第53話【大きなお店で買い物です】


 ところ狭しとひしめく人混み。

 壁沿いには隙間なく並ぶ多種多様な店。

 往来の喧騒とモール内アナウンス、さらに出しゃばり過ぎないBGMがないい交ぜになった音の波が鼓膜を揺らす。


「ショッピングモールなんて久しぶりだなぁ」

「私も今年になって初めて来たかもです」


 昼食を家で適当に済ませた俺と卯月は、バイクに乗って隣町の大型ショッピングモールへと足を運んでいた。 

 卯月をウチに泊めるにあたり、色々と買い揃えないといけない物があったので「複合商業施設ショッピングモールなら全部あるだろ」という大雑把な魂胆故なのは言うまでもない。


「高校の友達とはあんまり来なかったのか?」


 中高生が遊び先に選ぶ定番と言ったらショッピングモールだろ。お手頃な物を揃えた店が幾つもあって、困ったらゲーセンや雑貨がメインの本屋に行けばいい。

 俺の記憶が正しければ高2に進級したあたりから卯月も友達が増えてたはず。てっきりショッピングモールは俺よりベテランだと思ってた。


「んー……去年の夏まで部活のインターハイでしたし、その後はみんな受験に本腰入れてましたから」

「たしかにそうか。高3なら受験勉強だもんな」

「まっ、私は推薦組だったんで秋には入試が終わって年内に内定取りましたけどね」


 有名なケーキ屋のマスコットよろしくチョロッと舌を出したドヤ顔。

 クッソうぜぇ……けど卯月コイツが頭が良い上、運動も生徒会活動もやれることは何から何まで努力しているのを、誇張なしに俺が1番知っているからこそ否定できない。

 が、このまま何もないのも癪だ。


「ふんっ」

「いたぁ!?」


 よってドヤ顔にムカついた分だけの力を指に乗せデコピンを見舞った。

 オーバーリアクション気味に呻く卯月の額は依然白いまま。そんな強くしてねーつーの。


「センパイに傷物にされました……DVです」

「はいはい、30秒もしたら忘れるだろ。さっさと行くぞ」

「もうちょっと乗ってくれてもいいんじゃないですかぁ」 


 まだ構って欲しがる卯月を無視して、俺は歩を進めていく。

 GWとはいえ、この人混みはちょっと予想外。ゆっくりしてたら陽が暮れちまう。

 まずは近場になった全体マップを確認。

 さて、何から買うべきか。


「そういえばセンパイは高校の頃にショッピングモールってよく来てました?」

「小学校ぐらいまでは家族でよく来てたけど、中学に上がってからは友達と偶に来るくらいだったな」


 小学生までは映画を観に朝から両親に連れてきてもらってたなぁ。今じゃショッピングモールなんて来ても昼から。むしろ無駄に広いせいで行くのが億劫にすらなってた。

 それに高校じゃ中学ほど友人を作らなかったせいか、来ること自体がめっきり減ったし。これが年を重ねるってことなんかね……。

 自身の成長に少ししみじみとした感情が湧き上がって来るも、今は感傷に浸る時間じゃない。

 

「まずは服屋からだな」



 **********



 俺と卯月が最初に赴いたのは、名前を聞けば大多数の人が知っていると答えるくらい有名なブランドのファッション店だった。

 値段的には高過ぎず安過ぎず。男女両方の衣服が並べられており、客層のボリュームゾーンは20代前後寄りの万人向けだろうか。そのため奇抜なデザインの服こそないものの今は関係ない。

 

 何故最初に服屋を選んだというと、理由は2つある。

 1つは単純に代えが効かないからだ。

 歯ブラシとか洗顔クリームとかなら買い忘れても、スーパーやコンビニにも売ってるが、服はさすがに服屋にしか売ってない。

 それに先に嵩張かさばる物買って大丈夫なのか? って問題もコインロッカーがあるので大丈夫だ。

 そして2つ目だが、


「センパイセンパイ。こっちとこっち、どっちが良いですか?」


 右手に緑色のワンピース。左手に淡い黄色の同じタイプのワンピースを持った卯月が問うてくる。

 俺の目が最初に奪われたのは左右のワンピースではなく中央。現在彼女が着ている服だ。

 黄色のブラウスの上から薄手の白いカーディガンを羽織った、紺色のパンツ。 

 昨日、天体観測に行った時と全く同じ服装。そりゃそうだ。家に帰れないんだから、着替えなんてあるはずがない。


「どっちも買えばいんじゃないか。どうせ今着てるの合わせて3着くらいいるだろ」


 長ければ残りのGWが終わるまでの3日か4日帰れないのだ。最低着回せる数は欲しいだろ。さらに寝る時用のラフな部屋着かパジャマも買うのでトータル4着5着は買うだろうな。


「そーいう効率的なお話じゃなくて、センパイの好みを聞いてるんですー」

「これまたベタなシチュエーションだな……。今時こんな問答マンガでもやんないぞ」

「でもセンパイも“どっちも”ってお決まりの答えしてるじゃないですか」

「俺は面倒臭いからではなく、ちゃんと考えた上での答えだから一緒じゃねーよ」

「あーいえばこーいう」

「お互い様だ」

「で、どっちが良いと思います?」

「…………」


 どうしても白黒はっきりさせたいらしい。

 再度答えを迫って来る卯月に、俺は考えを改める。

 左右のワンピースは形、サイズ、値段。どれをとっても変わりはない。本当に色が違うだけ。

 …………色で優劣つけるのムズくね?

 片方が汚い色とか、ベージュみたいな卯月の年に則さないモノなら消去法でいけるが、緑も黄色も普通の色だ。私的な理由を付けようにも別に好きでも嫌いでもないし……。


「緑だな。今着てる服が黄色だし違う色の方が良いだろ」

「むー……まぁ、今回はそれで良しとしましょう」


 どうやら納得してくれたようだ。


 そんな感じで卯月は緑のワンピースに加え、同じように俺に選ばせた白のTシャツとハーフパンツのセットと、自分で選んだ水色のインナーを買い物カゴに入れた。

 

「こんなところか。もう買わないのか?」

「はい、たくさん買っちゃうとお金が心配ですから。ちょっとお会計行ってきますね」

「あー卯月。ちょい待ち」


 踵を返して、レジの列へ並ぼうとする卯月を呼び止め、ついでに彼女の手からヒョイっとカゴを奪う。

 

「ここは……ってか、必要な物は全部俺が払うよ」

「…………へ? ど、どうしてですか!?」


 いきなりの俺の発言に声を荒げる卯月。何人か周りの客が驚いて視線を投げてくるが、卯月はお構いなしのようだ。


「そんなの悪いですよ! というかホント、センパイが出す必要ないですよ!」

「でも俺が選んだ服だろソレ」

「ソレとコレとは話が別です! ……っ! もしかして私のお財布の中を気にしてるんですか?」

「まぁまったく気にしてないと言えば、嘘になるが……」


 苦学生って言うほどないにしても、懐事情に一抹の不安がある卯月にとって今回の出費は痛いだろうことは想像に難くない。

 恨むなら高校時代に事も無げに、身の上話をした自分を恨んでくれ。


「大丈夫です。私、アルバイトしてたので」

「は?」


 今度は俺が訝しんだ。

 バイト? 何言ってんだ。


「お前、高校の頃に勉強漬けで途中から部活に生徒会もやってアルバイトする時間なんてなかったろ」

「ちゃんとしてましたよ! 部活引退した後に」

「嘘くせー」

「ホ・ン・ト・で・す!」


 地頭も悪くない卯月が吐く嘘にしては少々お粗末すぎる気がするが、常識的に考えて信じられないんだよな。

 部活引退した後って3年の夏だろ? アルバイトに受験生を雇うのは雇用側にメリットが少ない気がする。いくら卯月が推薦入試をうける予定で合格も九分九厘決まっているようなものだとしても、それを雇用する側に納得してもらうのは難しいだろう。 

 それに1年後、卯月が大学に進学した時点でバイトを辞めるかもしれないことも加味すれば、採用される可能性はグッと下がる。

 そんな見え透いた嘘を何故、彼女は宣ったのか。

 見栄? 否。答えは凄くシンプル。

 俺に負担を掛けさせないためだ。

 全く……マジで人に頼るのが苦手な後輩だな。

 ならば俺だって奥の手を使わせてもらおう。


「とにかく今回は俺に出させてくれ。お祝い……ご褒美としてさ」

「お祝い……ですか?」

「そっ。今さらだけど卯月の高校卒業、受験合格、それと大学入学祝いあげてなかったと思ってな」


 去年、彼女が受験期大変な時に力になってやれなかったことに罪悪感はあるが、それとは別に卯月が無事大学進学までの道を切り開いたことへのお祝いがまだだった。

 贖罪ではなく、心の底から祝いたいのだ。


「別にそんなの良いですよ。それに入学のお祝いはこの前ラーメン行ったじゃないですか」

「さすがに人生の節目の祝いに飯1回はケチだろ。仮に入学祝いをノーカンにしても1年分のがあるからな。3年でもテストの順位維持したままだったんだろ」


 ご褒美というのは、まだ卯月が1年の時に俺が勝手に始めたことだ。

 定期テストで良い結果だったら、ジュースとかお菓子とかちょっとした物を奢る。高校生相手には幼稚染みたことではあるけど、案外モチベ維持になってくれてと思う。

 ご褒美……という俺との決まりごとを卯月も覚えてくれているようで、彼女は反論に詰まる。


「でも――っ」

「人の親切は素直に受け取っとけ」


 余計なことこと考えんな。と、彼女の額を小突く。

 額を抑え呆然とする卯月に代わり、俺は会計を済ませた。


「ありがとうございます」

「おう。つーかお前の頑張りに対する正当なご褒美だからな」

「ふふふっ。センパイはいつもそう言ってましたよね」

「そうか? とりあえず買った服コイツコインロッカーに置きに行くけど、他に何か欲しいモノあるか? よく知んねーけど化粧品とかも、ここにある店の方が品ぞろえ良いだろ」

「化粧品は大丈夫ですよ。私、そんなにメイクは拘らないので」


 そういえば出会った頃の卯月も、そんなに化粧っ気なかった。

 じゃあ後はアメニティ類だけ買い揃えるだけか。

 買った服が入った袋を卯月に渡して俺たちは服屋を後にする。


「他に買っておきたものとかは? ブランド品とかはさすがに厳しいけど、欲しい物があるなら言ってくれよ」

「はい、ありがとうございます」


 礼を言った卯月は右手の人差し指を口元に当て考える。

 欲しい物とは言ったが彼女のことだから、脳内で“必要な物”に変換されてるだろうな。

 と、特に目的なくモール内を歩く卯月の足が不意に止まった。

 

「何か決まったか?」

「はい。…………1つセンパイに選んで欲しい物があります」


 そう、神妙な面持ちで応えた後輩の頬は若干赤くなっていた。



**********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

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