第4話【宣戦布告します】
昼食を済ませ店を出た俺たちだが、すぐ帰路に着くことはなく、食後の散歩がてら近くの堤防にやって来ていた。
視線を堤防の下にやると、家族あるいは友人と思しき小中学生たちが、キャッチボールやサッカーに耽っている。他にもベンチに腰掛ける老夫婦がいたいり、みんな春の陽気に釣られ外に出てきているのだろう。
そんなほのぼのとした光景を見ながら陽だまりの中を歩いていると、なんとも心地よく穏やかな気持ちになる。絶好の散歩日和だ。
「センパイって入学式の日に予定ってありますか?」
「午前中にちょっと大学行くくらいかな」
蕎麦屋を出てから、卯月の機嫌は回復したようだった。先刻俺が急に謝ったのが、軽率な行為だったと後悔したのは後の祭り。
1つとはいえ、お互い年を重ねた今なら大人な……社交的、フラットな友人としての関係を築けるはず。だというのにいつまでも過去を掘り引きずるようなことをすれば、そりゃ誰だって良い気はしない。
「大学ですか……入学式なのに?」
「大体の上級生は休みだぞ。俺が偶々用があるってだけで。何か手伝うか?」
「いえ、入学式……センパイに付いて来て欲しいなぁ、と。ウチのお母さん来れないから、写真撮りたいので。あ! でも別に無理とかじゃないですから――」
「それくらいならいいぞ」
「本当ですか!? 用事あるんですよね?」
「俺の用事は11時くらいからだからな。ちょっと早く家出るってだけだし問題ない」
隣を歩いてた卯月が興奮気味に半歩距離を詰めて来た。こちらが半歩離れるとさらに詰めて来る。あ、これイタチごっこになるやつだ。
「本当ですか? 嘘じゃないですよね?」と念を押してくる卯月に、俺は距離が近いことに緊張しながら、自分の経験を思い出しながら逆に問いを投げかけた。
「というか俺が行ってもいいのか? 写真って正門とかで撮る記念写真だろ? アレだったら近くにいる警備の人か、先生に頼んだら撮ってくれるぞ。家の人が入学式来れないって人も少なくないし」
「センパイが良いんです」
「お、おう……そうか」
そう断言されては俺から言うことは何もない。
入学式の開始時間と何時に家出るかなんかは、追々話すことになるだろう。大して変わらないだろうが、予定の見直しもしとかないとな。
なんてことを考えながら歩を進めていく。
「あ、それとセンパイ」
「ん? まだ何かあるのか?」
不意に卯月が話題を変えた。
ついでにとでも言うような、のほほんとした凄く気の抜けた声色に、俺も卯月に対して警戒心をほぼ解いていた。
だから続く言葉を聞いた瞬間心臓が止まるかと思った。
「――――私のこと避けてますよね?」
完全な死角からの一撃に頭の中が真っ白になった。
思考がままならず、身体の動きも緩慢……既に足は止まっていて、並んで歩いていたはずの卯月が前に。「あれっ?」というように右手の人差し指を口元にあてながら彼女は振り返った。
彼女のどこを見れば良いのかわからず彷徨った視線が、水色がかった双眸に吸い寄せられる。途端、心臓がうるさく早鐘を打ち鳴らした。
視線を外そうにも真っすぐと見据えられた卯月の瞳は、逃がさないという意思を孕み、蠱惑的で抗いがたい光を放っている。もはや魔眼の類だろ。
「え……ぁ、それは――」
咄嗟に抗弁しようと試みるが、知らない間に口の中の水分がなくなって上手く喋れない。
「当たり……ですね」
「…………」
その通りだ。
肯定の意を込めて頷くと、卯月はフフッと口角を上げ、艶やかな悪い笑みを浮かべた。
その笑みの意味すらわからない。
だから俺は彼女が続ける言葉を待つことしかできなかった。
「告白の返事、気にしてるんですか?」
「……悪かったって今でも思ってる」
1年前の3月。卒業式が終わった後、俺は目の前にいる当時高校2年生にして生徒会長だった卯月に呼び出され、好きだと告白された。
それが言葉にできないくらい嬉しかったことを今も覚えている。
なのに俺は卯月からの告白にNOと返してしまった。うん、どうかしてる。ホント馬鹿だよ。
なんて俺の懺悔は別として、卯月は卯月で色々思うことがあるだろう。
フられたのだ。俺なんかに。
彼女の中に芽吹いた、俺への好意が
「私、全然怒ってないですよ?」
「は? そんなはず――」
「むしろセンパイの反応は普通じゃないですか。誰だってフった相手には罪悪感覚えちゃいますもんね。気まずいなぁっていうセンパイの気持ちもわかりますよ」
予想外の言葉に素っ頓狂な声が出た。
卯月が俺に腹を立てていない? ということは、やはり
自意識過剰が過ぎて自己嫌悪の感情すら湧かない。あるのは湯水の如く溢れる呆れのみ。
でもこれで、晴れて卯月との接し方が明らかになったのなら良いか。そう自分の中で納得のいく答えを出していると、
「それに高校生の時の私って地味で暗くて、どうしようもないくらい芋っぽかったから、告白されてセンパイも迷惑だったでしょうし。私がセンパイでもアレはないわぁ、って思っちゃいますもん」
芝居がかった口調で、卯月は自らの過去を自虐気味に語った。
彼女の話はまだ終わっていなかった。いや、これからが本題であるかのような迫力を帯びる。
「けどですね、センパイ」
自信満々に両腕を左右に広げたポーズを取った卯月。
「今の私はどうです? 見違えたでしょう」
「お、おう……」
素直に答える。
見違えるどころではない。もはや別人とすら言えるレベルで変わっている。
高校時代の卯月を多少なりとも知っている俺ですら、同一人物か疑ってしまうほどなのだ。見た目は当然のことながら、話し方や表情なんかの細かいところまで誰からも好かれる方向に変わっていて、既に卯月が入学式が終わってすぐ大勢の学生に囲まれている姿が思い浮かぶ。これが大学デビューの完成形ではないだろうか。
「今の私なら問題ありませんよね?」
「は?」
ゆっくりとした動きで歩み寄ってきた卯月が、グッと顔を寄せ不敵に微笑み一言。
「――――私、1回フラれたくらいで諦めてあげませんから」
**********
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
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