第47話【笑っちゃいますよね】


 銭湯を出てから近くのファミレスで夕食を取り、いよいよ解散の時間帯を迎えた。


「んじゃ、俺らはここで」

「皆さんお疲れ様です。今日はすっごく楽しかったです」


 簡単な別れの言葉を述べ、俺はバイクの後部席に同じマンションに部屋を借りている卯月を乗せる。


「桃真、狼になっちゃ駄目だよ」

「なんねーよ」

「そうだよね、そもそもそんな度胸桃真にはないよね」

「あ?」


 変な煽り方をしてくる清水にムカついた。ソレは何か? 「お前童貞だもんな」って言ってんのと同義ととって良いんだろうな。

 1回シバいてやろうか。そう思ってバイクから降りようとしたら、パンパンッ! と手を叩いて五十嵐さんが注目を集めた。


「はいはい、もう遅い時間なんだから騒いじゃ駄目だからね。周りの人に迷惑」

「すみません……」

「文香ちゃんごめん」


 最上級生のたしなめに俺たちは反論などできず、一連の流れを見ていて他のメンバーに小さく笑われた。

 構図も相まって、馬鹿なことして先生に怒られた幼稚園児の気分だ。


「えーっと……文芸部としてのGWの活動はこれだけで、残りのお休みはみんな自由に楽しんでね。他に何か連絡することあったかな?」

「特にないな。強いて言えば何もないから部室行っても誰もいない……くらいか。てか、こういった役割は部長桃真の役割だろ」

「ぜ、善処します……」


 役割なのはわかっているが、どうしても年上の野村さんや五十嵐さんに任せっきりにしてしまう癖があるのは否めない。

 4回生の2人がいつまで部活に顔を出してくれるのか定かではないから、これからは善処しなくては……。


「それじゃ、お疲れ様ー」


 最後にもう1度緩い挨拶をして、俺は愛車を走らせた。



 **********



 ファミレスからの帰路は時間も時間ということもあり閑散としていた。

 時刻はもう後1時間弱で日を跨ぎ、社会に出て活躍するサラリーマンたちの大半も帰宅して1日の疲れを労ってくれる家族と穏やかな夜を過ごしていることだろうに。

 住宅街に往来はなく、日中3色を使い分けていた信号は黄色だけを点滅させている。

 念のため交差点で一時停止。

 左右を確認すると右方向から眩い白のライト光線がこちらに向かってきていた。

 交差点までの距離と向かってくる車の速さからして、待たずとも良いだろうが、あえて俺は譲ることにした。

 

「センパイ? …………ぁ」


 一向に動き出さない俺を不思議に思ったのか、卯月が少しだけ頭を乗り出す。が、その時にはかなり近くまで迫っていた横断車の存在に気付き口を噤んだ。

 交差点付近まで来たからか、あるいは俺たちに気付いたのか車のスピードが落とされる。

 口も身体も止まった、ほんの10数秒。されどその1秒1秒が何倍にも引き延ばされたかのように長く感じる。


「なぁ、卯月」

「なんです?」

「今日は楽しかったか?」


 静寂に耐えかねて……もしくは暇を潰すように、後ろにいる後輩に今日の感想を問うた。

 杞憂。老婆心。はたまたお節介。そのどれでもあって、どれでもない気持ちが先ほどから俺の胸に巣くっていた。

 俺にとって文芸部の面子は創部時からの付き合いで馴染み深い。しかし卯月からしたら出逢って間もないといっても過言ではないほど、彼ら彼女との積み重ねがない。いや過言でも何でもなく事実なのであるが。

 だから今日の天体観測で卯月に肩身の狭い思いをさせてないか心配だった。


「――――楽しかったですよ」


 そんな俺のネガティブな思考を吹き飛ばすように、卯月は明るいトーンで楽しかったと答えてくれた。


「そっか、それなら良かった。要らぬ心配だろうけど仲良くなれそうか?」

「もちろんです! まだちょっと緊張しちゃいますけど、皆さんのこともっと知りたいと思いました 」

 

 あぁ……やっぱり杞憂だったな。


「その、センパイの方はどうでしたか?」

「どう……とは?」

「私がいて、迷惑かけちゃったんじゃないのかなっと……」


 俺視点だと新入部員の卯月が既存メンバーと馴染めるか不安だった。

 一方で卯月からすれば、文芸部にとって自分は新参者。良い雰囲気だったコミュニティを壊すかもしれない要因になりうると捉えていたのだろう。

 コミュニティに馴染めるか、壊してしまうのか。

 全く逆のようで、結局俺も彼女も似たような心配をしていたらしい。

 ただ卯月の問いに対して俺が口にすべき言葉は「迷惑じゃなかった」ではない。


「俺も楽しかったよ」

「…………っ」


 ビクッと卯月の身体が震えたのが、俺の腹に回される彼女の腕を伝ってきた。


「天体観測とか山登りも良かったが、まずはアレだ、弁当作り。普通に手伝ってくれるだけでも助かったのに、お前料理上手いから触発されてメッチャモチベ上がった」

「えへへへ」


 年齢にそぐわぬ幼子染みた笑い声を零される。

 心なしかとろんとした声色。肩から背中にかけて掛かる圧。

 朝、卯月に答えた通りジャケットの上から胸の感触がどうのこうの……なんてのは変わってない。

 だが、背中越しに伝わる情報は他にもある。

 夜の涼しい外気と相まって、首筋の肌が触れるか触れないかの距離でも彼女の体温が高くなっていることがわかる。

 食事に風呂、なんなら今日は朝5時前起き。

 大学生なんて体力バイタリティ溢れた年頃、「徹夜なんて余裕だろ」と謎の自慢をする若者は少なくない。

 けど、そう言うのって大概は深夜テンションが続いたり、楽しいことが続いてるから眠気を感じないだけなんだよ。楽しい時間が終わりを告げると、眠気は急にやってくる。

 右から左へと流れる車を見送ったあとも俺は直ぐには発進せず、力が緩み始めていた彼女の腕を両手で包む。

 

「熱い……やっぱお前眠いだろ」

「ちょっとだけ……」

「もうちょっとで着く。危ないから腕離すなよ」

「はーい」


 間延びした彼女の返事を聞き届け、ようやくバイクを発進させる。

 服越しのため感触こそ鈍いが、卯月は俺との元から少なかった距離を埋め、額まで当てて密着していた。

 それが嫌かと問われれば、そんな感じは一切ない。


 この感情はどっちなんだろう。

 友好なのか、恋慕なのか。

 眠気で鈍くなった頭でそんな思考を弄ぶ。

 

 卯月といるのは楽しい。けどそれは他の友人や文芸部のみんなにも言えることだ。

 かといって彼ら彼女が今の卯月のように密着してきた時、鬱陶しがったりしないと断言できる自信がない。

 ならこの卯月に対する好意は“恋”と呼べるのだろうか。


 というか、こうやって卯月を恋愛対象か否か品定めするような真似自体、彼女に対して不義理な気もする。

 己の感情や思考を言語化する度に、どこかで彼女への好意が理屈染みてきて……それが嫌で、いつも思考を放棄してしまう。

 

 そして今回も同じ。

 俺たちが部屋を借りている学生マンションが見えて来たことを機に、俺は考えるのを止めた。

 元より今考えたところ答えが出ないことは知っていた。ただ帰路に就くまでの手慰み。だからこそ思考を切り替えるのは楽だ。

 そもそも遊び疲れた頭がこれ以上働くわけがないのだから。



 **********



 バイクをマンション敷地内にある駐輪場に停車させ、俺は組んだ両手を夜空へと挙げて「んっ!」と1度伸びをした。

 二の腕の筋肉が伸ばされ、肩甲骨が乾いた音を鳴らす。

 軽い登山をした故足は言わずもがな、上半身も筋肉痛になるかもな。

 

 入居者と言えど駐輪場は月謝を払わなければならず、今回は大家さんに“半日だけ”と頼み込んだ手前早く実家に戻さなくちゃいけない。まぁGW終わるまで大家さん帰省中だし、第一今日はもう早く布団に入りたい意外考えられなくなっていた。


「ありがとうございました」

「おう」


 俺と同様疲れているはずなのに、卯月はわざわざ駐輪場まで付いて来た。

 乗せてくれた俺への義理……ではなく、彼女自身がこういったことをキッチリするタイプなのは高校の頃からの付き合いで知っている。

 

「明日は昼まで寝そうだ……」

「私もちょっと明日は寝すぎちゃいそうです」

「銭湯寄ったのは正解だったな。かえってそのまま布団に入れる」

「ちゃんと着替えないと皺になっちゃいますよ」


 階段を上る足取りは重たく、2人とも話し声のトーンは幾許か落ち着いている。

 もっともこんな深夜に大声出すのは迷惑極まりないことだが。


「それではセンパイ、お疲れ様です。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


 卯月の部屋の方が階段の手前にあり、ここで彼女とも別れる。

 数歩歩いて俺も自室の扉の前へと到着。

 バイクから降りた後にポケットに滑らせておいた家の鍵を取り出し、差し込むとガチャッ! と開錠の音が響く。

 最後にドアを開き、服を脱ぎ捨て某世界を股に掛ける大泥棒バリのダイブを決め込むだけ。

 そう思った瞬間だった。


 ————————違和感。


 ドアノブを握った手が止まる。

 何だ? この感覚……。

 正体不明の違和感が急激に脳裏を駆け巡る。

 俺は何か忘れている? もしくは見落としているのか?

 考えられる要因が脳内で列挙されるが、そのどれもが異なる。

 じゃあなんだ……? 

 ドアノブに落としていた視線を上げ、辺りを見渡した瞬間。その正体に辿り着く。

 

 先刻別れたはずの卯月の方からがしなかった。


 卯月は部屋の鍵を出すべくバッグに手を突っ込みまさぐっていた。しかし、数分経って彼女はおもむろにバッグから手を抜き、その場に立ち尽くす。

 

「卯月。部屋……入らないのか?」

「――――ぁ」


 人は本当にどうしようもない状況に直面した時、頭が真っ白になって自然と笑ってしまうらしい。

 そんな事を何かの本かネット記事、あるいはTVで見たことがある。何故笑うのかは分からない。もしかしたら人の中に眠る野生の本能的な何かが、せめて顔だけでも着丈に振る舞えとそうさせているのかもしれない。


 声をかけられて俺の存在に気付いた彼女は小さく声を漏らすと、逡巡するように2、3度視線を左右にやる。


「えっとー、あはっ……あはははははははは……………」


 卯月は壊れた玩具おもちゃように、乾いた笑い声を廊下に響かせた。




【4歩目:了】


**********



【蛇足】


 本エピソードの投稿と同時刻(10月25日正午ごろ)に、近況報告ノートにて“4章”のあとがきを掲載しております。


https://kakuyomu.jp/users/YAYAIMARU8810/news/16817330665825834523


今後の物語の方針などを含みつつ軽いネタバレを交え、ここまでのエピソードを書いた所感やら感想、今後について軽く載せてありますので、お時間よろしければご一読頂ければ幸いです。



 

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