第6話【写真お願いしたじゃないですか】
春休みだからと、ここのところ不規則な生活リズムを送っていたせいで、朝起きるのが滅茶苦茶苦痛だった。
5分おきに設定した目覚ましが3回目のアラートを鳴らし、ようやくベッドから脱出。時間は7時半前と、普段講義がある日よりやや遅く起きたのに眠気が残っていた。
顔を洗いトースターに食パンを2枚セット、水を入れたケトルのスイッチを入れ、その間に着替える。
窓の外を見た感じ天気は快晴。暖かそうな日が差す絶好の入学式日和といえよう。
この天気なら厚着しなくても良さそうだ。
トーストとコーヒーで朝食を済ませ、もう少しで身支度が終わるという8時過ぎ。インタホーンが鳴らされた。
「センパーイ起きてますかー?」
「起きてるよ。それと返事する前に入って来るなよ……」
ガチャッという音を耳にして洗面台から玄関を覗くと、スーツ姿の卯月が家に入ってきていた。靴は履いたままで、あくまで玄関までだが、毎回されるといつか見られちゃいけない瞬間に立ち合われそうで怖い。
「センパイがもし寝坊していたら大変なので」
「この通りちゃんと起きてるよ」
「それは残念。起こしてあげようと思ってたのに」
なんて肩を竦めて揶揄ってくる。
「起こすならメッセ1回送るだけで十分だろ」
「ほぉほぉ……センパイは電話越しでのモーニングコールが御所望と」
「違う! どんな曲解だ」
と、話題に出たついでに、気になっていたことがあったんだった。
「そういえば長いことチャットしてなかったな」
高校の卒業式の日に、卯月の告白を断ったせいで連絡し辛かったのと、単純に初めての1人暮らし、大学生活で完全に卯月の存在を失念していたこともあって、かれこれ1年は俺から卯月に連絡してない。
卯月の方からの連絡も一切なかったが、今思えば推薦入試を考えていた彼女にとって、1番重要な3年生の時に力になれなかったのが申し訳なくなってきた。
結果だけいえば無事ウチの大学への推薦枠を勝ち取れたらしいが、途中で役目を放り出してしまった罪悪感は拭えない。
そんな俺の心中を知らないであろう卯月は、ケロッとした顔で――。
「はい。私、大学生になるまではセンパイと連絡しないって決めてましたから」
「は、はぁ……そうだったのか?」
「ええ、センパイともう1度会うまでに色々準備がありましたから。もしセンパイから連絡来ても既読スルーするって決めてました」
「俺から送らなくて良かったって切実に思ったよ」
自分でも驚くくらいマジトーンの声が出た。
俺のツッコミに「あはは」と笑う卯月を見て、彼女が俺と会うまでに必要だったという準備について思考を巡らせる。
準備ということは何かしら高校の時と今とで違いがあるということ。
うーん……沢山ある。
見た目も雰囲気も挙げだしたら10や20で利かないくらい変わってるんだよな。
まぁどんな準備か大体一目瞭然として、今度はその動機だ。
何故、卯月は俺と再会するのにこれほどの大変身を遂げようとしたのか?
この疑問の答えは、脳裏で先日彼女が放った言葉として響いた。
――――私、1回振られたくらいで諦めてあげませんから。
「どうしましたセンパイ?」
「なんでもない。あと5分だけ待ってくれ」
「はーい」
アレはどういう意味だろう。
やられっぱなしでは済まさない、報復はする? もしくは…………いやまさか。
熱くなった顔を隠すように、俺は洗面所に顔を引っ込めた。
**********
宣言通り身支度を済ませ、ガスと水、電気の点検を終えたら戸締りをしていざ出発。
「あ、ここで写真1枚撮っとくか?」
小中高、大学と入学式に実家の前で親と撮ってたことを思い出した。
あいにく実家ではなく学生マンションな上、いざ撮るとなると照れ臭いものだが、思い出になるものは残しておいて損はない。
「うーん……そうですね。それじゃお言葉に甘えて、お願いできますか」
「おう」
卯月からカメラアプリを起動したスマホを預かる。開かれているのは若者向けの盛れるカメラアプリではなく、端末にデフォルトで付いてる奴だった。使いやすさを重視したといえば卯月らしくはある。
「じゃあ撮るぞー。ハイチーズ」
カシャ!
無機質なシャッター音が1つ。写真がちゃんと撮れてるか確認する。うん、目瞑ってないし大丈夫。
撮れた写真を卯月にも確認してもらうと、彼女からもOKのサインが出た。
「ありがとうございます」
「よし、行くか」
ここからキャンパスまで徒歩で30分くらいかかる。反対方向にある駅からキャンパス直通バスに乗った方が早いが……。
「卯月、バスの定期は?」
「歩ける距離なのに買うわけないじゃないですか」
「だよな」
バスの方が早く着くといっても20分ほど違うだけ。そりゃ通学にかかる往復40分を、毎日積み重ねたら年間で凄い時間の短縮になるけど、逆に徒歩と大差ないバスのために年間5、6万払えるかと問われると悩ましい。
「そもそもそんな贅沢手が出せませんし」
明るいトーンで放たれた自虐へのリアクションに迷った。
高校時代聞いた卯月の家庭環境的に、笑えないブラックジョークなんだよな……。
ともあれ、俺も卯月もバスの定期を持ってない以上歩くしかない。入学式が始まる9時までまだ時間もたっぷりあるので、余裕を持って大学に向かう。
学生は春休みでおらず、社会人の通勤ラッシュが落ちついたこの時間帯。車の通りはほとんどない。
しかし、キャンパスが近づく連れチラホラとスーツ姿の若い子と、同じくスーツを身に纏った親と思しき人たちが見えてきた。全員卯月と同じ入学式に向かう新入生だろう。この中に混じって俺1人だけ私服というのは場違い感がしてくる。
ふと気になって隣を歩く卯月の方へと視線をやってみると、彼女は前を歩く新入生親子を真っすぐと見つめていた。
「やっぱり来れなかったんだな」
「どうしても予定が合わないって悔しがってましたけどね」
ハハッと苦笑する卯月は「だけど……」と言葉を繋げ、
「私にはセンパイがいますから」
そんなことを真っすぐな目で言われると、何も返せるはずがない。
それから直にキャンパスの正門付近で俺たちは足止めをくらった。
『ご入学おめでとうございます。お写真は係の者が撮るので列にお並びください。それ以外の方はこちらから体育館の方へどうぞ』
メガホンで増大された、警備員の男性の指示が聴こえてくるが、ほとんどの人たちは学校名が彫られた正門の柱で記念写真を撮るべく長蛇の列を形成していた。
当然俺と卯月も列に加わる。
こんなに大勢並んでたら、後列は式に間に合うのかね。
なんて他人事のように考えている間にも、警備員の男性は慣れた手つきで親御さんから受け取ったスマホやカメラを使い、笑顔の新入生を写真に収めていく。こりゃ杞憂だったな。
「やっぱり警備の人が撮ってくれるなら、俺が付き添う必要なんてなかっただろ」
「まぁまぁそう言わずに。もうすぐ私たちの番ですよ」
「次の方どうぞー」
「はーい!」
思っていたより早く卯月の番が来た。
警備員に呼ばれてスマホを渡した卯月は、写真を撮る前から高校時代では考えられないくらい満天の笑顔を咲かせている。
ついでに俺も撮っておくか。万が一警備員が撮った写真が失敗してたら可哀そうだし。
自分のスマホを出して、警備員の後ろから1枚パシャリ。コレクションにしておきたいくらい可愛い少女の写真が撮れた。
「はい、チーズ。……撮れました」
「あ、すみません。もう1枚良いですか?」
「大丈夫ですよ」
何故か卯月が2枚目を警備員に頼んだ。
何か不満な点があったのか。あるいは別のポーズで撮りたいのだろうか。
まぁ、1枚くらいなら時間も全然食わない。
俺は既に良い1枚を撮れたのでもう十分。なんならここで卯月と分かれても問題ない。
と、思いきや――。
「センパイ一緒に撮りましょ」
「はぁ!?」
「ほら早く早く」
「ちょっ、卯月」
小走りに寄ってきた卯月に有無を言わせず手を引かれる。
「なんで
「前から言ってたじゃないですか。写真撮りたいって」
「普通カメラ役を頼まれたって思うだろ……」
まさか写真を撮られて欲しいなんて思ってもみなかった。
ここでごねたところで何にもならないのは明白。されるがままに俺は妙に距離が近い卯月との写真を警備員のおじさんに撮ってもらう。
「ありがとうございます!」
「いってらしゃいね。次の方――――」
撮影時間はものの数秒。終わってみればあっという間の出来事なのに、とても長く感じた。
「写真、センパイにも送りますね」
正門を抜け、キャンパスが目と鼻の先に迫った道中。こちらが返事をする前に卯月から、メッセージアプリに画像が送信される。
久しぶりに開かれた彼女とのトークルームには、ビシッとスーツで決めた卯月と、彼女に対してラフすぎる服を着て、締まらない顔をした自分の姿があった。
上手く撮られた写真の出来が良いと思えば思うほど、
こんなことなら、もっと良い格好で来るべきだったなぁ。
**********
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
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