5歩目 お世話になります、センパイ
第48話【追憶:体育祭】
『午後の部は1時30分から始めます。クラブ対抗リレーに参加する生徒は10分前に入場門に集合してください』
スピーカーから流れる放送を適当に聞き流し、弁当片手に俺は体育館を目指す。
高校2度目の体育祭。
運動会と言えば小学校の頃なんかは秋に行われていたが、いつかを境に春季体育祭に移り変わっていた。しかも登校することすら億劫になるGW明けなんかに。
なんで春にするようになったんだろう。
胸の内に湧いた素朴な疑問は、弁当どこで食べよう……という悩みによって意識の外へと追いやられていく。
財布やスマホと言った貴重品の盗難防止のため、競技中は各教室は施錠されており、昼休みも生徒の出入りは最低限にと伝えられている。
ならどこで弁当食べればいいんだよ。
挙がって当然な抗議の声は、意外と少数だった。
————どこだっていいのだ。
どこで食べるかではなく、誰と食べるか。
クラスメイトや友人と一緒なら、学食の講堂や中庭、グラウンドの応援席。校舎端の往来が少ない階段の踊り場でさえ、リア充にかかれば「エモい」の一言で煌びやかな空間に変わるのだから。
……ただ俺のように交友関係が少ない生徒にとっては、悩みの種でしかない。
昼休憩は混むだろうと予想し早めにトイレに行っていたのが災いし、見事に数少ない友人とはぐれてしまったのだ。
近くにいれば一緒に行動するが、チャットで無理に合流するほどでもない薄い繋がりの友人。俺は早々に1人で弁当を食べる場所の散策へと舵を切った。
「まぁ、ここも満席だろうな……」
体育館の下駄箱の横を抜け何もない体育館裏へと顔を出してみると、予想通りそこそこの数の生徒たちが3段ほどのコンクリ階段に腰を下ろして、ワイワイと昼食を取っていた。
知ってた。
むしろ体育祭で普段足を踏み入れない場所で弁当を囲むなんて青春っぽいこと、やりたがるに決まっている。
便所飯するくらいなら我慢するが……うーん……。
もうちょっと歩いてみようと、踵を返しかけたその時。妙に生徒たちから避けられている場所が視界に入った。
体育館裏の最奥にあるコンクリ階段が、たった1人の生徒によって占領されていたのだ。
遠めでも分かるほどの細心瘦躯。上は長袖なのに下は短パンという如何にも
その陰鬱な雰囲気に、淡い期待を抱いた俺の足は彼女の方へと歩き出す。
「卯月さん。ここ、良い?」
別に必要ないのだが……許可を求めると、まるで他者との繋がりを断裂するように顔に掛かっていた黒髪が揺れ、視線が交錯した。
「…………はい」
「ありがとう」
まさか声をかけられるなどと思っていなかったのか、彼女の青み掛かった瞳が僅かに揺れるが、直ぐ様スンといつものような冷めたモノに戻る。
許可が下りたので、お礼を言って階段の隅よりに腰掛ける。
特に仲が言い訳ではないが、知らぬ仲ではないギリ声が届くくらいの距離感。他の生徒たちからすれば、他人同士のボッチ2人が不干渉を貫いて座っているように見えるだろう。そもそも気にも留めないか。
俺も楽しそうに話す彼ら彼女らを気にするの止め、弁当を広げて食べ始める。
「………………」
「………………」
「……なあ」
しばらく無言で弁当を食べ進めていたのだが、ふと隣に座る後輩の昼食の内容が気になり、思わず話かけてしまった。
モグモグと小さな口を動かす卯月さんが、再びこちらを向く。
「昼飯まさかそれだけ?」
卯月さんは持っていた食べかけの蒸しパンへと1度視線をやり、肯定の意味を孕ませて首肯した。
「いやいやいや。少なすぎない」
「まだあるので」
「パン1つはまだまだって言わないだろ」
たしかに卯月さんの横に、高校近くのコンビニの袋が置かれ、ちらりと細いチョリソーソーセージが乗ったパンが顔を覗かせている。
しかし小柄な女子と言えど、高校生の昼飯が再安価のただの蒸しパンと、素朴な総菜パンで満たされるわけがない。
つーか何でデザートより蒸しパンから先に食べてんだこの子……。
どうでも良い疑問を抱いている内に、卯月さんは大して腹に溜まらなそうな蒸しパンを食べきる。
「逆に天沢先輩のお弁当は大きすぎると思うのですが」
「いや、これには
今度は俺が自身の昼食に目を落とした。
一言で言えば…………“豪勢”だな、うん。
ハンバーグにエビフライ、唐揚げといったそれぞれが単品で主役級のオカズに加え、弁当の定番どころである出汁巻き卵が4切れ。プチトマトや千切り野菜のサラダで健康面と色味にも死角がない。
弁当のオカズオールスターがデカめの一段弁当箱にところ狭しと、されどそれぞれが映えるように盛り付けられている。
実は俺は大食漢……なんてことはなく、もちろん常日頃からこんな贅沢な弁当を作ってもらっているわけではない。
「ちょっと自分語りで悪いが……」と一言添え、1度咳払い。
「ウチって定食屋なんだ」
「それは雇われてるのではなく、お店を構えている……と?」
「んな構えてるって言えるほどデカくないよ。精々地元の人にご愛顧してもらってなんとかなってるってくらい。で、曲がりなりにも飯屋だから地元の子ども……小中学校の同級生も飯に来るんだ。仮に親が料理人の友達と弁当を食べるとして、卯月さんならどんなこと考える?」
「特に何も思わないと思います」
「……マジで? 美味そう、とか。食べてみたいって思ったりしない?」
「美味しそうとは思うかもしれません。ですが“欲しい”なんて考えるのは卑しい人の考えだと思います」
「そ、そうか……」
よく言えば孤高。
悪く言えば孤独。
卯月麻衣という後輩には自分を貫く強さを持つ反面、過剰なまでに人と関わろうとしない弱さがあるように感じた。
俺に勉強について話しかけたことや、最近バドミントン部に入ったことなど、必要最低限の人間関係の構築には務めるが、求めているのは効率だけで彼女が自らの趣味嗜好や興味で他者と関わることは非常に稀だ。
GWにバイクで2ケツしたこととか、俺の雑談に付き合ってくれるあたり、完全に鉄面皮に徹してる訳じゃないんだろうけど……。
「まぁ、俺の小中学校の友達とかクラスメイトは、俺の弁当が美味そうに見えて、よくオカズ交換をしてたわけ。それを話したらウチの親、体育祭の日は弁当を張り切って作ってくれるようになったんだ」
もっとも当時の友人と進学先がバラバラになった今、このデカい弁当を俺1人で食べているのだが。昨日の夜も「弁当は俺1人分だ大丈夫だから」って伝えたんだけどなぁ……。
「よかったら卯月さん少し食べる?」
「お気持ちだけ頂戴しておきます」
これ以上ないくらい完結かつ丁重に遠慮された。
ここまで丁寧に断られたら取り付く島もない。
会話が打ち切られ、再び黙食の時間が訪れる。
ぼーっと何も考えず……周りの喧騒に傾けながらの食事は嫌いではない。
騒ぐのは得意じゃないが騒いでるのを見るのは割と好きだ。
「どんなとこでもバトン落とすなよ!」
なんとなく拾った音から、3年と思しき男子数人がこちらへと走ってきているのがわかった。
会話の節々から午後の部最終種目であるチーム対抗リレーの練習を遊び8割。真面目2割くらいでやっているのだろう。
食事中の人の波を縫うように走る男子たちを誰も気に留めない。自分たちの近くを走り去る1秒と満たない時間より、友人との緩やかな弁当タイムの方が尊いのだから。
俺と卯月の背後を風のように走り去ったのが、彼らの後から吹いた風によってわかった。
それで俺の思考からも彼らの存在は消える――――はずだった。
「あ、すんませんしたー!」
「お前女子にぶつかんなよ」
そんな会話をしていた男子たちは、俺が視線を向かわせた時には既にいない。
代わりに彼らが誰に対して反省の色皆無の謝罪を行ったのか、結果によって知れた。
「…………」
隣に座っている卯月の足元に、彼女が買っていた総菜パンが落ちていた。
封が開けられた包装から飛び出した状態で。
まだコンクリの上ならギリギリ許容できたかもしれない。だが運が悪いことにパンがダイブしたのは3秒ルールも問答無用で適用外の土の上。
パッと見た感じだと齧られた様子はなく、ポカンと口を半開きにした彼女の横顔は哀愁すら漂っている。
先刻の連中に責任を取らせるか……無理だ。名前知らないし、顔もロクに覚えてない。
ならば――――。
「卯月さん、これ」
「…………なんです? この箸」
放心していた卯月さんの肩を軽くたたき、弁当袋に入れていた未使用の割り箸を1膳手渡す。
反射的に受け取った卯月さんは、遅れて問うた。
「割り箸」
「それはわかります」
うん。俺も知ってる。
彼女が問うているのは俺が自分に割り箸を手渡してきた真意だ。
本来必要ない問答は時間稼ぎ。再度、弁当袋に手を突っ込んだ俺が出したのは紙皿である。
「さすがに蒸しパン1つだけはキツイだろ」
「頂けませんっ。そんな先輩に申し訳ない」
「元より1人じゃ無理しないと食べきれない量だから平気だよ。つーか目の前に腹減ってる子どもがいるのに、放っておいたら俺が親にどやされるから」
「で、ですが……」
「というより俺、午後の部出る競技ないしそんな食べる必要ないし、助けてもらえると助かるんだ」
「……………………え?」
俺の言葉の意味が理解できてないような、間の抜けた声色。高校初めての体育祭なら当然の反応だよな。俺も1年の時に、アレッ? 2種目しか出てなくね? てなったもんだ。
ズボンのポケットから畳んで入れていたモノクロのプログラム表を広げて、後輩の少女に見せる。
「このプログラムさ、開会式と閉会式以外は全部得点競技だろ? しかもクラス全員参加の種目は全体通して1回だけ」
風情がないよな。
組体も女子ダンスもフォークダンスもないなんて。体育祭の花形が取り除かれ、ただひたすらに得点を競う種目だけというのは淡泊過ぎる。
けど
お喋りな先生の話によると、そもそも体育祭自体が数年前に生徒会が提案するまでなかったんだとか。
「卯月さんは昼からも出番あるんだろ? しっかり食べとかないと」
「…………」
明確な肯定はしなかったものの、先の俺が午後から出る競技ないことに驚いていたことから、彼女には出る種目があるのは容易に察せた。
個人曰く、腹が減っては戦はできぬ。待機中に腹の虫が鳴ったら羞恥心のあまり競技どころじゃないからな。
「あ、当然俺が手付けてない奴選ぶけど、それでも気持ち悪いとかなら遠慮せず言って。全然そんな人も普通にいるしな」
封を切った
真面目で愚直故に、彼女の頭の中で色々な考えが飛び交っているだろう。
恩、借り、義理。自責に罪悪感……俺に想像できるのはそんくらい。的を射てるかも知れが、見当違いの可能性も十分あり得る。
やがて考えがまとまった、卯月さんは頭を下げ、声を絞り出した。
「す……少しだけ頂いてもよろしいですか」
「オーケー。この中で嫌いな物とかアレルギーある?」
「いえ、大丈夫です」
「なら適当に入れてくよ。ご飯はほぼ触っちゃってるから、端っこの少しになって悪いけど」
出汁巻き卵とプチトマト、それと
まだ俺の分も残っているオカズをざっと、紙皿に盛っていく。
「気になってたんですけど。先輩、用意が良すぎませんか?」
「用意とは?」
「箸とか、紙皿……」
「これもウチの親のおせっかいだよ。オカズ交換するなら箸と器あった方が便利だろって。定食屋だからな。紙皿はともかく割り箸は腐るほどあるし」
ウチの親……特に母親は凝り性なところがあって、割り箸の紙袋なんかにはオリジナルのロゴをプリントしている。もちろん今さっき卯月さんに渡したのも。
あいにく中学校までは顔馴染みばっかに配ってたので新規の客開拓は望み薄だが、母親は作ったこと自体に満足感を見出していた。
「ほら、お待ちどう。これだけあれば足りる?」
「ありがとうございます」
紙皿に持った即席弁当はだいたい小学生の弁当くらいで、少しばかり物足りなさを感じさせるかもしれなかったが、食べないよりはマシだろう。
紙皿を両手で受けた卯月さんは、箸を割ってからもう1回お礼を呟いて弁当に箸をつけた。
相当腹が空いていたのか、彼女の箸はいきなり本末の縦長ハンバーグへと。食べやすい大きさに切られた肉の塊が、薄い朱唇へと誘われる。
あまり人の食べてる姿を眺めるモノじゃないが、料理人が客の食事風景を見るのは権利みたいなもんだ。料理人でもなければ、俺が作った訳ないけど……。
「ぁ、美味しい」
「そりゃ良かった。別の町に住んでる人にも美味いって言ってもらえるなら、ウチの親も喜んでくれるよ」
口に合わなかったらどうしよう。一抹の不安は、普段より幾許か柔らかな声色と緩んだ口角によって、解消された。
我が親ながら、人の幸せにさせる料理が作れることに鼻が高い。
卯月さんから視線を外し、空を見上げる。
晴天に多いな真っ白な雲が2つ3つ泳ぐ初夏の昼間。どーせ出番無いなら体育祭が終わるまでここでボーっとしておきたいとすら思う。
「とても美味しいです。……ホントに、もの凄く」
「昼からの競技、頑張ってな」
さすがに無粋だと思い、続けかけた言葉は飲み込んだ。
**********
【蛇足】
新章始めました、よろしくお願いいたします。
今章はもっとラブコメっぽいことしたい所存です!
自分は小学校高学年のみ春。その他は全部秋に体育祭でしたー。
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
非常に励みになります!
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