第39話【ホントは嬉しいですよね?】


 朝食もほどほどに、俺と卯月は支度を済ませて外に出た。

 

「おおぉ、センパイのバイク変わってませんね」

「物持ちは良い方なもんでね」


 駐輪場に置いてある、昨日実家から取ってきたバイクは俺が免許を取って以来1度も買い替えていない。

 卯月に見せたのは高校での2年間でも数えるほどしかないんだけど、よく覚えていたな。まぁ記憶力というか、勉強覚えるのは得意だったのだから驚くことでもないか。

 それに俺自身、乗れれば良いって考えだから丁寧に扱いはすれど、改造や買い替えなどは全く考えずに乗っていた。シンプルなフォルム故覚えやすいのだろう。


「大丈夫だろうけど、弁当気を付けてくれよ」

「お任せください!」


 ビシッと芝居がかった敬礼した卯月が背負っているのは、料理の宅配サービスで配達員が背負っているのを見かける、まっ四角なリュックサック。

 重心が底面にあり、中は収納物が動き過ぎないような構造となっている。さらに少しばかり重さは増すが、弁当箱の上から水筒を入れているので安定感は抜群だ。


「あ、センパイ先に乗っちゃて下さい。私は大丈夫なので」

「いいのか?」

「ええ、今日はズボン履いてきましたから」


 パンパンと彼女が叩く足に視線が吸い寄せられる。

 彼女が履いているのは紺色のカジュアルなズボン。山に行くということで虫を警戒してかくるぶしまで覆っており防御力の高さが伺える。

 そこそこ足のラインが見えるくらいにはピッチリとしたタイプで、あまり凝視しちゃいけない気がした。

 

「んじゃ遠慮なく」


 元々俺のバイクであるのだが……卯月に勧められ、駐輪場から出した先にバイクに跨る。

 以前乗ったのが年始だったから不安があったものの、いざ乗ってみるとむしろ安心感が込み上げてきた。人間、身体で覚えたことは中々抜けないというが本当らしい。

 

 バイクコイツがあれば普段の移動も楽なんだが、駐輪場の月々の料金も馬鹿にならないからなぁ。ウチの親は「別にいいんじゃない?」と言ってたけど、過度な贅沢はちょっと怖い。


 閑話休題。

 バイクにエンジンをかけ、ガソリンメーターが満タンであることを確認した俺は、気持ち背筋を伸ばしてスペースを作る。


「オーケー。ゆっくりでいいぞ」

「お邪魔しまーす」

「乗れそう?」

「大丈夫ですよー」


 車体を垂直に立たせてバランスを取り、卯月が座るを待つ。

 慣れ……あるいはスカートではないからか、難なく卯月は後部座席へと腰を下ろした。


「わぁ……なんだか懐かしいですね」

「そうか?」

「だってただでさえ1年は会ってなかったんですよ私たち」

「うっ……」

「それにセンパイ、私が2年になってから全然後ろに乗せてくれなかったじゃないですか」

「それはお前が生徒会に入ったから世間体を気にしてだな。道路交通法ルール的に問題なくても、高校生がバイクで2人乗りは印象悪いだろ」

「そうですけどー」


 などと軽口の応酬も程々に、左右の方向確認をして道路に出る。

 GWといえどまだまだ早い時間。住宅街であることも相まって、人の往来はなくしんとしていた。

 久しぶりの運転なので人通りが少ない状態から慣らせるのは有難い。


 と、交差点の赤信号で一旦停止した時のこと。

 ふと背中全体に広がる圧迫感に今さらながら気づいた。

 振り向くと思いの外、卯月の頭が近くにあった。


「お前、なんか近くね?」

「そうです?」


 問い返されても「うん」と答えるしかない。

 すっごい密着されてる。

 よく見たら手も俺の腰を掴むどころか、ジャーマンスープレックスでも狙ってのかってぐらいがっちりホールドしてるし。


「安全性を取ってるのは良いことだが、もうちょっと離れても良いんだぞ」

「…………」 

「なんだよ?」

「――――ははーん」


 何を勘違いしたのか、彼女の顔がとてもつもなくウザ……もとい人の神経を逆なでするようなモノになった。絶対ロクなこと考えてない。

 なんて思ってたら、卯月は離れるどころかさらに背中への圧迫感を強めるように身を寄せて来た。


「センパイったら、背中に私のお胸が当たってドキドキしてるんですねぇ」

「違うけど」

「…………は?」


 大方予想していた卯月の勘違いをばっさり両断。


「ま、またまたー……」

「いやマジで。俺ジャケット着てるし何か当たってるなくらしかわかんねーよ」


 バイクに乗る時はなるべく厚手の上着を着用。安全性を考慮した服装を心掛けるのは当たり前だ。

 つーか、フィクションによくある“背中で胸の感触を感じる”なんてシチュエーションあるわけないだろ。ピンポイントで当たるならまだしも……いや、それでも互いの服や下着と何重もの隔たりがあるのに、胸の感触を感じるなどというのは妄想空想幻想の類だろう。


「えいっ」

「ぐえぇ……おまっ、何すんだ」

「ロマンのないセンパイにお仕置きです」


 卯月の奴、いきなり腕の占める力を強めやがった。

 無防備だった腹がギュッと締め付けられ、危うく朝ご飯が出るところだった。


「覚えとけよ……」

「やでーす。それより信号青ですよ」


 頭の1つでも小突いてやろうと思ったが、信号が青だと言われ止む無く発進。

 それから相変わらず往来の少ない道路を走っていると、不意に耳元に息遣いを感じ――――。


「――――今度は前から抱き着いてあげますね」

「…………っ!?」


 事故ったら卯月のせいだからな。



 **********


【蛇足】


 3日1度の投稿が途絶えてしまった……。

 思い上がりも甚だしいですが、読んで下さっている皆さま申し訳ございません。


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!




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