第17話【相談があるんだが……】
「清水はフラれたことってある?」
「いきなりだね。しかも黒歴史掘り返してくるし」
「……あるんだな」
テーブルに置いたカフェモカのカップを手に取り、ストローに口をつける。
場所は大学近くにある若者御用達のコーヒーチェーン店。
夕方……というには太陽が見えなくなった時間で、人が少なくなったのを見計らい、俺は友人の清水に質問を投げた。
「うぐっ……」
大根役者ばりの呻き声。
きっと清水なら……と、問うてみたのだがどうやら俺の予想は当たっていたらしい。
「桃真……こういう
「あいにく俺には告白経験がないものでな。その代わり奢ってやってるだろ」
「クーポンで安くしてるのを奢ったって言われても」
「奢りは奢りだよ」
というかクーポン使っても1杯500円超えるドリンクって改めて凄いな。しかも奢りって言うや否や清水の奴、遠慮なしにトッピング盛り盛りの
とはいえこれだけ奢れば「なあなあには答えるなよ?」と牽制にもなる。身を捨ててこそ浮かぶ瀬も何とやら。
一拍おいて俺は問答の詳細を話し出す。
「……これは俺の友達の話なんだが――」
「オーケー。桃真の実体験だね」
「友達の話だ」
ぜんっぜん話聞いてない。
告白したことないつってんだろ。
「相手は誰? あ、待って当てれる。この前会った後輩のー……卯月さんでしょ?」
「だから違うって言ってるだろ」
なんなら告白した側とされた側が逆だ、逆。
「頑なに否定するとこまでテンプレだ」
たしかに古今東西、“友達の話”から始まる恋愛話は、発言者のモノだと相場が決まってるが……今回ばかりはマジで俺の話ではない。
「で、話の流れ的には卯月さんに告白しようと思ってるけど、ノーと言われるのが怖くて二の足を踏んでる……違うかい?」
「違う。驚くほど何もかもが合ってない。それでも文芸部員か?」
「えー……何もかもってのは言い過ぎでは?」
「そんなコテコテのストーリーばっか考えてるから伸びないんだよ」
「コテコテは酷いな。この王道ど真ん中が面白いんじゃない」
清水は小説を書くのが好きで、その行動力たるや1年で同好会を立ち上げ文芸部へと昇華させるほどの熱意がある。
しかもかなりの速筆で、よくコンテスト用の作品の試読を頼まれる。
残念なのは清水本人の趣向が古臭く、どこかで見たことあるようなコテコテ作品の山を作っていることだろう。願わくばいつか報われて欲しいものだ。
「桃真、真面目に話聞くからさ。その哀しい目で見るのやめて? 何考えてるかわかっちゃったから」
自分に向けられる視線には読みが合ってるな。
「単刀直入に訊く。人ってフラれた時、何考えるんだ?」
口に出した質問は、過去の俺のやり残し。あるいは出した答えが正しいのだと、
ここ最近1人でいるとある悩みに思考の大容量を取られていた。
先日卯月に言ったことが本当に彼女のためになったのだろうか? と。
1度は答えを出したはずなのに、今さらになって確証持てずにいた。
俺の卯月への気持ちはこの1年変わってない。だが仮に、その想いが間違っていたのならば、それは根底から俺は見当違いを起こしていたのではないだろうか。
今まで俺だけでなく、卯月のプライベートにも関わる問題故、誰にも話せずにいた。しかしその我慢が利かなくなるほど、卯月について俺は悩んでいたらしい。
「やっぱフラれるのが……いや、なんでもない。そうだね――」
また何か茶化そうとしたようだが、清水は自ら言葉を切った。誰の話どうのを蒸し返すのは堂々巡りにしかならないから。
トントントンとメガネをつつき、言葉をまとめ終えた清水と目がぶつかる。
「フラれた側の気持ちって一言で表せられないというか、十人十色だよ」
「それでもお前が、誰よりも
「わかった。じゃあまず、桃真なら告白をフラれた人がどんなことを考えると思う?」
「怒りとか憎しみ」
即答。
去年、告白を断った後の卯月の眼光が、俺の頭には鮮烈に焼き付いている。あの鋭利な刃物の如き剣呑なオーラを怒りや憎しみと言わずして、何というのだろうか。
ただ俺の真っすぐな解答に反して、清水は苦笑いを作った。
「な、なんというか凄い偏った思想だね……」
「そんなに変なのか?」
参考の
「うーん……桃真の考えもなくはないだろうけど、怒りや憎しみを抱く手前。その結論に落ち着く前に『なんで?』って考えない?」
「なんで……」
「うん。告白が断られたってことは、返事をする側には断った理由があるでしょ」
「たしかに」
俺の場合だと卯月の勘違いを正すため。キザったらしく言えば、彼女の幸せのためというのが当てはまるだろう。
納得しかなく自然と首を縦に振った。
「例えば他に好きな人、付き合ってる人がいる。相手のことを深く知らない。見た目が好みじゃない。何かやだ――」
「ちょっと待ってくれ。そんな適当な理由で断るもんなの?」
「その辺は個人の恋愛観次第だねー。でも
「そうなのか……」
「こういう価値観の違いも告白が失敗した理由になるね。それで、さっき言った『なんで?』って考えることだけど、まずここで考え方が幾つかに分かれるんだ。桃真なら告白を断る時、どんな風に断る?」
「…………告白してくれた礼を言ってから、付き合えない理由を説明する」
「桃真は優しいね」
苦い感情を思い出してしまった。
トーンの落ちた声色で答えると、清水が生暖かい目で見てきた。
「桃真は真摯な対応をするだろうけど、人に寄ったら付き合えない理由を言わず、ただノーと答える人もいるんだ」
「最低な奴だな」
「まぁこういう人も少なくはないよ」
納得は出来ないが、清水が言うならそういうものなのかと無理矢理飲み込む。でも、清水が言いたい事は分かった気がする。
「付き合えない理由を言うことが『なんで?』の答えになるな」
正解と言うように、清水がパチンッと指を鳴らした。
よしっ、話はちゃんと理解できている。それに自分への肯定感が上がった。
何故なら、俺は卯月に付き合えない理由を伝えているから。
さすがに高校の時の会話までは覚えてないが、先日卯月が夕食を作りに来てくれた時に付き合えない理由はしっかり説明したから、彼女が変な考えに至る心配もない。
「もちろん答えだって1つじゃない。伝えられた理由が信じれないなら意味ないし、逆に憶測でもフラれた側がそうだと思えば嘘でも『なんで?』の答えになるから」
「わかっていたけど、やっぱ恋愛って複雑だな」
娯楽感覚で恋愛を楽しむ人が多いとは言うが、俺はそう気楽にできそうにない。
「桃真は桃真の恋愛観でいればいいよ。……それで、次が最後。伝えられたにしても、自分で導き出したにしても、フラれた
と、言って清水は俺の前に突き出した拳の指を1本ずつ立てていく。
「断られた理由を“顔が好みじゃない”としよう。好みじゃないなら仕方ないって思う人がいれば、顔くらいならメイクや髭処理……で突飛な事を言えば整形すればまだチャンスがあるって考える人だっているかも。はたまた顔で選ぶなんて最低! って数分前までの好感度が反転しちゃう人だって…………どうかした?」
「いや、なんでもない……」
例え話を聞いていて、背中に悪寒が走った。
思い当たる節があるような、ないような……。
1つの答えを得たと同時に、「それなら……」と新しい疑問も浮かぶ。やはり恋愛絡みは一筋縄ではいかないようだ。
「ちなみに清水がフラれた時は何思ったんだ?」
「フラれた瞬間泣きながら家にダッシュして寝たから覚えてない」
「考え放棄してんじゃんか」
最後の最後で、これまでの話の信憑性で薄くなった。
**********
【あとがき】
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