第28話【入部します!】
「とりあえず考え直せ」
「分かりました、入部します」
「俺の話聞いてたか!?」
先刻、一切の逡巡なく文芸部へと叩きつけられた入部届と卯月を連れ出し、再考を進言する。ガヤガヤした1階の食堂に反し、講義の行われていない上階の廊下はしんとしていた。
「もう1回言う。考え直せ」
「ヤです」
卯月は凛とした声でキッパリと、自らの意思が固い事を示した。
彼女のよく通る声が静かな廊下に木霊する。
それにしても子どもっぽい拒否の仕方だな……。
「なにもウチに入るなって言ってるわけじゃない。せっかくなら色々見てからでも良いだろって話で」
「必要ありません!」
うーん……すっごい頑固。
あざとく両腕を胸の前で組んだ卯月が、フンスッと息を払う。
最近暑くなってきたからか、涼し気なブラウス越しにもわかる丸い膨らみが、細い腕に乗っている様子に目を奪われる。
……いかんいかん。
「この前、私言いましたよね。私がサークルを選ぶ基準は“センパイと一緒にであること”! 私1人じゃ嫌です。それともセンパイは文芸部の他に掛け持ちしてるサークルがあったり、これから入るつもりあるんですか?」
「いや、ねーけど」
「だったら、文芸部で決まりじゃないですか!」
ごもっとも、としか言えない。
設けている基準が
およそ1年前。大学に進学したてで清水と文芸同好会発足に奔走した記憶が呼び起こされる。
そもそもあの時は“文芸”や“創作”という、少なくともある程度の方針を持って目指したが、何の案もない時点からだと労力も大変だろう。
「それとも、私が入ると邪魔ですか……?」
「――――っ」
「センパイは私のこと、嫌いですか?」
その言い方はズルだろ。
彼女の指す“嫌い”という言葉が、どのような意味を孕んでいるかは判別つかない。
仮に友達的な意味だとしたら、直ぐに首肯したただろうか。
仮に恋愛的な意味だとしたら、応えに言い淀んだだろうか。
答えは――――否。
「そ、そんなことは言ってない……だろ」
例えどのような意味の好き嫌いであろうと、そもそも俺が卯月に嫌悪感を抱くことはないのだから。
それを口にするのが気恥ずかしくて、照れくさくて。遠回しな言い方な上に、途中で変に上ずった声で応える。
卯月の顔を見ることさえ憚られ、視線を遠くにやると、グラウンドで走り込みに励んでいる学生たちが窓越しに見えた。暑い中頑張ってるなぁ。
心を落ち着かせ視線を戻すと、フニャっという擬音が聞こえそうなほど卯月の顔は緩みきっていた。
僅かに赤みがさした頬に、綺麗な曲線を描く朱唇。
目は薄っすらと細められ、長く整ったまつ毛の奥で水色がかった瞳が揺れる。
一瞬あるいは数秒。彼女に意識を奪われていた、としか説明がつかないレベルで自分が呆けていたことに気付き、慌てて言葉を捲し立てた。
「俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、お前が文芸部に入ったところで面白くなかったら、気分が悪いんだ。……部長として!」
そう、あくまで部長としてだ。
経緯はどうあれ俺には部長になった責任がある。
他人の不幸は蜜の味なんていうが、自分たちだけ楽しい思いして他のメンバーを放ったらかしなんて、気の好かないことはしたくない。
俺たちの努力次第で全員が楽しめる方法があるなら目指すべきだし、少なくとも
それは今後、文芸部に興味を持ってくれた学生。入部してくれる学生にも当てはまる。
心中でさえ言語化することに抵抗があるが……卯月としては“俺と一緒にいること”に価値を見出していても、周りは違う。
文芸部の活動に卯月が馴染めなかったら、彼女が疎外感を覚えるかもしれない。
逆に卯月が文芸部を軽視していると部員に勘違いされ、サークルの仲がギスギスしてしまう恐れもある。
だから卯月には俺という要素抜きでも、文芸部に馴染める理由を見出して欲しい。
こちらの訴えに卯月は頭を整理するように視線を落とす。と、ものの数秒で再び俺に向き直った。
「大丈夫ですよ。私、読書は好きですし、読書感想文のコンクール取ったことあるんで!」
「感想文と創作は違うらしいぞ、つかスゲェな」
「中学の時の話ですけどね」
勉強は言わずもがな運動神経もあって容姿も抜群。その上、芸術系にも才能があるとは……天は二物を与えないんじゃないのか。
それに俺の方も記憶を呼び起こして見れば、高校時代から卯月は読書家だったはず。
なら俺の危惧することは大丈夫そう。
さっきから右手に持っていた卯月の入部届に目を落とす。
名前、学年、学部、書かれた字は彼女の真面目さを映し出したかのような達筆。
はぁ……無駄に色々言ったせいで、改まって言いずらくなってしまった。
「この入部届、顧問の先生に提出しておく」
「はい! よろしくお願いします!」
打てば響く勢いで元気な返事と、笑顔が返って来た。
**********
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
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