第30話【新歓なんて初めてです】


 夜の帳がすっかり降りきった頃合い。

 住んでるマンションの最寄り駅で俺と卯月、それと清水は人を待っていた。

 

「やっぱ卯月ちゃんは入ってくれると思ってたよ」

「全くの初心者なので、よろしくお願いします」

「もう五十嵐さんら近くに来てるらしいから、ちょっと探してみてくれ」


 スマホに届いたメッセージを2人に伝え、俺も周囲に視線を巡らせる。

 待っているのは文芸部の面々。

 部員の1人、柊さんが新歓……新入生歓迎会を提案したのがつい2時間ほど前のこと。もし新入生が入ったらやりたいなぁ、くらいの話は既存メンバーで出ていたが、まさか思い立ったが吉日バリの即断即決即行動とは。

 

 それからの柊さんの手際は素早く、部室にいないメンバーへの連絡、店の予約を瞬く間に済ませ今に至る。

 ちなみに柊さんと赤羽根さんは「着替えてくる!」と1度家に戻り、入れ替わるように講義を終えたばかりの清水が合流、俺と卯月の3人が先に待ち合わせ場所で待機することになった次第である。


「あ、いたよ。おーい」


 清水の示す方向を見ると、柊さんを先頭に文芸部のメンバーがこちらに歩いて来ていた。


「お待たせー」

「まだ全然余裕あるから大丈夫ですよ」


 柊さんに応える清水を他所に、卯月の目が他の合流組と俺との間で行き来する。

 新たに合流したメンバーは5人。

 先頭で俺たちに手を振っている柊さん、その後ろに赤羽根さん。加えて赤羽根さんと話している白髪色白の女性。さらに最後方を付いて来てるのは五十嵐さんと、五十嵐さんと腕を組んでいる背の低い男性。

 初めて見る白髪の女性と背の低い男性に意識が持って行かれている様だ。


 既に視界も心許ないほど暗くなった空の下。駅の灯りで顔がはっきり見える距離になったところで、五十嵐さんに腕を組まれていた男性が、全員の顔を見渡し一言。


「まさか全員集まるなんてな」


 ボソッと愚痴るような、不愛想な声色だが男にしては声が高くて迫力はない。

 おそらく160センチ前半台の身長。染めを知らなさそうな綺麗な黒髪と童顔が迫力の無さに拍車をかけているのだろう。


「何気に全員集まるの久しぶりだね。特にフミっちとペイっちは」

「私はともかく桔平君は就活あるからね」

「で、桃真と葵の間にいるのが……」

 

 と、桔平と呼ばれた男性が卯月を見た。

 

「はい! 文芸部に入部させて頂きました。1回生の卯月麻衣です」

「ん。野村のむら桔平きっぺいだ。よろしく」

「桔平君は私と同じ4回生だよ」

「ついでに言っとくと、清水と2人で副部長やってもらってる」


 五十嵐さんと俺の補足に、ほぉほぉ……と卯月は頷く。その瞳は野村さんに対してまだ何か聞きたい様子。主に五十嵐さんとの関係性についてだろう。しかし残念ながら質問タイムをすっ飛ばす声が別方角から上がった。

 

「これ、あーしも自己紹介やるノリ? あーし3回生の藤崎ふじさき梨乃りの。リノって呼んでー。あ、連絡先交換する?」

「え、あっ、はい! お願いします」


 おおぉ。珍しく卯月が戸惑ってる。

 3回生の藤崎さんは柊さんとは別タイプの、ダウナー系のギャルっぽい先輩だ。髪色といい肌の色といい対になった感じ。たぶんゲームなら“ゴールド/シルバー”で2バージョン出る。ちなみに見た目に反して案外グイグイ押しが強かったりする。


 俺は藤崎さんと卯月の連絡先交換を見届け、不本意だがたまには部長らしいことしなくちゃ、と己を鼓舞。


「んじゃ、自己紹介も終わったことだし予約した店行きますか」



 **********



 ジュ―……という肉が焼ける音と客の談笑。天井ではとめどなく立ち込める煙を処理するダクトが、フル稼働する音で溢れかえった店内。

 8人という、そこそこ大所帯な俺たちは、アルバイトと思しき若い店員に奥の座敷へと案内された。


 場所は駅から歩いて15分ほどの所にある焼肉チェーン店。

 文芸部このメンバーでも何度か来た事があるので、店員からの注文説明は省いてもらった。


「とりま、まずは飲み物からだよねー。あたし頼むからお肉とか清水葵アオっち適当にお願ーい」


 店員がバックヤードに戻ってすぐ、柊さんがテーブル端に置かれていたタブレットをヒョイっと手に取りながら清水に指示を飛ばした。

 

「了解です。僕、ジンジャーエールでお願いしますね」

「おけまるー。リノっちはいつものレモンサワーで良い?」

 

 俺たちの席は2つ連なった席で、肉を焼く網や注文用のタブレットも2組分ある。

 俺側のテーブルは隣に五十嵐さん、向かいが柊さんと卯月だ。

 清水に注文の指示を飛ばしつつ、柊さんは順繰りオーダーを取っていく。


「えーっと。レモンサワーが3つにぃ、ペイっちがハイボール。アオっちとマイっちがジンジャエール、トウマっちは?」

「あぁ……俺はカシオレで」

「オッケー、てかトウマっちカシオレとか可愛すぎか」

「別に可愛いそんなギャップとか狙ってませんよ」

「そーだよ萌黄ちゃん。桃真は真面目にカシオレだから」


 清水から謎の援護射撃。真面目にカシオレって何だよ。

 柊さんは「へぇー」と軽く流しドリンクの注文を取ってくれる。

 しかし、今の会話を軽く流せない奴もいたようで……。

 はす向かいを見ると、卯月がキョトンとした顔になっていた。

 

「カシオレって……お酒、ですよね? センパイ飲めるんですか?」

「法律的には問題ないぞ」


 日本において飲酒が認められるのは20歳から。

 20歳……分かりやすく指標を表すなら、早生まれでなければ現役大学生が2回生の年に向かえる誕生日だ。

 ちょっと数えてみればわかることであり卯月も十分承知のはず。なら何故、彼女はそんなに驚いているのだろうか……。

 あぁ、なるほど。

 

「俺、誕生日4月の頭で凄ぇ早いんだよ」

「そうだったんですか!?」


 クワッ! と卯月の瞳が一層大きくなる。

 そんな驚くほどでもないと思うんだが。


「つーかー桃真。それ、あーしらも初耳だよね? 言ってくれたらパーティーしたのに傷つくわぁ」

「ちょっと水臭いよ桃真君」

「いや、別に隠してたわけじゃないんすけど。春休み中に過ぎるんで言う機会となくてさ」

「あぁ……センパイの気持ちわかります」

 

 春、夏、冬の長期休み中に誕生日の子は友達に祝ってもらうことがない。あるあるだな。

 小学校の時なら誕生日が近付くと担任の教師が「何日は○○君の誕生日だね」って感じで告知してくれるんだが、長い休みだとそんなのないから、誰にも誕生日を知られることなく卒業しました、みたいなケースもある。

 そういえば卯月も誕生日が夏休みど真ん中みたいな話を昔した覚えがあったな。

 ともかく、晴れて2週間ほど前に20歳になった俺は、酒を飲める権利を持っているのだ。


「オッケー。注文したよ。アオッちは?」

「ざっと盛り合わせ頼んどいたよ」

「それじゃ、ドリンクが来るまでに麻衣ちゃんに文芸部の簡単な説明しとこうかな」


 と五十嵐さんがパンッ! と手を叩いて話題を変えた。

 きっと始めからそのつもりで、卯月の正面の席に座っていたのだろう。五十嵐さんだけでなく、ウチの部は案外全員がそれなりに気遣いができるのが凄くありがたい。

 

「まず役職からだね。部長は勿論私の右にいる桃真君。副部長は逆側の2人。桔平君と葵君。部室でも言ったけど私は会計をしているよ」

「あの……文香さん? と桔平さんは4回生なんですよね?」

「そうだよ」

「でしたら順当に行くなら――」

「うん、2回生の桃真君が部の代表なのはちょっと変に見えちゃうね」


 卯月の言わんとすることを先読みした、五十嵐さんが「だよねぇ」と微笑みながら首肯する。

 まぁ事情を知らない卯月が疑問を持って然るべきことではある。

 年功序列ってわけではないが……どんな部活、サークルでも所属年数入った順で役職が振り分けられるものだ。

 ただソレは始めからサークルがする場合のみ。


「実は私と桔平君、それと3回生の3人は元々は読書同好会なの」

「読書同好会? ……そんな同好会は……」

「それが不甲斐ないことに去年で廃部しちゃいまして」

「誰も入ってくれなかったもんねー」

「ねー」

「ほぼお前らの見た目のせいだろ」


 タハハ……と、先刻とはことなり困ったように五十嵐さんが笑い、卯月の両脇にいるギャルズがハもる。最後に愚痴る様に突っ込んだのは野村さんだ。

 ここからの話は俺も一枚噛んでいるので、五十嵐さんの説明を引き継ごうと、重い口を開く。


「簡単に言えば今の文芸部は、清水と俺が発端で作ったばかりの文芸同好会組が読書同好会を吸収合併して、部に昇格したってことなんだ」

「私たちからしたら、桃真君と葵君のお誘いはありがたいお話だったんだよ」

「何もかも消えるよりは、吸収でも合併でもして意地汚く残る方が良かったからな」


 正直、文芸同好会俺たちが読書同好会に入る。あるいは吸収されるって場合もあったが、それは五十嵐さんと野村さんが「もうすぐ卒業する私たちの都合で文芸同好会をなかったことにする、ってのは悪いよ」と、譲歩してもらった。

 

「だから2つの同行会の代表だった桔平君と葵君2人を副部長、みんなの推薦で選ばれた桃真君が部長になってもらったんだ」

「今でも不服ではあるんですけどね 」

「とか言って何だかんだ面倒見良いのが桃真の良い所だと思うよ」


 隣のテーブルの端から、見え透いた誉め言葉でヨイショする清水を一瞥。

 今でも俺を推薦した第一声が清水のモノだったことを忘れてはいない。

 姿勢を戻すと、卯月が何か言いたげな目をしていた。


「どうした?」

「いえ。センパイって部長とか人の前に立つ仕事を率先してやるタイプじゃなかったのになぁ、と思ったんです」

「現在進行形でそのタイプだよ」


 頼まれたからやってるだけで、リーダー的なポジションに自分からなりたいという訳がない。

 高校入学当初から幾度と性格や見た目をより良く変えて来た卯月とは真逆。俺のスタンスは卯月と会った時から変わらない。


「でも……最終的にこの経歴も役には立つだろうしな」

「役に立つ……ですか」

「顧問の先生からの受け売りなんだが、年々サークルに入ろうとする学生が減っているだと」

「読書同好会もその影響で廃部宣告されたんだよね」


 大学は自分で講義を選べるため遥かに時間の融通が利く。

 で、講義以外の自由時間を多くの学生は何に充てているのか?


 答えは――――バイトだ。 


 高校だと平日、授業が終わった後の夕方前から数時間しかできなかったバイトが、大学ではほぼフルタイムに近い時間働ける。

 しかも時給も高校生の時より良いところがほとんど。

 色んなところでお金が入用いりようになる大学生。成人している上級生の年齢的威圧感、アルハラやセクハラといった未知の恐怖も相まって、天秤にかけた時、サークル活動というのは驚くほど軽いものらしい。

 だからこそ、そんな中サークル活動に打ち込んでいたという経歴はいずれ訪れる就職活動にも強い武器になりうる。


「ふふふっ、センパイは変わってませんね」

「だからそう言ってるだろ」 


 今の話のどこでそう思ったのか。卯月が今さらになって得心いってくれたようだ。

 と、ようやく店員によって注文したドリンクと肉の盛り合わせが運ばれてきた。

 みんなにドリンクが生き渡ったの、何とはなしに各々確認する。

 うん。


「カンパーイ」


 それぞれグラスを合わせ、不揃いな音を木霊させた。 



**********


【蛇足】


・ちょっと図解って手法に抵抗がありますが……。


(通路側)

天沢桃真 五十嵐文香 野村桔平 清水葵 

柊萌黄  卯月麻衣  藤崎梨乃 赤羽根紅葉 

(壁)


 こんな感じで席に座ってます。

 一応、本文でも配置がわかるように書いてるつもり(汗


 サークル活動は強い武器になるけど、バイト経験全くないのも就活で苦労すること多いよ。


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

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