第7話【デートにラーメンはなくない?】
キャンパスの中に入って間もなくして、俺たちは1階ロビーで別れた。
卯月は案内に沿って入学式が行われる体育館に。俺は予定までの時間を潰すべく本館から離れた大学図書館へ。
大学の入学式は高校までのものと比べれば簡素なものだ。
もちろん定番の学長や来賓の話はあるものの……むしろ、それしかない。
式は新入生だけで行われるので入退場に時間は奪われず、数十人規模に纏められる“クラス”という概念すらないため、講師が担当する生徒の名前を呼ぶということもしない。
強いてプログラムを挙げるなら、初めて聴く校歌を歌うくらいだろう。ちなみに、体育館前の受付でもらったパンフレットに、歌詞が載っていることに気づかなければ詰む。
1時間ほどが経過した頃。外が騒がしくなってきた。
「終わったのか」
式を終えた新入生たちが出てきたのだろう。
これから彼ら彼女らは、学籍番号で区分された指定の教室に赴き、そこで簡単なガイダンスを受けることとなっている。
まぁ実際のところ「改めて入学おめでとう! これから大学生活を悔いないように頑張ってね!」くらいの挨拶程度。真面目なガイダンスはまた後日のはずだ。
そのあとは講師によるキャンパスの案内だけ。全部終わるまでもう1時間はかかるだろうか?
「俺も準備しないとな……」
そろそろ俺も用事を始める準備をしなくてはならない。
暇潰しに読んでいた文庫本を書架に戻し、俺は図書館を後にした。
**********
さらに2時間後。
用事を済ませ、ロビーの掲示板前で待っていると、大学のパンフレットやプリント類を入れた紙袋を持った、卯月が階段を降りてくるのが見えた。
「お待たせしました」
「ん、別に待ってないぞ」
「…………」
「どうした?」
「今の恋人に対する返しっぽいなぁって思いまして」
「なに言ってんだ」
突拍子のない言葉が開口一番放たれる。
俺の後輩は、こんなにも頭の中お花畑みたいな思考をする奴だっただろうか。
「もう今日は終わったんだろ? サークル勧誘の連中も引き上げてるし」
ロビーから中庭の方を見やれば、サークルや同好会に所属している学生たち数人が、今日の為に作成したチラシを配っている。30分ほど前はサッカー部がリフティングしたり、コスプレした特撮研究同好会が“僕と握手会”を開いたりと、派手なパフォーマンスを行っていた。結構ニッチなネタ持ってくるな特撮研究同好会。
「はい! もう帰ってもいいそうです。何人かサークルの見学に行く人もいるらしいですけど」
「そっか。サークルは今度紹介あるから急ぐ必要ないが……見に行くか?」
「うーん……今日はちょっと疲れたのでいいです」
卯月がそういうのであれば、俺がとやかくいうことはない。時間にすれば3時間もかかってないはずだが、着なれないスーツに初めての環境。相当疲れが溜まっているのだろう。
2人でうちに帰るべく正門の方へと足を向けた。
卯月と同じく今日は式だけで帰る新入生も少なくなく、朝ほどではないが往来は賑わっている。
が、雰囲気はまるで異なり、朝にはあった緊張感は消え失せ弛緩した空気と笑顔が溢れていた。
その喧騒の中から、食欲を刺激する親子の会話が耳に入った。そういえば、もう昼時か。
「このままどっか飯食べに行くか?」
「良いですね。実はお腹減ってて途中で鳴らないかドキドキしてたんです」
「よし、なら俺の奢りだ」
「おお! センパイ太っ腹!」
「入学祝いだからな」
鼻を鳴らし、さっき隣で話してた親子のセリフをそのまま拝借する。
「それで、どこに食べに行きます? この前のお蕎麦屋さんでも私は良いですよ」
「そうだなぁ……」
言ってみたものの、思い付きで口走らせたもんなので全く考えてなかった。
ここから近い飲食店といえば……。
脳内で地図を描き考えること数秒。最近行って美味かった店を挙げてみる。
「駅前に二郎系の上手いラーメン屋が――……」
と、何故かジーッと不服そうな目で卯月に見られてしまった。次第に俺の声は尻すぼみになり、最後まで言い切られることなく終わる。
卯月は1度「センパイ……」と低い声を出し、
「デートにラーメン。しかも二郎系って本気ですか?」
「デートじゃないだろ」
というかデートだったとしても二郎はナシなのか。……美味いのに。いや、でもスーツに臭いとかシミ付くと面倒だよな。
デート云々はさておき、ここでラーメンを提案するのは間違っている気がしてきた。他にいい店あったかな?
案からラーメンを除外し、改めて飲食店を考え始めた矢先。
「一旦着替えてから行きましょう! センパイ? どうかしました?」
今度は俺がジト目で卯月を見る番だった。
「ラーメンは無しじゃなかったのかよ……」
「まぁセンパイと一緒ならギリありです」
「なんだそれ」
やっぱ卯月の考えはよくわからん。
**********
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
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