2歩目 キャンパスライフですよ、センパイ
第5話【追憶:出逢い】
今から3年前の3月末。つまり俺、天沢桃真が高校1年生の春休みのことだ。
俺は特段親交があったわけでもない教師に呼ばれ、まだ1年しか通っていない高校に訪れた
通学定期が切れているので、自腹で乗った往復600円の電車代に文句を垂れつつ登校。再来週には入学式が控えていることもあり、活動している部活はなく、静けさに満ちた高校はどこか淋しかった。
正門は開いておらず、事前に伝えられていた通り裏門から入る。
「失礼します。
「お、天沢。春休みだってのに悪いな」
「おはようございます先生」
普段あまり用のない職員室の扉を開け、声量を大きくするのを意識。今日俺を呼んだ張本人、太田……なんとか先生に声をかけた。
太田先生は生徒会執行部と女子バレー部顧問。担当科目は3年の物理という完全に俺と無関係の男性教師は、自分の机から立ち上がり快活な笑みを向けた。
「頼んでた原稿あったか? なかったらこっちの方で探せるだろうが」
「はい持ってきました。去年先生に保管しておくよう言われてたので。手書なんで若干くすんでる所もありますけど」
「読めりゃ構わんさ。大体の文量がわかればいい程度だからな」
太田先生はまだ職員室での用事が残っているらしく、先に多目的室に行っておいてくれと促される。
「実はもう新入生の方は来ててな。自己紹介くらい済ませてくれてると助かる」
「はぁ……わかりました」
無茶を言ってくれるな、と思いながらも返事をして俺は職員室を後にした。
新たな目的地は特別棟2階にある多目的室。これまた全く1年間全く縁のなかった場所だ。
「というか1年ぶりじゃないのか」
渡り廊下で1人ボヤく。俺以外他に誰もいないのだから、変人扱いはされないだろう。
今日俺が春休みにも関わらず登校したのは、太田先生の言う新入生に会うためだ。
うちの高校には、入学式に行われる新入生代表挨拶の練習や原稿作成を、前年度の新入生代表が手伝うという伝統がある。なんでも学年間での親睦の礎とするためらしい。
当時から1年前。高校受験時に俺は「あ、ここ塾でやったところだ!」という、一昔前のゼミCMにあった漫画のような現象が連発し、マグレで首席での進学を果たしてしまった。
してしまった……というのは烏滸がましいか。でもまさか新入生代表挨拶を任されるとか聞いてなかったし。
それで去年の入学式前に、俺も1つ上の先輩に手伝ってもらい、今リュックの中に入れてある原稿を完成させたわけである。
コミュ力に自信があるタイプじゃない俺的には正直な話、面倒極まりない伝統であるがソレはソレ。去年自分も先輩にお世話になった手前、投げ出すことはできなかった。
と、気が付けばもう多目的室の前に来ていた。
曇りガラス越しから新入生と思しき人影が1つ。
ガラガラっと引き戸式の扉を開ける。
「こんにちは……」
「…………」
教室にいたのは女子だった。窓際の前から2番目の席に座り、文庫本を読んでいたようだ。
こちらから挨拶すると、名の知れぬ女子は軽く会釈を返した。
黒髪ロングで前はパッツンに切り揃えられ、不健康さが滲み出た白い肌と、感情の起伏に乏しそうな表情が暗い印象を与えて来る。
良く言えば落ち着いていて、悪く言えば幸薄そうな顔。新品であろう高校指定のセーラー服に包まれた身体は、ラインが出にくい制服にも関わらず腕や足から華奢で貧相なのが一目でわかる。
人のこと言えたもんじゃないが“地味”というのが第一印象だった。
「ここ、いい?」
「……どうぞ」
過去、俺を手伝ってくれた先輩がそうしてくれたように、彼女の前の席に腰掛ける。
「太田先生……もう少ししたら来てくれるって。先生に自己紹介はしておいてくれって言われてるから。俺は普通科2年の天沢桃真。今日と明日限りくらいの付き合いだろうけど、よろしく」
「普通科1年の卯月麻衣です」
「えーっと……参考になるかわかんないけど、去年俺が使った原稿があって――」
「先輩。1つ訊いてもいいですか」
「う、うん。どうかした卯月さん?」
リュックに手をかけ、去年俺が使った原稿を出そうとしていると、さっそく卯月さんからの質問が来た。
透き通っていて聞き取りやすい声だが、声のトーンが一定で無機質っぽい。俺は手を止めて視線を彼女へと耳を傾ける。
「新入生代表挨拶って辞退できませんか?」
「無理」
「そうですか。というか即答なんですね」
「実証済みなんだよなぁ……」
できたら俺がやってる。
というか、無表情っぽいのに露骨に面倒くさいって顔に出たことに驚きなんだが。意外と顔に出やすい子らしい。
「先輩として言わせてもらうと、ほぼ強制なんだよ。俺も去年、太田先生に抗議して見事言い包められた」
「情けない話を武勇伝っぽく言われても……はぁ」
小さく溜め息を零す卯月さん。彼女の気持ちに共感しか湧かない。が、事を円滑に進め早期下校をしたい俺的には、彼女のやる気があってくれた方が助かる。
だから俺は太田先生に提示された、この代表挨拶のメリットを彼女にも授ける。
「まぁ太田先生曰く、内申点も高くなるらしいから、点数稼ぎだと割り切った方が楽だぞ」
完全な偏見でしかないが卯月さんみたいなタイプは、「貴重な体験だから」とか「思い出になるよ」みたいな、いかにも青春を謳歌せし者たちが好きそうな金言名句では
必要なのは実利。
数年後に向かえる進学や就職時に活きるアドバンテージの存在をチラつかせる。ちなみにだが、俺はそれでも乗り気じゃなかったので、太田先生に頼み込まれて渋々と引き受けた。
「そうですか」
あれっ? 想像より食いつきが悪い。
内申点が魅力的じゃなかったのか、あるいはそれ以上に壇上に上がるのが嫌なのか、卯月さんの反応は芳しくなかった
けど、文庫本を丁寧にしまい、ノートと筆箱を出す仕草から、やろうとはしてくれているようだ。
「2人とも待たせて悪い悪い。もう自己紹介は済んでるか?」
丁度良いタイミングで太田先生も合流した。俺と卯月さんは1度互いの顔を合わせ太田先生に首肯。
「よし。それじゃ始めようか」
太田先生の声を合図に作業が始まった。
**********
新入生代表挨拶の下準備の手伝いと大仰にいっても、作業内容は大して多くない。
ゆっくり読んで5分かからない、原稿用紙換算でおおよそ5枚くらいの文章は案外容易に埋まるものだ。
季語を用いた起句に始まり、高校の概要、3年間の展望、来賓への謝辞を書けば3ページ強にはなるし、季語を用いた挨拶は「桜舞う」だとか「春の暖かな日差し降り注ぐ
現在、太田先生は席を外し、教室内は俺と卯月さんの2人のみ。
時刻は午後1時前と、作業開始からかれこれ3時間は経過していた。
俺がやることは卯月さんが書き上げた原稿を読んで誤字脱字の確認。いわゆる校正と呼ばれるお仕事。……なのだがこの子、ホント誤字脱字が少ない。俺はほぼ運で首席合格だったけど、この子はホントに頭良いんだろうな。
「一旦休憩して昼飯にしよっか。卯月さん、弁当持ってきてる?」
「え、はい。先生に言われていたので」
「ならオーケー。俺コンビニ行ってくるから休んでて」
長期休み中は購買が開いていないので、昼飯を持ってきていない俺は、近くのコンビニまで買ってこなくちゃいけない。
遠くはないけど近くもない。往復20分ってところか。
ズボンのポケットにスマホと財布だけツッコんで席を立つ。
教室の扉を閉める間際、ペンを握った状態でノートに向かったままの卯月さんが視界の端に映った。
**********
もしや……と思い、邪魔にならないよう慎重に扉を開けると、教室の中では案の定予想通りの光景が広がっていた。
休んでてって言ったのに。
自分の使っていた席に着くのと同時に、俺は持っているナイロン袋からあるものを取り出した。
「……なんですか?」
「差し入れ。苦いの飲めるかわかんなかったからカフェオレにした」
「…………」
「金出さなくて良いよ。そんな高いもんじゃないし」
おそらく俺がコンビニに行ってる間も、卯月さんは原稿を考えていたのだろう。彼女の机には先の数倍の数、達筆で綴られた文章が完成していた。
これだけの量の文を書いたってことは弁当も食べてないはず。
机に置いたパックのカフェオレは言葉通り、頑張っている後輩への細やかな差しれである。だから俺は財布を出した卯月さんを制した。
俺の時も手伝ってくれた先輩がパンを奢ってくれたので、ある意味恩返しみたいなもんだ。
自分の分の飲み物を袋から出し飲み始めた俺を見て、卯月さんも「ありがとうございます」と小さく言って受け取ってくれた。
「コレ何枚書いたんだ?」
「20枚……くらいだと思います」
「なっが。校長の話と張りあえるぞ……」
「いえ、色んなパターンで書いてるだけなので。添削してもらってから書き直すより効率良いじゃないですか」
だからって何パターンも考えるもんじゃないだろ。
俺なんて1日かけて書いた1つ、をどうにか形になるよう先輩と先生に直してもらったんだぞ。
ぶっちゃけた話、新入生代表挨拶の内容なんて誰も気にしちゃいない。精々長さと読み手の声に意識が向く程度。
だというのに彼女は人の数倍の量をこなした上に――。
「別に面倒だったら全部読まなくても、先輩が適当に1つ選んでくれれば良いですよ」
自分の努力を鼻にかけるどころか、簡単に切り捨ててしまおうとしていた。
特に後者に俺は驚嘆を禁じえなかった。
「原稿はコレで全部?」
「今書いてる途中のと合わせて4つです」
カフェオレのパックを片手に持ちながら、空いた手で無作為に完成した原稿を取る。
「わかった。読むから今の書いてるのできたら休憩しててくれ、マジで。あ、でも他に書きたい文があるなら書いてくれて良いから」
「それだと、先輩面倒じゃないですか?」
「面倒じゃない……わけではないな」
「だったら――」
「だからって、頑張りを帳消ししていい理由でもないだろ」
努力は必ず報われる。
結果より過程が大事。
そんな言葉は
なんとなく過ごしてだけで大成することもあるし、過程が正しくても結果が出なきゃ意味はない。偶々塾で習った問題が多かったなんていう
だが、どれだけ努力が無駄でも結果に繋がらなかったとしても、やった努力を初めからなかったモノにするのは違うのではないか?
「少し時間かかるだろうから、昼飯食べてきなよ。天気良いし外行っても良いし」
「じゃあお言葉に甘えて」
といって卯月さんは机の横に掛けていた鞄を持って席を立った。
「…………先輩はとんだお人好しですね」
何か言われたような気がしたが、内容まではわからなかった。
**********
それから30分ほどで全パターンの原稿の校正が終わり、教室に帰ってきた卯月さんと話し合って決めた原稿を持って、俺たちは職員室の太田先生に報告しに行った。
太田先生から完成した原稿にGOサインをもらったので、今度は3人で体育館に向かう。
体育館には既に入学式用のイスや長机が設置されていた。
卯月さんは太田先生に示された、おそらく入学式当日彼女が座ると思しき席に着き、新入生代表挨拶の練習に入る。
ここでの俺の役目は、体育館の最後方で卯月さんの声が聴こえるのかチェックするのと、発表時間のタイムキーパーの2つである。
壇上に上がる際にズッコケた俺が言えたもんじゃないが、この挨拶自体はそう難しいものではなく、礼や声量の確認と3回のリハーサルだけで、この日の練習は終えることになった。
「天沢ー。最後教室の鍵返しに来てくれ」
「わかりました」
体育館から出る際、太田先生にそんなことを頼まれた。
原稿を先生に見せに行った後、直接体育館に足を運んだので、俺と卯月さんの荷物はまだ多目的室に置いてある。卯月さんはまだ校内に詳しくないだろう。鍵を施錠して返すのは俺が適任、というより俺しかいない。
「今日で原稿完成させてリハーサルもできたから、明日はもう1度リハーサルするくらいで済みそうだな。2人とも明日は昼の2時にここに来てくれ」
「「はい」」
太田先生の言葉に俺たちの返事が重なる。
それから職員室に向かう太田先生と分かれ、俺と卯月さんは荷物を取りに多目的室へと戻った。
敷地内の西端に位置する体育館から特別棟2階にある多目的室まで、それなりに距離があったが、その間俺と卯月さんの間で会話はなく、遠くから国道を走る車の音が聞こえてくるほどだった。
多目的室で使ったのは俺と卯月さん、それと太田先生が途中様子を見に来てくれた時に使った席だけ。机は動かしておらず、目立つゴミも出してないので筆記用具をそそくさとリュックにしまい教室を出る。
「それじゃ俺は鍵返してくるから。お疲れ」
「お疲れ様です」
職員室のある教室棟に向かう俺と、特別棟の階段を降りて下校する卯月さん。彼女ともここでお別れなので、無難な挨拶をして多目的室を後にした。
卯月さん接しやすい方で良かった。
職員室までの身近な道中。今日の予定を完遂した俺は人目も憚らず大きな安堵の息を零した。
なるたけ緊張しないように頑張ったけど、上手くできてただろうか。
卯月さんに会うまで不安で仕方がなかったのだ。舐められたらどうしよう。陽キャだったらどうしよう。喧嘩になったらどうしよう――等々脳裏を過ぎっていた悪い可能性を挙げたらキリがない。
実際は素直で優秀な努力家。
本人にも最初言ったけど、今日と明日だけという、限定的な関係なら明日も上手くいきそうだな。
職員室で鍵を返し俺も下校する。
スマホで時間を確認すると4時過ぎ。最近暖かく春らしい気候が続いているが、3月下旬の陽はまだ短く、既に空は茜色に染まりつつあった。
この時間なら30分後の電車には間に合うかね。
などと考えながら昇降口を抜け、登校する時にも使った裏門に向かっていると。
「あれっ……卯月さん?」
先に帰ったはずの卯月さんが、裏門の前でジッと立っていた。
迎えを待っているのだろうか。この辺電車の数少ないし、まだ登校するのに慣れてなければあり得る。
裏門は正門の半分ほどの幅しかないが、それでも車1台が余裕で抜けられる。
必要以上に話しかけたり意識するのもキモがられるだろうから、脇に寄って裏門を出ようとして――。
「…………」
「えっとぉ……」
目の前に立ち塞がった卯月さんによって、俺の歩みは止められた。
俺の肩より低い背の彼女は顔を上げ一心にこちらを見る。今初めて水色っぽいな、と気づいた彼女の双眸は何かを訴える様に視線をぶつけてくる。
「俺に何か用?」
先に口を開いたのは俺。純粋に彼女の真意が読めず根負けしてしまった。
「……先輩」
卯月さんがおもむろに右手を持ち上げる。
真っ白な手に握られているのは、桃色のノートタイプカバーに付けたスマホ。その画面にはライトグリーンのアイコンが特徴的な、チャットアプリが開かれていた。
「連絡先……交換してくれませんか?」
「れんらく……さき?」
「はい」
突然の申し出に思わずオウム返ししてしまう。
「私、推薦狙ってるんです」
「いいんじゃないか? ウチの高校って歴史があるおかげで推薦枠多いらしいしな。なんならソレ目当てでウチに進学する奴もいるくらいだし」
「私もその部類です」
ほお……と思わず感心した。中3の時の俺は彼女のように
答えは考えるまでもなく否だ。
俺は俗に言う天才でもなければ、自分自身精神年齢が高いとも思ってない。まして数年先までの未来への展望なんて立てられない。せいぜいその日家に帰ったら何しようか思いを馳せる程度だ。
だから俺より年下なのに、明確な目標を持っている卯月さんを凄いと思った。しかも彼女は入試の成績を首席で合格という、推薦枠を勝ち取るために必要な要素である“学力”を既に示している。
「けど、ソレがなんで俺と連絡先交換することに繋がるんだ?」
「先生から私がこの役を頼まれた時に聞きました。今日、天沢先輩が手伝ってくれたのって、先輩が去年の新入生代表挨拶をした……入試で1番の成績だったってことですよね」
「……あぁ、偶々だけどな」
彼女の言っていることは真実ではあるので、俺は素直に首肯し続く言葉を待つ。
「それで……厚かましいお願いですけど、たまにでいいので勉強を見てもらえませんか?」
そうきたか。
次年度の代表を前任者が手伝う伝統の根底にあるのは、学年間の親睦。
お互い成績上位者という共通点があれば話のネタにもなるし、学生の本懐といわれる勉学や部活動にも熱が入って、結果的に学年間の交流にも繋がる。
卯月さんからの申し出は、まさしく学校が描く理想像といえるだろう。
懸念点があるとすれば……。
「俺、入試の成績はマジで運が良かっただけでさ。1位というか、一桁入ったのもそれっきりなんだよな。それに勉強なら素人に教わるより塾とか家庭教師の方が絶対良いんじゃないか?」
もしこれが「成績を少しでも良くするため」って理由だったなら、OKの一言で彼女と連絡先を交換した。が、彼女が目標とする学力は遥か上を行く。
流石に大学への進学を視野に入れている子に、俺が教えてあげられることなんてない。
だから、後輩の女子の連絡先という、男子高校生にとって希少価値のあるものを手に入れるチャンスを、俺は自ら
だが、
「私がしたいのは受験で受かる勉強じゃなくて、推薦枠を貰える勉強です」
「推薦……ああ、なるほど」
語彙を強めたその言葉に、彼女の意図がようやく読めた。
推薦入学……指定校推薦には幾つかの条件がある。
3年間の欠席回数、委員会やボランティア活動経験など色々あるが、最もメジャーなものといえば、各教科の評定だ。
授業態度や提出物と定期考査によって付けられる5段階評価。この平均評定の高さによって指定校推薦の難易度が変わってくる。
そして評定の大部分を占める要素である定期考査が、彼女が俺と
小学校と中学高校の考査……テストの大きな違いの1つに〈
小学校のテストといえば、教科書に付属していたと思しきA2くらいのカラー印刷された良い紙に対し、中学高校では担当の教師が手ずから作成している。ちなみに大抵わら半紙で、消しゴム使い過ぎると破れる。
作成者が教師である以上テスト問題には、その教師の趣味嗜好が浮き出てくる。
要は各先生がテスト問題の癖やら、押さえておくポイントを知りたいとのこと。
それならお安い御用だ。
あいにく成績は奮ってないが、それぞれの教科担当の教師が作るテスト問題の癖はなんとなくわかる。例えば化学はテスト範囲の問題集から一言一句違わず抜粋してて、答えを覚えておけば点数が取れる。鬼門は期末の保健体育で、副教科なのに難易度が馬鹿高い等々――。
「それだったら力になれそうだ。テスト問題も一応残してるし、あげるよ」
「……良いんですか?」
「良いも悪いも卯月さん的には
自分から始めた話なのに、何故か訝し気な卯月さん。
「それはそうですけど……まだ先輩へのメリットが――」
「あぁ……対等な関係じゃない、か……。気にしなくていいよ。別に家帰ってもすることないから、丁度いい暇つぶしになるさ」
強いてメリットを挙げるなら徳積み。善行して悪い気はしないし、あの世は天国ルートを進みたい。それくらいの気持ち。
できる限りフランクにそれっぽい理由を並べてみるが、それでも卯月さんは腑に落ちないようで、眉根に皺を寄せていた。やっぱ、キッチリしてるというか、真面目な子だなぁ。
ただ、しばらくすると感情の整理がついたのか、卯月さんは目を閉じて深呼吸をし、スマホを操作し始めた。溜め息っぽかったのはきっと気のせい。
何はともあれ話が丸く収まったので、俺もズボンのポケットからスマホ取り出し、チャットアプリを開いた。
「俺がQRコード出せば良いか?」
「はい」
「りょーかい」
友達追加から自分のQRコードっと。読み取りやすいように画面の明度を上げてから卯月さんにスマホを見せる。
俺のスマホの画面に卯月さんがスマホのカメラをかざして数秒。ブルッと彼女のスマホが震えた。「できました」の声でスマホを引いて画面を見ると、俺の少ない友達数が先刻より1つ増えている。
デフォルメされた兎のキャラをアイコンにした〈MAI〉という人物。それが目の前の後輩のアカウントであることは確認するまでもない。
両手で持ったスマホを胸の高さまで上げた卯月さんは、何か不思議なものを見るよう目で自身のスマホを眺め、やがて俺の視線に気付くと、無表情な……だけどなんとなく柔らかな声で言の葉を紡いだ。
「これからよろしくお願いします、先輩」
これが1つ年下の後輩、卯月麻衣との初めての出逢いだった。
**********
【蛇足】
いきなり普段の数倍の文量かつ、過去話に飛んで申し訳ないです。
なんなら途中で区切って数話分にできたんですけど、個人的に過去話はダラダラするもんじゃない! と考えた次第の結果です。
次回から元の時系列でのお話となります。
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
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