第38話【お弁当作りはお任せを】
早朝5時半。
暦で言えば5月の頭は初夏に当たるらしいが、曇りガラス越しに見る外の景色はまだ仄暗い。
これほど早く起きるのは久しぶりだ。まだ頭は完全に覚醒したとは言い難いものの、高校までの10数年間の習慣であったためか、思いの外辛くなかった。
洗顔や歯磨き……必要最低限の準備をした俺は、朝食も取らずクローゼットの引き出しから最近出番なく眠っていたエプロンを取り出す。
「よしっ、んじゃ始めるか」
「はい!」
同じく自前のエプロンを纏った卯月に作業の開始を告げると、打てば鳴る勢いの元気な返事が返ってきた。朝から元気だな。
今日はついにやってきた天体観測の日。
天気予報に寄ればGW中は全日快晴らしく、早起きもこれから作る弁当も無駄になることはないだろう。
ちなみにだが、当然のようにいる卯月が手伝いを申し出てくれたのは正直にありがたい。俺1人で8人分の弁当はさすがに骨が折れる。
「まずは献立の確認だな」
「えっと……桔平さんが肉味噌おにぎり。紅葉さんは春巻きで、梨乃さんと萌黄さんが冷凍食品のグラタンですね」
「地味に面倒なリクエストばっかだな。何も言わない五十嵐さんと清水を見習ってほしい……」
「でもコレだけだとちょっと物足りません?」
「ああ。だからリクエストとは別に全員が摘まめる奴も作るつもりだ」
冷蔵庫に貼ってあったホワイトボードを手に取り献立をメモしていく。
リクエストされたオカズ意外だと卵焼きにウインナー、揚げ物なんかの定番どころも入れよう。
せっかく大勢で行くなら弁当箱を個別にするより、デカい重箱型にした方がいい。1段をおにぎりにして後はオカズ。けど、それだとレンチングラタンのような1人用のオカズや、ミートボールなどの水気の多いモノを突っつき回すのは抵抗ある人もいるかもしれない。
「やっぱ重箱とは別に個別のも用意するか。卯月、頼んでた奴は?」
「ちゃんと買ってきましたよ」
「オーケー」
卯月が持参してきた袋から取り出したのは、百均で売ってるプラスチック製の使い捨て弁当箱。
子ども用の弁当箱くらいのサイズだから数品しか入らないが、元々こっちに重いおかずを入れるつもりもないから十分だ。
と、そうこうしている内に炊飯器がご飯の炊きあがりを告げるメロディを奏でた。
そろそろ作業に取り掛からねば。
「手伝ってくれるのはありがたいけど、卯月は何が作れるんだ?」
「センパイが作れるモノなら何でも作れますよ」
…………。
もしかして俺、煽られてる? なんなら舐められてない?
これでも一般的な基準で言えば料理男子名乗れるくらいには料理スキルあるって自負してるんだけど。
などと胸中で異論をこねくり回すが、何度か彼女に料理を振る舞ってもらい、その全てが美味かった事実から口に出すことはできなかった。
「…………わかった。ならとりあえず卵焼きと生姜焼き、それと油の準備ができたら揚げ物を頼む」
「りょーかいです!」
キッチンのコンロは2つ。
1つを揚げ物用の油の準備に使うので、卯月には簡単な“焼き”料理から任せる。
快活の良い返事と共に敬礼した卯月は卵焼きから取り掛かるようで、早速卵のパックに手を伸ばした。
俺も作業を始めなければならないが……その前に卯月のサポートをっと。
冷蔵庫から4つのボールを取り出す。
「こっちが生姜焼きの豚肉で、こっちは唐揚げ用の鶏肉。で、これは春巻きの餡だが……まぁ、あとで俺も包むのやるか放っておいて」
「ちなみにセンパイが持ってるもう1つのボールは?」
「おにぎりに使う肉味噌」
「…………」
卯月に渡した3つのボールは
なんて愚痴を零してたら、何故か俺を見る卯月の目がクワッと見開かれている。
「ほとんどセンパイがやってるじゃないですか!?」
「いや、1番大事な“焼き”任せてるだろ」
「だからって、作業量少なすぎますよ!」
なんという反応に困る反論……。
前の日からできる仕込みはやっとくもんだろ。それが漬ける時間が長いほど味が染みる肉系なら尚のこと。
料理が上手い卯月的には物足りない作業ってことか? でもあくまで卯月は手伝いであって、任せっきりにするわけにもいかないし。
まだ「ブー……」と不満気な卯月になんとか納得してもらった。
で、俺がやるべき最初の料理は――――ズバリ、おにぎり!
ボールに溜めた冷水で濡らした手に塩を振り、蒸らしておいた炊飯器の米をしゃもじで掬って、手に乗せる。
「おっ、あっつあっつ!」
掌に凄まじい熱感が広がった。
即座に手にくっついた米粒の塊をリリースした気持ちを抑え、両手で覆い不格好に纏める。
ある程度手の中でお手玉できるくらいまで固まったら、今度は出来栄えを意識して成形していく。もちろん三角にだ。
サランラップや、手を汚さずおにぎりを作れる器具を使えばもっと楽なんだろうが、やはり手結びに限る。なんつーか素手で握ると美味いよな。手からやばいモン出てるんじゃと疑うくらい。
最後に海苔を巻いて、グッグッと2.3回握りこむ。この時注意するのは海苔の全面が個目に密着していること。食べる時にふやけて箇所と中途半端に乾いた箇所のムラを失くすためだ。
「一丁上がり」
完成した、おにぎり第1号を重箱の隅に置いてみると、大きさもばっちり。
この辺は慣れと感覚だからな。俺がおにぎり作りを買って出たのはコレが理由であったりする。
「センパイ、卵焼きって何本くらい作ります?」
「3本くらいかな、全員それなりに食べるだろ」
米の熱さにも慣れてきて2つ目、3つ目のおにぎりを作ってる間に目だけ卯月の方へと向けると、彼女が握るフライパンには焦げ目一つない美しい卵焼きが出来上がっていた。
厚さも俺だったらコレだ……と、いう所でまな板に引き上げており、もはや心配する必要など皆無といえよう。
それから俺は、塩を結びだけでなくリクエストの肉味噌や、昨晩から用意しておいたオカカに水気を切ったシーチキン。実家から貰ってきた梅などのバリエーションを増やして、数十個のおにぎりで重箱の一段を埋めた。
ちなみに、具が一目でわかるように、海苔を巻き方や料理バサミで丸くするなどの工夫を凝らしたので、余計に時間がかかってしまった。
卯月の方は、焼き物を済ませたあとは揚げ物に作業を移り、小エビの天ぷらや唐揚げの山を作ってくれている。
最後にデザートのフルーツをカットし、完成したオカズを弁当箱に詰める作業を完遂すればいいだけ。
ぐぅー…………。
「あ」
リンゴを切っていると、不意に腹が鳴ってしまった。
そういえば何も食べてなかったな。
明るくなった外の景色が時間の経過を告げている。
「センパイセンパイ」
「ん?」
「あーん」
手元のリンゴへと注いでいた視線を上げ、呼ばれた方向を見ると菜箸に唐揚げを挟んた卯月が構えていた。
食え、ということだろう。
別に食べさせられる必要はない。フォークか箸でもくれたら良かったのに。
なんなら今からでも素手で受け取っても良いだろう。ただ揚げ立ての唐揚げを素手でいくのは勇気がいる。
などと、どうでも良いことに思考を費やしている間にもタイムリミットが迫っている。具体的にはゆっくりと唐揚げが俺の口元へと近づいていた。
ええーい、ままよ。
「んぐ」
食欲に負け、差し出された唐揚げを頬張る。
「どうです?」
「うん、美味い。さすが昨日の夜から漬けてるだけあるな」
「えー……そこは麻衣があーんしてもらったから美味しいっていうところですよ」
「そんなんで味変わるわけないだろ」
「ブー」
ワザとらしく頬を膨らませる卯月。
スッゲェあざといんだが、それがキツイと思えないくらいに容姿が整っているのが困る。
「はぁ……んなことより、ちゃっちゃと朝飯にするか。オカズは余ってるし、米もある。なんか食べたい具は?」
「おかかでお願いします!」
「はいよ」
出発まで残り1時間。
俺たちは弁当が完成した達成感を胸に、ちょっと豪勢な朝餉を共にした。
**********
【蛇足】
手で握ったおにぎりが美味しく感じるのは、手に付着している微生物が旨味成分に作用しているから〜なんて説(ほぼ世迷言)があるんだとか。
なら長期的に見れば病気のリスクでは? なんて思いますが、そんなの気にしたは何も食べられん! ってレベルらしいです。
何なら科学的に立証されてない(笑
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
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