第16話【別になんてことない】
翌日の朝、卯月が俺を呼びに来ることはなかった。
当たり前といえばそうなのだが妙に調子が狂う。
「我ながら自分勝手なやつだな……」
脳裏に卯月との昨夜の会話が過ぎる。
差異はあれどこの結果を望んだはずなのに、未練がましい自分が情けない。
オマケに結局、卯月との関係を完全に断ち切れてはない。
俺としては恋愛感情の無いプラトニックな友人関係を結びたいところだが、さすがにそれは虫が良すぎる話。
だけど、今の何とも言えない膠着状態で放置するのも不味い気がする。
時計を見やれば、そろそろ家を出なければ講義に間に合わない時間だ。
充電コードを刺して机に置いていたスマホを手に取り、チャットアプリを起動。
通知件数2。
もしかして……と思ったが送信主は2通とも清水からのものだった。清水に返信したあと、アプリを閉じず卯月とのチャット画面に移動。ポチポチと遅々としたタップ音を鳴らす。
この胸に巣くう暗澹を解消するため、昨日傷つけてしまった後輩へのメッセージを、打っては消し打っては消しを繰り返す。
『昨日はごめん』
悩んだ末、送ったのはそんな重みの欠片もない言葉。
それが卯月への配慮ではなく、醜いほど保身に走った自己満足であるのは火を見るよりも明らかだった。
10秒ほどチャット画面を眺めていたが既読はつかない。移動中、あるいは気付いていない。はたまた未読無視なのか……。
いくら考えても仕方がない。それにずっと卯月の顔色を窺って、彼女にそぐう対応を取るのも卑怯な気がする。
望む関係性があるなら、ソレに近づけるようにまず自分が動くこと。
万が一のことを考え、今日は1人で登校する旨を追送し俺はアプリを落とした。
**********
講義室に着いたのは休憩時間の折り返しだった。
室内は既に受講生と思しき学生たちでごった返し、席もほぼほぼ埋まっている。
「あの……すいません」
「あ、こちらこそすんません」
走ってきたためまだ鼓動が早い。興奮かつ酸素が足りてない頭で空いている席を探していると、後ろから声をかけられた。
名前も知らない男子学生。
入口で突っ立って道を塞いでいたことに遅れながら気づく。かなり邪魔していたみたいで、横によると話しかけて来た男子の後ろからゾロゾロと5,6人くらい続けて入って来た。ちょっと周りが見えなさ過ぎだ……。
止まっているとまた迷惑が掛けそうなが気がしたので、横に4列に展開された長机の間を通って後ろへ後ろへ。
空席が見当たらず結局辿り着いたのは最後列。
「でもまぁ……ちょうど良いか」
おかしいくらい自嘲気味な声が出た。
調子が変なのが自分でもわかる。たぶん前列、なんなら普段位置取っている中段でも「集中しなさい」と教師に指摘されそうなほど、呆けてしまっている。
最悪この1コマ潰してでも心を落ち着かせよう。
リュックから筆記用具にルーズリーフ、講義で使う教材を出して
残り数分と迫った休憩時間。最後列からぼんやりと眺めていると、不意に入り口から現れたグループに視線が吸い寄せられた。
女子4人のグループ。見覚えはあるが半数以上名前も知らない。というより唯一知っている1人と、その友達という感じで覚えている。
で、その唯一というのが当然、卯月である。
「良かった。ちゃんと来てくれた」
卯月の姿を見れたことでほんの僅かだけ胸が軽くなった気がした。
喧嘩だろうが、恋愛だろうが人間関係の揉め事ってのは、当事者たちの中でも長いこと尾を引く。
高校の時は俺が卒業したから物理的にも卯月と離れられたが、今回はそうはいかない。さらに馬鹿な事に、俺と卯月は幾つか同じ講義を取っている。
俺と同じ大学だから、同じ講義を受講しているからなんて理由で、始まったばかりの彼女の大学生活を暗澹としたものにしようものなら、罪悪感でより居たたまれない。
だが俺の心配は杞憂に終わってくれた。
卯月だってこの2週間ほど俺とずっといるわけじゃない。ちゃんと同学年、同じ学科で交友関係を築けている。
ならあとは卯月と講義が駄々被りしている今学期、俺が距離を取ればいいだけだ。
今は無理に和解を急ぐ必要はない。
顔を合わせづらいならチャットで、周りの目が気になるなら校外で。ゆっくりと関係の再構築を努めよう。
そう決断した時だった。
「…………」
「――――――っ」
気のせい……だよな?
卯月と目が合った。ほとんど講義室の端から端の距離、しかも人だらけのノーヒントで。
そう偶々、偶然こちらを向いただけ。
自意識過剰になるな天沢桃真。
俺は俺、卯月は卯月。
必要以上に干渉しない。それが俺たちの原初の関係だろ。
だから俺はもう気にしない。
**********
【あとがき】
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