第43話【みんなで食べるご飯は格別です】


「とおちゃーく!」


 眼前に広がる平野を見て誰とはなしにそんな言葉が零れた。

 長く緩やかな山道を越えた先にあったのは、太陽の光を受け鮮やかな若草色に生い茂る芝生の広場だった。

 未開の地の如き乱雑な野生感はなく、されどできる限り人の手が加えられている証拠のない、ただ芝生が広がっているだけの公園は、今日みたいに抜けるような空の下ではそこにるだけで清々しい気持ちにしてくれる。月並みな表現だが見る清涼剤ってこんな景色のことを言うのだろう。


「んー……GWの割に人少ないね? ほぼボクらの貸し切りって言えるレベルだ」

「向こうの方で何人かいますけど、それでも少ないですよね。センパイ、この公園って隠れスポット的な場所なんですか?」 

「いや、むしろ有名だと思う。検索でかなり上の方に出て来たし」


 この誰も彼もがインターネットに頼る情報化社会。この公園を天体観測地の候補に入れた人たちは多いはずだ。

 しかし最終的に候補から外れる要因となった理由は、おそらく今俺たちの目の前の景色が物語っている。


「まぁ……子どもにはつまらないだろうな」

「なーんにもないもんね」


 俺の言葉の補足するように紡がれた柊さんの言葉通り。この山頂の広場にはのだ。

 たしかに芝生は綺麗だ。空気も澄んでいて標高が高い分景色も良い。

 この広場の外周には安全性を考慮した柵が設けられているものの、あまりあるこの解放感は子どもと社会人の狭間に在る多感な大学生の心に癒し施してくれる。

 が、遊び盛りの小中学生。少しマセたことを知り始める高校生にとっては、ちょっと高い位置にあるだけの広場は些かつまらないだろう。

 遊具らしいものすらなく……道中のアスレチックに予算をブッパしたなんてのは邪推か。


「近くまで車で来るコースもあるんだから、どうせ流星群の時間帯になったら増えてくるだろ。馬鹿みたいに昼間っからいるのは時間を持て余した大学生オレたちくらいだろうな」

「俺も野村さんと同じ考え。悪い所じゃないけど小さい子が遊ぶものがないし」


 踏みしめている芝生は柔らかく転んでも怪我の心配はないから、ボール遊びなんかには打ってつけなんだろうが、ぶっちゃけボール遊びするだけなら態々こんなとこ来ず近くの堤防に行く。

 

「まぁ、別に良いんじゃない? 人いないんならいないで。それより早くお昼食べよー」

「藤崎さん、さっき道の駅でポテト食べてましたよね……」

「あんなの食べた内に入んないー」


 結構ボリュームあった気がするんだけどなぁ。

 と、2口ばかり貰ったトルネードポテトを思い浮かべるが、俺まで腹が減ってきた。

 スマホで時間を確認してみると時刻は14時2時を回ったばかり。そりゃ腹が減るわけだ。


 みんなに用意してもらったブルーシートを手分けして引き、俺と卯月が作ってきた重箱を中心に車座になる。

 気分は遠足……いや、運動会の昼ご飯か。


「えっと……このおにぎりが入ってるのが野村さん。卯月、そっちの2つは?」

「グラタン入りと春巻き入りです。春巻き多めは紅葉さんですね」

「オーケー。じゃあ1番下にあったのもグラタンだから柊さんと藤崎さんか」


 俺と卯月で手分けして個別用に作ってきた小さな弁当箱を渡していく。

 入れ物は蓋が透明な使い捨てのプラスチック弁当箱で、一目でどれが誰用なのかわかるのだが、マーカーで印付けるなりした方がもっとわかりやすかったかもしれん。

 ちなみにリクエスト特別仕様のオカズは野村さんと3回生の3人で、残りの4人はそれぞれの余ったオカズを適当に詰めてるだけである。

 

「肉味噌のおにぎりはそっちの重箱の方に入ってるんで。ただちょっと具少なめです」

「おう、悪いな」

「このグラタンなっつ! 小学校の時にメッチャ食べてたよね。リノっちあとで底の占いで勝負ね」

「春巻きも凄い綺麗に揚がってる。家でこんな風にできるものなんだ」


 うんうん。

 見た目だけの時点で既に好感触。注文が多いのが玉に瑕だけど、素直に嬉しがってもらえると作った甲斐があったというものだ。


「卵焼きに唐揚げ、生姜焼き、根菜の煮物。それにこの大量のおにぎり……桃真、もうママじゃん」

「誰がママだ!」

「ママ―、デザートはー?」

「藤崎さんまでノらないで! つかデザートは早い!」 

 

 なんて軽口の報酬もほどほどに。……というより俺たちがふざけてる間に卯月がお茶や割り箸を配り終えてくれたことを皮切り、みんな自ずと口数が減っていく。

 それに合わせて視線は俺の方へ。

 部長……いや、弁当を作ってきたから音頭を取ってくれということか。

 それなら卯月がやった方が良い気がする。余計なお世話だが、少しでも早く卯月がみんなと馴染める機会として。

 が、卯月も柔らかな目でこっちを見てきている。

 やるしかないか……。


「それじゃ――――」


 両掌を胸の前で合わせる。

 変に間が空いた上にゆっくりやったもんだから厳かというか、フォークとナイフで食材モンスターと戦う戦士の決めポーズみたいになってしまった。


「いただきます」


 俺の言葉に続いて7つの同じ言葉が重ねられた。



 **********



「やっぱ桃真の弁当美味いな」

「春休みにやったお花見でも食べたけど、ボクはこの出汁巻きが好きだなぁ。お出汁効いてるのに甘めですっごいボク好み」

「桃真君お料理上手だからそっち方面に就職しても活躍しそうだよね」

「マイっち一緒に作ったんでしょ? トウマっちのと比べても全然わかんないくらい美味しいよ。ねえ、もっとピクニックとか増やさん?」

「フフッ。ありがとうござます萌黄さん」


 朝早くから俺と卯月で拵えたお弁当は見事にみんなから絶賛だった。

 そりゃまぁ頑張って作ったんだから嬉しいんだが、こうも正面から褒められると照れ臭い。

 その点卯月は凄いな。高校で生徒会長をやっていたから人前に出ることも、称賛されることも慣れっこ。いやただ生徒会長やっただけじゃなく、その上で称賛されるのは別なんだろうが。

 テンションが高まり欧米人ばりのハグを敢行してくる柊さんを、涼やかな……されど嫌味にならない笑みで対処する卯月。4月からもう何度目だって思うが、やっぱ高校時代のザ・陰キャみたいな彼女とのギャップがエグイ。


「どうかしました、センパイ?」

「いや何も。あっちの山見てた」


 柊さんと話していた卯月が、俺の視線に気づいた。適当言ってごまかす。

 ボーっと考えながら無意識に卯月を見てしまっていたが、「卯月お前、マジでキャラ変わったよなって思ってさ」なんてこと口にするのは野暮ってもんだ。


「あ! わかりました!」

「違う。絶対分かってないだろ。なんならロクでもないことに決まっている」

「遠慮しなくていいですよ。コ・レですよね」


 と、俺の言葉なんて無視して卯月は自分の箸で重箱から唐揚げを一掴み。そのまま空いている手で受け皿を構えつつ、俺の口元数センチ前まで運んできた。

 彼女の行動の意図が読めた周りの連中……主に3回生の女子から「おおおぉぉ!」という驚きと興奮のない交ぜになった声が上がる。


「アーン」

「しねーよ!?」


 やっぱロクでもなかった。というか他の連中がいる前でやるわけないだろ。誰もいなくてもやらないけど!

 

「トウマっちのヘタレ―」

「甲斐性なしー」

「可愛い後輩からのアーン断るとか、草食越えて絶食系男子じゃん」


 青春アオハル展開でも期待していたのか、主に3回生女子ズがさっきまで発していた黄色い歓声が一転、非難の色一色になった。

 クッ……自分には関係ないだろうからって、下手に茶化して……。

 とにかく俺は断固として拒否の意思を貫く。これでも硬派な人間で通ってるからな。


「むぅ、朝はあんなにガッツいてくれたのに」

「言い方!」


 後輩が零した語弊を招く愚痴に、再び「キャー!」という声が辺り一帯に響いたのは火を見るよりも明らかだった。


 試食の話だからな!



**********



【蛇足】


 本文書き切った安心感から、タイトルを仮称のまま投稿しちゃうと言うね……。


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

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