第51話【改めて提案なんだが】
「え、君たちあんな所まで出かけたの? うーん……ただでさえ鍵って届けられる例が少ないものだからねぇ。まぁ管轄の交番にはこっちから連絡してみるけど、おっちゃんの経験則的に、あんまり期待しない方が良いと思うよ」
マンション最寄りの交番で紛失届を出しに行くも、話を聞いてくれた30代半ばと思しき小太りの警官の反応は芳しくなかった。
「あと連絡するのは、行きで寄った道の駅と銭湯か」
「夕ご飯を食べたファミレスもですね」
「あー……たしかに。なんなら財布出すのにバッグ空けるんだから1番可能性あるな」
交番からの帰り道。
昨日に勝るとも劣らない快晴故か直ぐには帰らず、俺たちの足は近場の公園へと向いていた。
公園とは言っても一般的な遊具が設置されている広場ではなく、ダム式の池を囲うように道が敷かれただけの一風変わったもの。
1周3キロ近くあり、先ほどから近くの高校の運動部らしき体操服姿の学生や、ジョギングに励むやたら良い身体した初老の人たちとすれ違う。
「あの天体観測したアスレチック公園はどこに連絡すれば……」
「あそこは市が管理してるらしいし、届け物があったら交番に情報共有されるだろ」
もっとも。青々とした芝生が広がるだだっ広い山頂や道中の山道で鍵なんか見つかるとは思えないが。仮に見つけたとしても交番に届けられるだろう。
大家さんへの報告と謝罪は、大家さんが返ってきてからするのでやれることは全部やった。
卯月からすれば居ても立っても居られないだろうが、急がば回れともいう。直ぐには解決できない問題だからこそ、心を宥めてもらいたい。
だからこそ先手を打っておこう。
「なぁ、卯月」
「なんです?」
「お前が嫌じゃなければの話だけど……GW中、大家さんが帰って来るまで
「……………………え? ええぇぇぇ!?」
鳩が豆鉄砲を食ったかのようなキョトンとした顔。数秒経って、驚嘆と悲鳴がまじりあった卯月の口から今まで聞いたことがない声が上がった。
「あの、それって……センパイ。私のこと――――」
「変な勘違い起こる前に言っとくと、あくまで論理的かつ効率的な話であって決して恋愛的な話ではないからな」
「……………………」
唖然とした表情から急激に頬を真っ赤に下かと思えば、一瞬にして能面の如き虚無顔になった卯月。高校時代も大人しかったが、あの時のクールさすら消えた完全なる無に、俺の方が驚いてしまう。
ホントに1年の間に何があったらこんな百面相になったんだ。
驚きと感心を脇に寄せ、俺は自身の言葉の補足を続ける。
「卯月的には今日、実家に帰る予定だったんじゃないのか?」
「……はい。お昼過ぎの電車に乗ろうとかと」
「きっとそれが卯月にとって1番楽なことなんだと思うよ。けど実家からだと大家さんが帰って来た時に直ぐ報告に行けないだろ」
卯月の実家の具体的な位置どころか、どの街にあるかすら知らないが、高校の登下校で彼女が使っていた電車の方向的に、近くはないのは明らか。
「できればこの近くにいればいいんだけど、卯月の性格からして友達や文芸部の先輩に頼むのは遠慮の塊になりそうだと思う。あと使えるとしたらビジホかネカフェだけど、女子の卯月に危険が及ばないとも限らない。ネカフェとかの強姦率って連続で泊ってる女性ほど上がるらしいし――――」
1つ1つ卯月が取れる可能性をデメリットを挙げながら潰していく。
といっても、そのほとんどが昨夜の時点で考えていたもので、少し考えれば彼女も絶対気付くことばかり。
そんな当然の考えを口にするのは俺と卯月の間で共通の認識を作っておく為。
明言化した上で反論がなければ、それは肯定したということ。“沈黙は肯定とみなす”なんて言葉があるくらいだしな。1度決まったことを掘り返して覆すのはかなり難しい。
要するに卯月に“逃げ”の択を取らせない為の布石。
粗方可能性を潰し終えた次は、取らせたい選択肢のメリットを列挙する。
「俺の家なら大家さんが帰って来たら直ぐわかるだろ、下の階なんだから。それに昨日の夜言った通り、俺になら迷惑かけたら良いんだから」
ネットの自称評論家たちがよくやる悪いと思う方を貶め、良いと思う方を褒める手口だ。あまり褒められた方法ではないが、片方のメリットだけ提示するより効果的なのは事実である。
さらに徹底すべく卑怯な文句をもう一手。
「卯月は違うって言うだろうけど、鍵失くしたのは半分俺の所為でもあるって思ってるんだ。鍵なんて貴重品、別々に持つよりまとめて管理しといた方が安全だったなって」
「っ!? そ、そんなことありませんよ。私が不注意だっただけで」
「ほらっ否定した。でも文芸部の活動として行った以上、俺には部長としてメンバーを安全に家に帰す責任があるんだ。だから俺にできることはしたい……いや、させて欲しい」
隣を歩く卯月に完全に向き直り、勢いよく頭を下げる。
部長の責任というある種の職権乱用と下手に出た泣き落とし。
卯月が反論できない理論武装で提案を補強した。
もちろん本心からの言葉だ。俺が一声かければ起きなかったかもしれない問題。卯月に余計な心労をかけてしまった罪悪感は昨夜からずっと胸の内で燻っている。
「で、でも…………」
なおも卯月は何か反論しようと、逆接の言の葉を紡ごうとする。しかし彼女の意思に理論が追いついてないのか、続く言葉が出ない。
もう一押し。
何でもいい。俺の家に棲むにあたってのメリット。あるいは心配いらない要素をアピールしろ!
「そりゃ卯月だって不安だと思う。知ってる奴とは言え、男の家で世話になるんだから……けど、ビジホとかネカフェより100倍いや何百倍も安全は保障する。ネカフェとかでお前に何かあったらさすがに守れないけど、俺の家ならそんな心配ないし……お、俺が自分を頑張って律すれば良いだけで――――」
「…………っ。…………すか?」
「ん?」
「それって……本当、ですか?」
彼女の震えるような声に頭を上げると、亜麻色の前髪の隙間から見える青み掛かった瞳が、何かを訴えるような光が籠っていた。
この問いが分水嶺だ。
そんな直感を得ると同時に俺は答えた。
「もちろん約束する」
負けじとこちらも真っ直ぐに彼女の双眸を見つめる。
男が女を家に連れ込む。それも数日間ともなれば悪い詮索もするだろう。端的に言えば「どしたん、話聞こうか?」案件だ。
しかしそんなことは、卯月を悲しませるおようなことは絶対しないという意思を目に込めて。
「………えへっ。えへへへ――――」
不意に卯月の頬が緩み、だらしない笑い声が零される。
無垢なようで熱に当てられどこか倒錯しているような笑み。
ひとしきり笑った卯月は、丁寧にお辞儀して――。
「それではセンパイ。改めてよろしくお願いします」
**********
【蛇足】
注意喚起。
エピソード中に使った「どしたん、話聞こうか?」ですが、元ネタ調べると高確率でグロ画像にぶち当たるので、検索は全力で非推奨させて頂きます。
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
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