第37話【むしろご褒美では?】


 身体の中に異物が入ってきた。

 細くて長い……そして硬いソレは、俺の穴から侵入してきた途端、手始めに入口周辺をまさに略奪者の如き振る舞いで蹂躙し始めた。

 時に同じ場所を何度も何度も小刻みに。

 時に身を抉るかの如き力で豪快に。

 穴の縁を丁寧に擦りつつ、されど執拗に掻いては輪郭に沿って徐々に活動を範囲を広げていく。

 略奪者による被害は甚大なもので、ガサ……ガサ……と、俺の中の何かが崩れていく音がした。

 それだけにあらず。入口付近をあらかた荒らした略奪者が、さらに奥へと侵攻を開始し始めたのだ。

 道中も余すことなく俺の中を犯すソレに俺は抗えない。

 身体の中心で蓄積され続ける異物感。

 だがその感覚はタチの悪いことに、純度100%の不快感ではなかった。

 

「……んっ、ふぅ、……んぐ」


 あぁ、何とも情けない。

 今年、もう20歳になったが自らの身体を蹂躙されることに、甘い呻き声を溢している。

 自分の弱い部分を優しく、それでいて強引に荒々しくこじ開けられているような感覚は、まるで自分にとって大事な、尊厳とも呼べるモノを弄ばれているような、どこか倒錯的な快感を生み出し続ける。

 

 それはとても抗いがたく、しかしこの快感に身を委ねてしまうのも怖くて。

 今さらになって俺は、体内にいる異物を排斥しようと身じろぎ――――。

 

「だーめ。動いちゃいけませんよ」


 そんな、なけなしの気力を振り絞って敢行した抵抗すら許されない。

 俺の足搔きは、嗜虐的な声で囁いた卯月によって、いとも容易く止められてしまう。

 ――――逃がさない。

 言外の意思を孕ませた後輩の手が、穴の外側に添えられ抵抗力を削がれる。


「動くと危ないので、ジッとしててくださいね」

「いやでも……この状況はかなり恥ずかしい」

「“いや”も“でも”もありません」


 と、語気を強めた卯月が俺の頭を自身の膝元へと戻した。

 

 簡潔に言えば、現在俺は卯月に耳掃除をしてもらっている。

 それもベッドに腰掛けた彼女の膝の上に頭を乗せて。

 事実は小説より奇なりなんていうが、いったい何故こんな状況が生み出されてしまったのか……。

 

「なぁ卯月……卯月さん。な、なななななんで俺は耳掃除をされてるんですか?」

「だから言ったじゃないですか。これはセンパイへのお仕置きです」

「ごめん。これのどこがお仕置きか理解できないんですけど?」

 

 なんで罪滅ぼしなのに俺が奉仕されてる側なんですかね。どっちかというと、俺がする方じゃないの?

 客観的に見て可愛い女子に膝枕で耳掃除してもらうとか、健全な男性諸君の夢でしないんだが。

 …………だが、な。

 それなり親交のある後輩の女子にいざやってもらうと、煩悩より先に羞恥心が勝ってしまう。しかもおふざけではなく、卯月相手が自分に好意を持ってくれているという状況がさらに気恥ずかしさを加速させる。   

 可能ならば今すぐ転げ落ちてでも逃げたいくらい恥ずい!


「現役女子大生、それもついこの間まで高校生だった女の子に膝枕してもらっておいて、覚えてないっていうのは大罪だと思いません? ……それに何も思われなかったというのは、私もちょっと傷つきます」

「…………」

「よし、綺麗になりましたよ。ふー」

「………っ!?」


 一際彼女の声を近くに感じた瞬間、生暖かい息が耳に吹き込まれる。

 驚きとこそばゆさで、もう俺の羞恥心は臨界点を迎えた。


「も、もう良いだろ! 助かった――――」

「まぁだ。もう片方もしますから、反対向いて下さい」

「…………マジ?」

「マジです」


 ダメ元で問うてみたが、彼女の返答は予想通り。

 不意を突いて強引に起き上がるか? いや、中途半端で切り上げると、また文芸部の連中に強請ゆすられるネタになりかねない。

 ここは素直に従うのが吉だろう。

 

 もってくれよ俺の心。

 羞恥心を抑え込み、卯月の言葉に従うことを選んだ俺は身体を起こして彼女の反対側に回ろうとする。

 しかし身体を起こそうとした俺の頭を、卯月が手で押さえた。


「そんな手間をかけなくても、頭の向きを変えてくれればいいんですよ」

「――――――――」


 もはや絶句を禁じずに得られなかった。

 現在俺は卯月の左側から頭を乗せて左耳を掃除してもらっていた。つまり顔の向きは卯月の外側を向いている。

 それを頭だけを回転させるということが何を示すかは、言うまでもない。

 ちょーっとさすがにソレはいかんだろう。

 俺にだって譲れない線引きというものがある。

 

 ――――――あ。


「こっち向いて下さいね」

「あ、はい」

 

 頭を上げようとしたら首から悲鳴一歩手前の音が鳴った。

 そういえば人間って身体の一部分だけ動かそうとしてもロクに力入らない、みたいな話を聞いたことがある。

 これ、無理矢理いくと筋ヤッっちゃうやつだ。

 

 諦め……違う。あくまで己の首を守るべく、俺は卯月の言葉に従い身体の向きを180度回転させる。


「ん……っ」


 やめてくれませんか!?

 頭が安定する場所を探ろうと動いたら、足に当たる髪の毛が擽ったかったのか卯月口から小さな呻ぎ声が零れた。

 何様の分際で言うがマジで気を付けて欲しい。男の俺の呻き声なら「キモッ!」で済むけど、女子である卯月が漏らすと如何わしく聴こえちゃうから!

 

 なんて思考が脳裏を過ぎる中、俺は俺で大ピンチである。

 顔を内側に向けたということは、さっきまで開けていた視界に映るモノのが一変。

 ――――お腹! 鼠径部!

 いやもちろん卯月は服着てるけど、女性の身体をこんな至近距離で見るなんて初めての経験だから、謎の罪悪感が胸中に込み上げてくる。

 思わず目をギュッと閉じたが、それもまた悪手であったと気付くのは後の祭り。

 

 人間が外から受ける刺激で最も大きいのは視覚だという。

 故に視覚を断った途端、今まで気にかけなかった情報が脳内を満たしていく。

 まさしく目と鼻の先にある卯月の服の香りは、清涼感を持っているが俺の使っている物とは別の柔軟剤だからか、余計に卯月を感じてしまうし、卯月の方を向いているから身体もさっきより近づいて気が落ち着かない。


 極めつけは、左顔半分に広がる触感だ。

 鼠色のショートパンツから大胆に露わとなった彼女の太腿が、ダイレクトに俺の頬へと当たっている。

 先刻、わざわざ膝枕コレのためだけに1度自室に戻って、ロングパンツから履き替えて来た時は、さすがに度肝を抜かれた。

 粘り気……というほどではないが、高い保湿性を証明する質感。外見では華奢に思えたが、それが思い違いだと思い知らされる“太腿”の名に恥じぬ太さ。

 張りはあるのに押し込めばどこまでも沈み込みそうな低反発具合。それでいて下層には彼女が高校の部活動で育んできた筋肉の存在を感じる。柔らかさと反発性、さらに人肌特有の温かさ、どれをとっても極上と言わざるを得ない。


「うんっ、これでこっちも完了ですね」

「お、おう。サンキュー……な? 今度こそ起き上がっても?」

「…………」


 いらえはない。

 しかし起きようとすると、俺の耳元に触れている彼女の手に軽く力が入る。


「……すみません」

「何が?」

「センパイにお弁当のこと、押し付けてしまったことです」

「あー……そんなことか」


 湿った声だったから何事か? と思ったが杞憂だったようだ。


「怒ってなんかないぞ」

「ホントですか?」

「こんなことで嘘吐いてどうすんだよ」


 たしかに柊さんから聞かされた時驚きはしたけど、逆に言えば驚いただけ。酔ってる時に言質取られるなんてマジであるんだなってな。

 部室での反論は九分九厘おふざけが入ってた。ちょっとばかし熱が籠り過ぎてたのは反省してる。

 それに元々料理は嫌いじゃない。むしろ好きだ。


「ちゃんと材料費は皆んな出してくれるし、卯月が謝る必要なんてないから」

「センパイ……」

 

 卯月の手に込められていた力が弱まった。

 気は晴れてくれたかな。

 特に何か意図があるわけではなかったが、俺は起き上がりはせず顔の向きを天井の方へと動かすに留めた。

 こちらを見下ろす卯月と視線が重なった。

 

 今思えば高校時代からそうだったな。

 自分の言葉や行動が他者に迷惑にならないか。卯月はとても気にする。

 それに案外顔に出やすいタイプだから、声色が暗い時、何気なく彼女の瞳を追っていた。

 今、卯月の青み掛かった双眸に迷いは皆無。


 ソレを確認した俺はすぐ様、卯月の視線から流れるように顔を背けた。

 ……否。背けたのは視線からではない。

 

 ――――大きな双丘からである。


 漫画やアニメに出てくる規格外ってほどではないが、下から除けば卯月の顔下半分が隠れるほどの、女性特有の大きな膨らみがあった。

 高校の時は“無”だったのに、いったい何食ったらこれほど育つんだ……。

 

「ところでセンパイ。改めてどうでした? 私の膝枕」


 ……………………。


「その……凄く、凄かったです……」


 顔を赤くした俺とは対照的に、卯月の表情は実に満足気であった。



 **********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

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