第42話【流れ星と言えば……】
ギシ……ギシ……と強い力が加えられて唸るロープの網に両手両足でしがみつく。気分はさながら忍者。
ほぼ直角の急傾斜となっている網の山を一挙手一投足を確かめながら慎重によじ登る。
「桃真!」
真上からの俺を呼ぶ声。
頭を上げると、男にしては長めの茶髪を後ろで1つ括りした黒縁メガネの友人。清水葵が「掴め!」というように右手を差し出していた。
ノータイムで俺も彼の手に右腕を伸ばす。
「ファイト―……っ!」
「イッパーツ……っ!」
昔に放送されていた某栄養ドリンクのCMを彷彿とさせるセルフオマージュ。
「ごめっ、桃真。やっぱ手離して!」
「締まんねえなぁ……」
ひ弱なモヤシ男子が……と胸中で友人への苦言を呈す。かくいう俺も片腕で男子大学生を引き上げられるから怪しいので、あくまで胸中で。
清水との掛け合いを諦め、頂上までの数十センチを己の力のみで登りきる。
「おおぉ……意外と高いな」
しっかりとした木製の板でできたアスレチックの頂上の高さに驚く。
「アオッちー、トウマっちー」
アスレチックの下から手を振っている柊さんとの距離的に、ざっと2メートルほどの高さだろうか。俺の身長より30センチくらいしか変わらねぇのに高けぇ……。
怖くはないけど一瞬ビビる。そんんくらいの高さ。
「降りるか」
「そうだね。さすがに大学生2人がアスレチックの頂上ではしゃぐのは……ね」
清水と軽く笑って、登ってきた方と逆方向にある滑り台を使う。
大学生が滑り台ってのも恥ずいな!
しかも悔しいことに存外滑るの楽しかった。
「2人ともお疲れ様ー」
戻ってきた俺たちを長い黒髪が特徴的な細心痩躯の最上級生、五十嵐文香さんが労ってくれた。
「えーっと、アオっちとトウマっちが今で、さっきはモミっちとマイっちだったからぁ、次はあたしとリノっちとペイっちだね」
「あー……僕もう1回やろうかな。ちょっと身体動かしたら気分上がっちゃって」
「そう? じゃ、アオッちもー」
現在俺たちは車での移動を終え、最終目的地であるアスレチック公園の山頂を徒歩で目指している。
まぁアスレチック公園なんていうが、アスレチックがあるのは道中であって、山の頂上は平野となっている。
ネットの口コミだと山頂までの直通ルートを車で登り、頂上で遊んだりピクニックする人たちも多いんだとか。
しかしせっかくのサークル活動。楽して登るより楽しんで登ろうということで、道中のアスレチックを順番に挑んでいる次第だ。
「あ、さっそく見えてきたじゃん」
と、柊さんが遠くに見える新たなアスレチックを発見した。
「ほら行くよーペイっち」
「ゴー……」
「自分の足で歩くからお前ら、引っ張るな!?」
テンションが高くなった
「あはは……それじゃ、僕も言ってくるよ」
そういって、さっきロープ山のアスレチックを踏破したばかりの清水も3人の後を追っていく。
「みんな若くて元気だねー」
「文香さんも若いじゃん」
残ったのは俺と卯月、五十嵐さん。それと黒髪ボブで縁なし眼鏡をかけた3回生、赤羽根紅葉さんの4人だ。
野村さんは例外として……テンションの高いメンバーと比較的大人しいメンバーで見事に分かれたな。
「そういえば3人はもう決めた?」
五十嵐さんの唐突な問いの意味を理解できなかった。卯月と赤羽根さんに目で確認してみるも、2人も分かってない様子。
ここは俺が代表して聞くべきか。
「決めたって何をっすか?」
「願い事だよ。せっかく流れ星見に行くんだから、決めとかないと」
「文香さん、そんな子どもっぽいこと言う人だったんだ」
「子どもっぽくて良いんだよ紅葉ちゃん。大学生は子どもでいられる本当に最後の時間なんだもん。それに
その言葉は柔らかな口調とは裏腹に、とても強い思いが込められているように感じた。
五十嵐さんと野村さんは4回生。
既に大学卒業後、社会へと巣立つ準備を始めている最上級生にとって、残された期間を楽しもうとする考えを下級生の俺たちが小馬鹿にしていい道理なんてない。
「そうですね……。それで五十嵐さんは何をお願いするんですか?」
「資格試験が上手くいきますように」
…………全然子どもっぽくなくなかった。
「バリバリ神頼みしてんじゃん」
「それだけ真剣なの! 勉強はしてるし過去問も解いてる、他にもできることなら願掛けでも神頼みでもするよ!」
先刻までの最上級生の余裕はどこへやら。
赤羽根さんのツッコミ対して目にうっすら涙すら浮かべるほど必死に弁明する五十嵐さん。
うーん……締まらないなぁ。
「そういう紅葉ちゃんだって、この間出した公募の賞の結果お願いするでしょ」
「いや。アタシは新しいヘッドフォン貰えますようにだけど」
「私より即物的だー!?」
「というより紅葉さんのお願いって流れ星じゃなくて、サンタさんにするタイプなんじゃ……」
卯月の言う通りである。
「それで桃真君は何をお願いするの?」
「そうだなぁ……10連で新キャラ出ますように、とか?」
「新キャラってゲームの話じゃん。桃真、夢無さ過ぎ」
「赤羽根さんも似たような感じじゃないですか」
俺の願いに赤羽根さんは「はぁ……」と溜め息一つ呆れるが、願いの格はヘッドフォンとどっこいどっこいだろ。むしろ完全な他力本願ではなく自らの意志でガチャを回すだけ俺の方が上まである。
ただ男なんてそんなもんじゃなかろうか。
そんな
何はともかく五十嵐さん、赤羽根さん、俺……と偶然にも学年順に発表し、ついに新入生である卯月の番が来た。
もちろん卯月自身もそれがわかっているようで。しかしまだ願いが決まってないのか片手をシャープな顎に当てた彼女の顔は晴れてない。
「うーん……」
「そんなに考えなくても良いんだよ。私たちも良いお手本じゃないけど、麻衣ちゃんが今欲しい物とかなりたいモノで良いからね」
「欲しい物……なりたいモノ……」
「ん?」
え、なんで俺の顔見るんだ?
不意に卯月がこちらの方を向いて来た。
頭は動かさず、彼女の青み掛かった瞳が俺の頭のテッペンから足の爪先までをなぞり見るように動く。
まさか……いや、そんなことあり得ない。というよりそんな想像をする自分が気色悪い。
卯月が欲しい物——その正体が脳裏を過ぎるが、俺の常識的感性がソノ答えを否定する。
何故なら、その可能性を真剣に考慮してしまうと自分が
「麻衣ちゃんは何か欲しい物ってある?」
「私が欲しい物は――――」
だが、その言の葉の続きが紡がれることはなかった。
「おーい! 4人とも先行っちゃうよー!」
遠くから俺たちを呼んだのは清水を始めとしたアスレチック挑戦組。
どうやらもうアスレチックをクリアしていたようだ。
「ごめーん。今行くねー」
軽い声色で五十嵐さんが返したことで俺たちの会話は強制終了。
卯月の願いが気になりつつも、俺たちは先を歩くメンバーを追いかけた。
**********
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
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