第29話【先輩方との初顔合わせです】


 ウチの大学ではサークル数が多く、全てのサークルが部室を貰えるわけではない。

 いやこれだと語弊がある。

 正しくは“同好会のうちは部室を貰えない”、だ。

 サークルと同好会の違いは“メンバー数”と“活動実績”。

 

 具体的には所属人数が8人以上かつ、ある程度アクティブな活動を行っている同好会が、大学の学生課にサークル昇格申請を提出し、認められれば晴れてサークルとなる。

 所属人数はまだ簡単として、ネックなのは活動実績の方。

 この活動実績というのは単純に“週あるいは月に、何度集まった~”というのではなく、学外での活動を指す。

 運動部なら大会への出場や、交流試合。

 文化部ならコンテストとか、地域へのボランティア。

 その手続きから全てを学生たちだけで行わなければならない上、よりコアな文化部ほど活動機会がなく、相対的に文化部は同好会止まりのモノが多い。


 閑話休題。


「まぁ……何が言いたいかというと、今から行く部室を貰うために俺たちも頑張ったってわけだ」

「センパイたちが凄く頑張ったというのは分かったんですけど、部室ってそれほど魅力的なモノなのですか?」


 講義終わりの昼下がり。

 俺は卯月を伴いキャンパスの西端へと向かっていた。

 目的地は卯月にも言った通り、我らが文芸部の部室である。

 部室は運動部、文学部ごちゃ混ぜで1つの長屋住宅に固められており、サークルへと昇格した同好会から順に割り当てられる。


「俺たち文芸部は特段必要な場所も物もないけど、貰えるなら貰っとこうぜって感じだったな」


 強いて言えば部室がない同好会だと集まる時、一々使われてない講義室を確認して利用許可申請する手間が省けた事。

 それと部室を貰ってから、部員が集まりやすくなったくらい。部員限定のプライベート空間みたいなものだから、講義までの暇潰しに自然と足が向くらしい。


「どちらかと言うと、部室より部費の方が魅力的だったんだよ」

「現金な話ですねー」

「否定はしないけど同好会の3倍の額、学生会から出されるってなると目の色変わるからな。お、見えて来た」


 キャンパスから裏側にあるサッカーコートに隣接した、2階建ての長屋。見た目が新築なのは俺が入学する2年前に、改築工事を行ったためらしい。


「こんなところにあったんだ……」

「普通に講義受けてるだけじゃ来ないもんな」

 

 青と黄のビブスでチームを分けて試合をしている、サッカーサークルの隣を横切り、駐輪場の横にある細い道を抜ける。

 徒歩で通学している俺と卯月には駐輪場なんて縁のない場所だ。部室用長屋、通称“クラブルーム”を見るのも初めてだろう。


「2階の奥から入居順に割り当てられて、俺たちは1階のど真ん中の部屋。上は軽音サークルだけど、ほぼ正門横の多目的ホールにいるから全然使ってないっぽい」


 程なくして“文芸部☆”という、手書きのプレートが嵌められた部屋の前に到着。

 部員である俺が先導してドアノブを回した。


「お疲れ様っすー……」


 ここに来る前にグループチャットで尋ねたところ、既に部室は開いてるって聞いていたが、応えてくれた人以外も来ていたようだ。

 

「ん…………」

「あ! 桃真君いらっしゃい」

「トウマっちお疲れー」


 カタログでは7畳だが、インテリア諸々で実質5畳半ってところの部屋から、3人分の挨拶が返って来た。

 1番薄い反応をしてくれたのは、スマホを触っていた赤羽根さん。

 サークル紹介の時に会ってるから卯月も覚えているだろう。……というか、まず入って貰った方が良いか。

 文芸部ウチは土足厳禁にしており、俺と清水で作った不出来な下駄箱に、靴を直して上がり込む。


「卯月、こっから先は靴脱いで…………って、どうした?」


 振り返ると、なんだか卯月の様子がおかしい。

 ワナワナと肩を震わせ、顔が引きつっている。極めつけは視線が部室にいた3名のの間で忙しくなく動いていた。

 

「や…………」

「何だって? や?」


 後輩の呟きに耳を傾ける。

 と、次の瞬間。服の裾を引っ張られ外に身体を持って行かれてしまった。


「やっぱりヤリサーじゃないですか!」

「何言ってんだ!?」


 学内……それも、他のサークルもいる場所で言っちゃいけないやつだぞ!

 とんでもないあらぬ誤解が爆誕してしまう。

 場合によっては文芸部の今後にも響く爆弾発言。咄嗟に部の存続を脅かす口を手で防ぐ。


「いったいどこが、ヤリモクそーいうサークルに見えたんだよ!?」

「ムグググッ……プハ。だだだ、だって女の人ばっかじゃないですか!」

「たしかに文芸部ウチは女子の方が多いけど、健全なサークルだ」

「しかもセンパイ見ました!? いえ、見て欲しくはないんですけど、おっぱいバーン! な人もいたし、清楚な人とダウナー系の人もいて……こんなラインナップ如何わしいお店じゃないですか!」

「よしわかった卯月。今お前、先輩たちにとんでもなく失礼なこと言ってるから、口チャックな」

「だ・ま・り・ま・せ――――あ、センパイ!」


 緊張のせいか、卯月のテンションが少し変だ。

 彼女に付き合っていては、こっちまでおかしくなる。

 思考はクールに、心は穏やかに。なおも外でブーブー言ってる卯月を横目に、俺は再び部室に入った。


「えーっと……なんだか、賑やかな子だね」

「普段はあーじゃないんですけど」

「賑やかというか、バーサーカーっぽい」


 奥の椅子に腰かけていた長い黒髪の、卯月曰く“清楚な人”のオブラートな評価を、赤羽根さんが両断する。ぶっちゃけ俺も同意見だ。

 

 文芸部の部室は大きく分けて2つのゾーンに区分されている。

 部屋の奥が“長机ゾーン”。会議室とかにあるシンプルな長机2つを合わせた簡素なもので、春休みに大掃除したばかりの机の上には文庫本が数冊並んでる程度。

 パイプ椅子が3つしかないので、今期の部費でもう1つ買い揃えたいところだ。

 そしてもう1つが――――。


「トウマっち、丁度いいとこ来た。これ戻して69巻取ってくんなぁい?」


 甘ったるさと気怠げさの中間くらいの声音で、卯月曰く“おっぱいバーン!”な金髪褐色の女性に頼まれる。

 彼女が座しているのは、先日布団を取ったばかりのちゃぶ台――“炬燵ゾーン”である。

 シックなダークブラウンの木材で作られた、天板が長方形状のちゃぶ台はもちろん、元から部室にあった備品ではない。去年、俺たちが部費で購入したデカい買い物1号だ。

 

「萌黄ちゃん、桃真君が新しく入部してくれる子紹介してくれるんだから、ね?」

「あ……そっか。じゃあ戻すだけお願ーい」


 清楚な人が窘め、金髪褐色の人も視線を俺の後ろにいる卯月へと向けた。雰囲気を察してか赤羽根さんもスマホをしまい炬燵ゾーンに来ている。


「えーっと……ご足労かけたんだし、自己紹介は私たちからしよっか」


 と、清楚な人が細く白い手を自身の胸に当てた。


「私は4回生の、五十嵐いがらし文香ふみかと言います。文芸部では会計をしているの。よろしくね。はいっ、次萌黄ちゃん」

「あーい。あたし、ひいらぎ萌黄もえぎ。3年でー……ごめっ、何も思いつかんわ。萌黄って呼んでね」


 五十嵐さんに続いたのは、さっき俺に漫画の片付けを頼んできた金髪褐色の女性。

 派手な色使いをしたメイクと、小さい物だがピアスもしているので、もうギャルと言っていいだろう。柊さん本人もギャルと認めてるし。

 自己紹介を終えた柊さんが「じゃあ」と言いながら首を右に振る。その先にいるのは黒髪ボブの先輩、赤羽根さんだ。

 

「モミっち、どぞー」

「はぁ……サークル紹介で会ってるし、良いと思うんだけど」


 なんて愚痴を零しながらも溜め息1つ。赤羽根さんが卯月に目を合わせる。


「3年、赤羽根あかばね紅葉もみじ。漫画書いてる、よろしく」


 何気に文芸部らしい自己紹介をしたのは、赤羽根さんが初めてだったりする。

 まぁ実は俺含め、ここにいる中で創部前から創作齧ってたの赤羽根さんだけなので、仕方のないことではあるが。


 ともかく3人の上級生の自己紹介が終わったので、今度は卯月の番だ。

 2つい8個の視線を受け頷いた卯月は、軽く深呼吸をしてから堂々とした表情で、言の葉を紡ぐ。


「この度、文芸部に入部させて頂く卯月麻衣と申します。読書は小説、漫画問わず好きですが、書くことは素人ですので、これからご鞭撻のほどよろしくお願い致します!」

「わぁ……凄くしっかりしてる。さすが桃真君の後輩」


 パチパチパチ……不揃いな拍手に迎えられる卯月。

 

「まっ、アタシらも別に本書くの得意とかじゃないけどね。つか、マイっちメッチャ堅苦しー。もっとラフで良いよー」


 さっそくあだ名を付けた柊さんはタハハと笑い、右手をパタパタと顔の前で振る。

 右手が揺れる度に、胸元の大きな膨らみを少し揺れるが、極力気付かないフリに徹した。


「そうだよ麻衣ちゃん。あ、いきなり下の名前でごめんね。文芸部私たちの決め事で、なるべく“下の名前で呼ぶ”。それと“上級生に先輩って付けない”ってことにしてるの」

「桃真だけは頑なに呼ばないけど」

「俺としては赤羽さんも下の名前で呼ばないこっち側だと思ってたんですけどね」


 ボソッと、赤羽根さんに痛い所を突かれる。

 自分でもよくわかってないが、どこか下の名前で呼ぶことに抵抗があるというか、気後れするというか……。部の中で俺だけが未だに苗字呼びだ。

 あと、普段から塩対応気味な赤羽根さんの順応速度が速いのも意外である。


「文香さんに、萌黄さん……紅葉さん……」


 3人の上級生の名前を、それぞれの顔を見ながら卯月は頭にインプットするかのように呟く。

 さすがに、いきなり上級生にたいして呼び捨てはできなかったようで、俺と同じく“さん”付けだ。


「皆さん、改めてこれからよろしくお願いします!」

「うん、よろしくね。……今日他に来るって言ってた子いたっけ?」

「清水が4限のあとから来るって言ってましたね。アイツは卯月と面識あるし、改まって自己紹介する必要ないけど」

「そっか。それじゃ今のうちにこの部の活動とか色々――――」

「ちょい待った!」


 会話の進行を担っていた五十嵐さんの言葉を遮ったのは、弛緩した態勢で座っていたギャル、もとい柊さんだ。

 「よっこいっしょ」っと、小さくごちながら立ち上がった柊さんは、小さな子どもを嗜めるように、右手の人差し指を立てる。


「そんな堅苦しい話より、やるべきことあるっしょ?」


 五十嵐さん、赤羽根さん、俺、卯月。柊さん以外のメンバー全員は、彼女の心意を読めないでいた。 

 4人から回答が出ず、「時間切れー」と言わんばかりに、大きな溜め息1つ。

 柊さんが高らかに宣言した。


「まずは――――新歓っしょ!」



**********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

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