最初のころとか、オブラートを知らない歯に衣着せぬ物言いだったんだし。

 変に気負わずシェアルーム体験くらいの軽い気持ちでいこうぜ。

 …………と、いったはずなんが。


「私とセンパイの仲……えへへ」


 あのー……卯月さん?

 途中から話を聞いているのかいないのか。しっかりとは聞き取れないが、卯月はうわ言のように何やら同じ言葉を繰り返していた。


「ちゃんと話し聞いてるのか……?」

「そうですよね! 私とセンパイ、2人の仲ですもんね!」

「ん? ああ」


 何かよくわからんが、聞き分けが良いなら結構!



**********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!











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