第46話【裸のお付き合いです】


 ——————かぽーん。


 ドラマや映画のお風呂シーンで聞き覚えのある音が、私の耳朶を打った。


「っと、手滑っちった」

「大丈夫ですか? 萌黄さん」

「へーきへーき」


 中身のぬるま湯をタイルに撒き散らし、空になった掛け湯用の手桶を拾った金髪褐色の先輩。柊萌黄さんはタハハーと笑う。

 金髪の先輩はもう1度ぬるま湯を救いながら、ちょいちょいと、空いている手で招き猫のような仕草をする。


「マイっちおいで、背中掛けてあげるー。モミっちとフミっちもカモーン」

「そんぐらい別に1人でできるから」

「もう、モミっちのいけずー」


 素直に萌黄さんに背中を預ける私と文香さんに対して、紅葉さんはフェイスタオルを肩にかけ、1人先に洗い場えと向かう。

 ぎりぎりボブ……かな? ってくらい短い髪型や粗野な言葉遣いからボーイッシュな印象を受ける紅葉さんだけど、その後ろ姿はもはや男性らしくすら見えた。

 

「ところで梨乃さんはお風呂入らないんですか?」


 紅葉さんの後を追い、洗い場に並んで座ったところで、私はこの場にはいないもう1人の上級生のについて訊いた。

 萌黄さんとは対照的な真っ白な肌と銀髪が特徴的な、少しダウナー系の先輩はどうしているのだろう。


 中学、高校の修学旅行やスキー合宿でも他の子と一緒にお風呂に入るのが嫌で、可能な限り入浴時間をズラしたり、いっそのこと入らずにいた子はいた。

 高校は別として、もう顔すらぼんやりとしか思い出せない同学年の子たちとの思い出記憶を馳せる。

 あの子たちの気持ちは理解できる。なんだったら当時の私もソッチ側の人間だ。

 普段共に学校生活を送る子たちに裸を晒すのは恥ずかしいし、もし髪の毛の手入れや身体の洗い方が普通と違ったら……ううん。最も恐れた第二次成長期にある身体に言及され触れられたと想像するだけでも身の毛が粟立つ、形容し難い不快感は計り知れない。

  

 だから梨乃さんは他の人の目がある銭湯お風呂に入らない。んて可能性が脳裏を掠めるが、いかんせん素直に飲み込み辛い。

 まだ文芸部に入部して10日くらいしか経ってない私でも、部室で萌黄さんや紅葉さんにベッタリな梨乃さんが、そういったタイプの人じゃないのは分かった。

 そんな私の疑問を一言で解消してくれたのは、先に私がやったお返しにと背中を流してくれている萌黄さんだった。


「リノっち、入ってからね。入れないんよ」

「そうだったんですか。なら仕方ないですよねー………え、すすす墨!?」


 とんでもない言葉が金髪の先輩の口から出てきて、驚かずにはいられなかった。

 自分が発したモノとは思えないほど、声が響くが今の私にとっては些事に過ぎない。

 す、墨って、刺青入れ墨……タトゥーだよね!?

 梨乃さんはそういう人じゃないって、分かってるのに、どうしてもその言の葉が悪い意味のイメージを引っ張てくる。


「萌黄ちゃん。ちゃんと説明しないとこの表情、麻衣ちゃん絶対勘違いしてるよ。梨乃ちゃんが付けてるのは本物じゃなくてシールだからね」

 

 と、隣で洗顔をしていた文香さんが萌黄さんの言葉を補足してくれた。


「え、あっ。そうだったんですか。私はてっきり……」

「萌黄ちゃんの言い方じゃそう思っちゃても無理ないよね、アハハ……」

「あ、ごめーん。モノホンの方イメージしちゃってたかぁ。ないない、リノっち痛いのチョー苦手でピアスの穴すら開けらんねぇかんねー」


 詳しい話を聞いたところ、やっぱり梨乃さんの墨というのは、タトゥーシールのことだった。右肩にワンポイントとして小さなモノを付けていて、丁寧扱えば1週間近く剥がれないんだとか。


「リノっち無理矢理剥がそうとしたんだけど、そんなんしたら肌に絶対悪いから止めさせたんよ」


 萌黄さんと文香さんに説得されてる時の梨乃さんの真似だろうか。萌黄さんはブー……と、幼子っぽく唇を尖らせて説明してくれた。


「でしたら早く出ないと、梨乃さんに申し訳ないですね」

「その心配は必要ないよ。梨乃ちゃん私たちと別れる時エステルーム気になってたみたいだから、きっと利用してるんじゃないかなぁ」

「つーことで、あたしらはあたしらで楽しんじゃおっ」

「きゃっ!?」


 不意に背後にいた萌黄さんが、私のお腹に手を回してきた。

 女性特有の細い指……それだけじゃない。ネイルを嗜む萌黄さんの長い爪が私のお腹を這いずり回って、こそばゆさが込み上げてくる。

 時に化粧水やクリームを塗りこむように指の腹で優しく。

 時に硬い爪先が触れるか触れないかの境目を行ったり来たりするフェザータッチで焦らすように。

 どれだけ我慢しても私の身体は否応なしに、仕切りに震えてしまっていた。


「マイっちの肌すべすべー。てか腹筋あんねっ! もしかして高校の時スポーツやってた?」

「……んっ。は、はい……バドミントン部でした」

「この硬さは結構ガチってたっしょー」

「あの……萌黄さっ、そろそろ……放して……」

「めんごめんごー」


 拘束が解かれて一安心。

 妙に早くなった鼓動をシャワーを浴びることで整える。


「けどマイっち、そのお腹で胸そんなおっきいとか羨ましー」

「萌黄さんだってスタイル凄く良いと思いますよ」

「あたし胸はあるけど、お腹ぷよぷよでさぁ」


 と、自分のお腹をつつく萌黄さん。

 うーん……本当に気にし過ぎだと思うんだけどなぁ。

 萌黄さんのスタイルは一言で露わすらな、グラマラスよりのグラビアアイドルだ。私より大きな胸に豊満なお尻。本人が言うにはお腹周りが気にあるようだけど、全然気にならない。

 けどそれを口にはしない。少しでも気になる箇所は治したいは、女の子が永遠に抱え続ける至上命題なのだから。


「胸ってさ中身脂肪じゃん」

「筋肉じゃないんですか? 大胸筋とか」

「筋肉はもうちょっと上らへんだから、膨らんでる所……おっぱいは脂肪なんよ。でさ、脂肪ってことはスポーツとかダイエットすると真っ先に燃やされるの。巨乳のアスリートってあんま見ないっっしょ」

「言われてみたら確かに、そうかもですね」

「その癖、いざ大きくしよとしたら1番最後!」


 脂肪というのは、食べた物の消化が間に合わず。あるいは消化しきれなかった栄養を身体が応急処置として変化させて体内に留められたモノなんだとか。

 スマホで例えるなら本体の容量ストレージに入りきらないデータを入れることができる上、なくてもスマホを動かすには問題ない外付けのクラウドエネルギー庫

 本来は余分なモノだから、運動すれば真っ先に消費され、作るには身体の許容量以上を摂取しなければならない。

 故に萌黄さんみたく、元から胸の大きな人がお腹を絞ろうとしたら先に胸が小さくなってしまうらしい。


「マイっちは胸大きくなんの早かったん?」

「いえ全然。むしろ高2くらいまで標準より小さかったと思います」

「は!? それマジで。マッサージとか何か特別な豊胸トレみたいなのしたん?」

「特に何かしたことは……あ、でも部活隠退した後からちょっと食生活が変わったからですかね……」

「麻衣ちゃんその話詳しく!」

「お、フミっちもノリ気になってきたねー。モミっちは?」

「アタシはパス。胸なんてあってもなくてもどうでもいいし」

「とか言いながら洗い終わったのにお風呂の方いかないよねー」

「……っ」


 身体を洗い終わったあともお風呂から出るまで、私は3人の先輩方と楽しく談笑に花を咲かせた。



 **********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

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