第26話【約束ですからね】


「センパイ、センパイ」

「どうした?」


 リビングで課題を行っていると、ウチに来ていた卯月に声をかけられた。

 

「ちょっとお聞きしたいことがありまして……あ、この流星群。最近ニュースになってましたよね」

「あぁ、神話学の課題なんだけど、せっかくならって課題として出されたんだよ」


 肩を寄せて卯月が覗き込んできた俺のパソコンは、レポート用のWordと検索ツールの2窓状態。

 検索ツールの方にはネット記事が開かれており、見出しには『今年のGWは家族で天体観測!』と、簡素な手抜きフォントでデカデカと載っていた。


 完全な興味本位で取った神話学の講義で説明された、今学期のテーマはギリシャ神話。そこから星繋がりということで、講師が課題で出したのが件の流星群である。

 レポート自体は完成しているが、私用でついでに色々調べていたのだ。


「それでどうした?」


 俺の事より……と、用件を尋ねると卯月は不敵な笑みを作り、先日貰って来た部活紹介のパンフレットを見せて来た。


「明後日のサークル紹介、一緒に行きましょ」


 パンフレットを手に持っていた時点で頭にあった予想通り。

 先日、卯月が行ってきたサークル紹介は運動部主体のモノ。で、今度の土曜日行われるのは文化部版。

 高校ではバドミントン部だった卯月だが、どうやら文化部にも興味があるようだ。まぁ根っこの性格は陰寄りだし、意外ではない。


「午前は無理だけど午後の部なら良いぞ。というか、バドミントンは続けないんだな。結構大会で勝ってたんじゃないのか?」

「候補の1つ? ってくらいですね。高校の時も負けっぱなしで終わらなかっただけで、成績自体は県予選止まりでしたし」

「県行ってる時点で凄くね……」

 

 事も無げに言ってるけど、少なくとも地区大会では良い成績出してるってことだよな。

 だが上手いからと言って、大学でもバドミントンを続けるってのは、安直な考えだった。 

 頭が良い奴は皆んな勉強が好き然り、ゲームが下手な人はゲームをやっちゃいけない然り。そんな命題デタラメは成立しない。


「候補ってことは、他にもあるのか?」

「今のところはバドミントン入れて4つくらいでー。フットサルと社交ダンス、この前できなかったアルティメットは見学行きたいなぁと……あ! そうそう、センパイにもう1つお聞きしたいことがあったんです」

「聞きたいこと?」


 完全に失念していた、というように卯月はポン! と手を打った。

 何だろう。全く見当がつかない。

 話の流れ的にサークル関係のことではあると思うが……。


「ウチのテニスサークルってヤリサーなんでしょうか?」

「…………」


 彼女の言葉を耳に入れ、脳で処理、意味を理解し――思考がショートした。

 数瞬の沈黙。

 好奇心を目一杯宿した彼女の双眸を見つめ返し、


「なに言ってんのお前!?」


 全力でツッコミを入れた。

 え? マジで何言ってんの!?

 死角外から全力で殴りつけられたかのような衝撃。

 ヤリサーなんて言葉、後輩……それも女子の口から聞きたくなかった。


「それ、どこ情報元ソース?」

「ソースと言いますか、テニサーがヤリサーってよく聞きません?」

「えげつない偏見だな……」


 フィクションの定番というか、根も葉もない妄想なのだが……どこかから怒られそうだ。

 とりあえず後輩の間違いは訂正しよう。


「安心しろ。ウチのテニスサークルはヤリサーじゃないし、そもそも今日日ヤリサーなんてのは都市伝説みたいなもんらしい」

「へー、でしたらテニスサークルも候補に入れて良さそうです。でもセンパイはそんなことまで知ってるんですね」

「無知は罪だろ。懸念材料は調べたりしてる」

「だからってヤリサーの存在まで調べるのはどうかと思いますけどね」

「それはお互い様だ」


 むしろ、に真偽を確かめてくる卯月の方がヤバいまである。

 でも、もしもの事を考えて下調べしようとするのは良いことだ。方法がおかしなだけで。

 

 この下世話な話題を変えようと、彼女が持っていたパンフレットを借り無造作に目を通す。

 ウチの大学はサークル、同好会の数が多く、そのためサークル紹介を運動部と文化部に分けている。

 このパンフレットには運動部のみ掲載されているのだが、それでも余白がほとんどなく、スーパーのチラシを彷彿させる情報量が込められていた。

 バドミントンに社交ダンス、フットサル……と、先ほど候補に挙げていた部活を始め、幾つかの部には上からペンで印がつけられていた。ここにさらに文化部の候補も入れたら、中々の数になりそうだ。


「これ、結構チェックしてるとこ多いけど、全部やったことあるのか?」


 この前のバスケ然り、放課後とか休みの日にやったものはあるだろうけど、さすがに十数個あるスポーツを彼女が経験しているとは思えない。

 

「実はこの部活たちには“とある”共通点があります。わかります?」


 こちらの質問に質問で返した卯月が、なにか含みのある笑みで言った。

 その共通点とかいうのを満たすことが、彼女の入部候補の線引きラインということか。

 再びパンフレットに目を落とす。


「運動部」

「ぶー。それだとパンフレットに載ってるサークル全部じゃないですか」

「それもそうか。だとすると、球技! ……ってのはダンスがあるから違うな。卯月が経験したことあるスポーツは?」

「違いまーす」

「くっ……なんか、なんかヒントっ」


 活動日、部員数、部費の有無、サークルか同好会であるか……。

 パンフレットから読み取れる情報を片っ端から言っていくが、悉く卯月に否定される。


「ヒントですか……うーん。そうですね………あえて言うならルール、でしょうか」


 ルールという、いかにも法則性を探せそうなヒントに反し、卯月の声色からして何か裏がありそうだ。

 関係はするけど、ルールからさらに一捻り加えなくてはならないだろう。

 一応、球技ってのもルールの1つのはずだが卯月の答えはNOだった。


「点数制か?」

「ブッブー」

「時間制限……はバドミントンとかテニスにはないよな。なら人数とか?」

「おお! 近いところまで来ましたよ」


 親指と人差し指で、もう少しのジェスチャーを卯月が作る。

 人数……たしかに、よくよく見れば印のつけられてるサークルは、どれも複数人でできるスポーツだ。テニスやバドミントンもダブルスだと考えれば、当てはまる。

 卯月はチームや仲間と成し遂げる部活がしたい? あるいは1人で黙々とするのが嫌とかか。なんか違う気がする。 


「…………ダメだ。“チームでやるモノ”ってところから、進まねぇ」


 お手上げ、とポーズを取って降参。

 惜しいところまでは行ってるからこそ、なおのこと悔しい。


「テニスとバドミントン、あと競技ダンス。上限2人の競技がネック過ぎる」

「うーん……むしろダンスが1番私の希望に合うんですけど」

「は?」


 マジか。

 高校でやってたバドミントンより優先度高いのは意外だ。

 不意を突かれたせいか、一瞬呆けてしまった。


 競技ダンスといえば、昔の外国の貴族がパーティとかで踊ってる、社交ダンスだろ? 大学の帰りに、たまに体育館で踊ってるのを見かけるくらいで、それくらいしか俺には知識がない。

 そういう意味では、始めから俺が正解に辿り着けないのは決まっていたのかもしれないが。

 

「卯月、お前……社交ダンスなんてやったこと――――」

「あ、ないですよ全然。知識も全くの素人未満です」


 呆気カランと言った卯月の心意が、いよいよホントに分からなくなってきた。

 そんな俺の心を逆に呼んでか、卯月が答え合わせに入る。


「せ・い・か・い・は! センパイと一緒にできることです!」

「俺と……?」


 イェイイェイイェイ、パチパチパチと大袈裟なセルフ効果音を付けての発表。

 テンションぶち上げていく卯月と対照的に、俺のテンションは低かった。

 というのも、卯月の言葉の意味が分からなくて。されどそれは最初のお話。徐々にその卯月がどういう意図で行ったのかを理解し始めると、どんどん顔に熱が集まっていくのを感じる。


「この前、センパイと遊びに行って確信しました。私はセンパイと一緒にいる時が1番楽しいんです」

「ちょ……」

「運動部でも文化部でも関係ありません。私はセンパイと一緒に居たいんです」

「やめっ」


 ただでさえ熱かった顔がさらに赤みを増しているのが、自分でもわかる。

 そんな恥ずかしい事を堂々と言わないでくれ。後生だから。

 なおも惜し気もなく純度100パーセントの好意をぶつけてくる卯月に、俺が土下座していたのは、自然の摂理レベルで当然だったこと。 


「わかった……わかったから」

「わかって貰えたなら良かったです」


 渾身のドヤ顔を作った卯月はトドメと言わんばかりに、ただでさえ近い距離からさらに近づいてくる。

 女子特有の甘い香りが鼻孔を擽り、視界は彼女の顔で埋め尽くされて視線の逃げ場を失くされる。


「と、いうことで! 一緒に入るサークル見に行きましょうね、センパイ」


 あまりに曇りのない彼女の言葉と勢いに飲まれ、俺に否という選択肢はなかった。



**********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

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