第31話【思い出作りは大切に】
「ところでさ、みんな
反対側のテーブルで、ジュージューと香ばしい香りと音を立てる網上のカルビをトングで遊びながら、柊さんが誰とはなしに質問を投げた。
「オレと文香はそもそも実家通い」
「あーしもー」
まず野村さんに五十嵐さん、藤崎さん……と実家住まい組が考えるまでもないと答える。俺を含めた残りの4人は直ぐには口を開けず。
「アタシは最初の2日間だけ帰るつもり。画材取りに行きたかったし」
「僕は春休みに帰ったばっかだから今回はやめとこうかなって。交通費も馬鹿にならないからね」
続いて赤羽根さんと清水が、それぞれ腹を決めた。
ここまでで帰省するのは赤羽根さんだけか……。
などと
何故だか卯月も俺の答えを待っているようなので、ある程度まとまっていた思考を口から垂れ流す。
「俺も……今年は帰らないつもり。清水と同じでこの前帰ったばっかだし、GWはアレがあるから。ドタバタしたくないしさ」
「そだったー。ならあたしも帰んないでいいやー」
と、あらかた全員の意見を聞いて藤崎さんも腹を決めたらしい。
しかし約1名。まだ決めあぐねている奴もいる。
「あの、センパイ」
ヒョイっと控えめに挙手した卯月。
その表情は迷い……というより、疑問を抱いているようなアンニュイなものだった。
「マンションの掲示板に“GWに大家さんは不在”って張り紙ありましたけど、それと帰省って関係ありますか?」
「あー……なくはないかな」
彼女の言わんとすることに得心いく。
頭の中には俺と卯月が借りているマンションのエントランス。その壁に設置されたコルク調の掲示板が想起される。
普段貼られているのは“ゴミ収集日のカレンダー”と“マンション内での紛失品の連絡”程度で、空白が多いのだが3日程前にふと見たら見慣れぬ張り紙が増えていた。
それが件の“GWに大家が帰省する旨”。
「といってもただ大家さんが不在中、鍵の紛失とか水道が壊れても対応できないってだけ。お前は入居したばかりだから大丈夫だろうけど、GW前にその辺の確認はしといた方がいいな」
「ふむふむ……明日にでも確認しておきますね」
「あとは精々鍵失くさないように、ってくらいか」
ウチのマンションはよっぽどの事が無い限り、問題が起きたら管理会社への連絡は大家さんを通さなくちゃいけない。
まぁGW中は管理会社の方も休みだろうし、どっちにしろ問題が起きた時点で詰みみたいなところがある。
鍵の紛失についてはマスターキーを持ってるのが大家さんだから、当然部屋に入れなくなるから、最悪GW中全日ネカフェ……なんて可能性もあるかも。
ともかく俺の回答を聞き不安材料が晴れたようで、卯月は決心の着いた表情で快活よく頷いた。
「でしたら、私もGWは帰省はやめておきます」
「決意を鈍らせるようで悪いけど良いのか? 1人暮らし始めて初めての長い休みだから1回実家に顔出しても良いと思うが……」
「はい! お母さんとはよく連絡も取ってるので大丈夫です」
「そうか、卯月が決めたのならそれで良い」
大袈裟な表現ではあるが卯月の決意は強固だった。
この話は終わりだというように俺はグラスに残っていたカシオレを、一気に喉に流し込んだ。
さっぱりした果実特有の甘みと酸味が口の中で踊り、一気に身体の奥へと通っていく。
フーッ……と炭酸ガスと共にアルコールだけが後から鼻と口から抜ける。
「あ! 麻衣ちゃんも帰省しないならせっかくだし呼ぼうよ」
「たしかにそうだね。というか桃真の方から卯月ちゃんに……話は行ってないよね。うん」
誠に遺憾ながら清水に落胆交じりの理解の視線を送られる。……たしかに言ってないが。
五十嵐さんと清水が言っているのは、先ほどチョロッと話に出て来た“アレ”というものである。
別に隠しておく必要はなく、再び俺に問うような瞳で見てくる卯月に答えようとしたその時。
「流星群って知らん?。麻衣ちゃん」
俺より一瞬早く卯月の右隣にいる藤崎さんが口を開いた。
気怠げな声色とは裏腹に、卯月の皿へと食べ頃の肉と野菜を乗せる藤崎さんに、卯月は戸惑いながら礼を口にした。
「あ、ありがとうございます。流星群……って、最近ニュースになってる……」
「そっ。
「桃真君がバイク、桔平君が車の免許持ってるから交通費はいらないよ。途中の休憩と夕ご飯のお金はいるけどね」
「その……私も参加して良いんですか? そんな皆さんが計画してたところに飛び入りで……」
「良いよ良いよ。今回は泊まり込みのお出かけじゃないし、元から入部してくれた子とも一緒に行きたいねって話してたの」
「で、麻衣っちどーする?」
おっとりと説明してくれる五十嵐さん。威圧感皆無でただただ一緒に行きたいオーラを出しながら肩を寄せてくるギャルズ。
既に卯月に断るという理由などなく――――。
「はい。私もご一緒したいです」
「ちょっと麻衣っち返事固すぎー」
「もっと楽していいよー」
「お前らみたいな色物に囲まれたら緊張するだろ」
「桔平君、お酒入って口悪くなってるよ……」
と、上級生たちは卯月を歓迎するムード。ギャル2人に毒を吐いた野村さんの言葉も、卯月をフォローするものである。
1年近く今のメンバーといるが、やっぱり全員良い人ばかりだ。
上級生らが卯月と話している隙に、肉とお酒を食べていた俺は箸休めと称し、必要事項の説明に入る。
「あー……食べながら聞いといてくれ。これでも部長だからな。順序は逆だけど俺から
箸を置こうとした卯月を制し、俺は舌を湿らそうとグラスを呷る。
――――ガラッ。
喉に酒が入ることはなく、上唇に当たった氷が涼し気な音共に、冷感を与えてくる。
あれっ……もう飲みきってたか。まぁいいや。
何故か卯月と正面の柊さんに訝しむような視線を投げられたが、ゴホンッと大きく咳払いして切り替える。
「一応この部は文芸部ってことになってるんだが……ぶっちゃけ言うと、文芸部らしいことより遊んでる方が多い」
「遊ぶことですか……?」
「あぁ。今回のGWの天体観測も然り“作品作りのインスピレーションを得る”って理由で、連休とかに遊びに行ってる」
当人の俺たちですらちょっと無理あるだろ……って大義名分だが、案外これが怒られない。
実際にこうしてサークルを運営する側になって分かったことだけど、大学の部活は文字通り自由だ。
顧問は俺たちに何かあった時の監督責任があるとはいえ、活動には一切関与せず。現状サークル存続のために名前を貸してもらってるだけ。
運動部も学生から頼まれない限りは指導したりもしないらしい。
故に俺たちも顧問に迷惑をかけるようなことはしない。
「春、GW、夏、年末年始くらいか……全員強制参加なんてことはもちろんしてない。計画も各々軽いノリで言って、そこから現実的なモノで選んでる」
「ちなみに今回はモミっちの提案ね」
「春休みは近所の公園でお花見したんだよ」
そう、行き先も規模も毎回バラバラ。メンバーの大多数が乗り気か否かを重視している。
それは俺たちがこの部を作った時……否。
正確には、元読書同好会のメンバーと合併する時の話し合いで決めたことに起因する。
「あの……本当に、ここって文芸部なんですよね?」
卯月の疑問も無理もない。
デカい休みの日にサークルメンバーで企画して、どこかに遊びに行く。どう考えても文芸部の活動内容じゃない。旅行サークルとかの間違いだろって気がしないでもない。
「ちゃんと年に2度。夏に1回、年末か学年末に1回作った作品を冊子にしてるぞ。機会に恵まれれば即売会にも出るし。どんなの作ってるか気になるんだったら部室にあるから見るといい」
あとは不定期でやってる各々の最近嵌っている作品紹介だが……これは、説明するより実際にやって慣れてもらえばいいだろう。
こんなものか。
一通り話し終えたので食べるのを再開。良い焼き色になっている肉を網から救出し、頬張る。
「マイっちってJKの時、友達多かった?」
「えーっと、はい。少なくはなかったと思います」
不意に卯月の隣に座る柊さんが、金髪を揺らしながら問うた。
揺ら揺らと頭が動いているのは酔っているのかもしれないが、褐色の所為で頬の朱みがわかりにくい。
「そーなんだ。あたしもJKん時は友達チョー多かったんだけど……大学入ってからの友達って、ここにいるブンゲー部だけなんだわ」
ヤバくない? と言って柊さんは笑う。
自虐的……とは違う乾いた、だけど心の底から可笑しそうに、楽しそうに。
「なんつーか……社交的? 心の壁を感じるっていうの? チャットする子メッチャいるしゼミの面子とも仲良いんだけどさ、そいつ等と遊びに行ったことってマジで数えるくらいでさ」
その言葉には俺を含め、ここにいる連中には少なからず身に覚えがあった。
「みんな遊び誘ってもバイトバイト。家遠いとかそんな言い訳ばっかで……なのに新しく買った服とかは見せてくんの。誘ってくれたらあたし絶対いくし楽しいのに。そう思わん?」
「は、はい」
卯月はまだ柊さんの話の要領を得ないようで、曖昧な相槌を打つ。
それを咎めるようなことを柊さんはしない。
「あたしは遊びたいの。せっかくの
そう言った柊さんの言葉に、俺の隣に座る五十嵐さんが続けた。
「萌黄ちゃんが言うように、大学って沢山友達ができるけど、1人1人を深く知る機会って少ないんだ」
大学にクラスという概念はない。
学科、学部などというカテゴリは100……ともすれば数百という学生が在籍する以上、実質意味をなさず。
上級生からのゼミなら話は別だが、高校までの朝から夕方頃まで同じ教室。同じ授業。同じ休み時間を共にする友人は1人いるかいないか。
普段受ける多種多様な講義で少し話す程度の学生を深く知る機会は、そうそう訪れない。
大学はあらゆる面において“自由”だ。
しかし“自由過ぎるが故”に人間関係が狭くなってしまうケースもある。
「強制……っていうと、ちょっとニュアンスが違うんだけどね。せっかく大学生になったんだから、1人でいるよりみんなで楽しめる場所があっても良いと思うの」
「それが文芸部の活動ということですか?」
「うん。でも活動だからって絶対参加しなくちゃいけない義務はないよ。友達に誘われたくらいの気持ちで参加してくれると嬉しいな」
そう締め括った五十嵐さんの言葉は、俺たち文芸部メンバーの総意であった。
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【あとがき】
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