第14話【胃袋を掴みます】

「フン♪ フフフフ、フ、フ、フンッ♪」


 カウンターキッチンからご機嫌な鼻歌が聴こえてくる。

 曲は最近ショート動画でよく使われる、自己肯定感が天元突破したぼっち女子をテーマにしたやつ。

 流行りとか疎そうに思っていたが、感性もここ数年で成長したらしい。

 なんて誰目線か自分でもわからない感想を脳内で述べる俺は、後輩の鼻歌をBGMにリビングでレポートと向き合っていた。

 

「何でそこまで楽しそうなのかね……」


 大学の帰りに卯月とスーパーに寄った際、ご飯を作ってくれるという卯月の申し出を、ありがたく二つ返事で答えたのがつい先日。

 作ってもらう手前、料理に使う食材代の折半……少し俺が多く出すのはもちろんであるが、足が早い野菜なんかを使ってもらえるのは嬉しい。

 1人暮らしを始めて、俄か知識で自炊すると最も陥りやすい失敗の1つ。それが食材を腐らせる。

 複数人でシェアハウスとするなら、各々の出費も抑えられるだろうし、食材を余すこともなく良いんだろうけどな。

 それはそれとして、ちょっと申し訳ないと思うこともあり……。


「本当に手伝わなくて良いのか?」


 書き終わったレポートから視線を外しキッチンへと声をかけると、卯月が鼻歌を中断させた。


「はい大丈夫ですよ」

「一応、邪魔にはならない程度には料理できるけど」

「でしたらセンパイの手料理はまた次の機会にご馳走して欲しいです」


 だ・か・ら、とのんびりした声で繋ぎ微笑み、


「今回センパイは、料理にノータッチで」

「なら待たせてもらう」


 柔らかい声色だが、頑なに手伝いを拒む卯月の胸中は読めない。

 もしかしたら運転中は性格が変わるみたいに、料理中はテンションがブチ上がるのかもしれないし、はたまた他言無用の一族秘伝のレシピがあるのかもしれない。

 それ以上どう考えても憶測の域をでることはない。

 なので、俺はこのことについての思考を意識の外へと追いやり、最近考えないようにしていた、だけど重要な議題へと着手する。

 

 それすなわち――――卯月からの謎のアプローチについて!


 この春、卯月が隣に越してきてからの彼女との交流、なにより今現在進行形での家に上がり込んでいる時点からして変じゃないか。

 非モテ男の痛々しい意識過剰? そんなことは百も承知に決まってんだろ。

 そりゃ誰だって、初めての土地で1人暮らしの不安でいっぱいの中、知人を見つけたら心強いし頼りたくもなる。それを特別な感情を向けられてるって曲解する気持ちも、まぁわからなくもない。

 しかしこと俺と卯月の間では1つ、前提条件が設けられている。


 約1年前、俺が卯月からの告白を断ったということ。


 あの時の決断を間違いとは思っていない。

 そんな迷いは、想いを伝えてくれたあの時の卯月を侮辱することに他ならないから。

 今の俺の意志も変わらない。

 見た目を大きく変えたことイメチェンくらいで、あの時卯月が向けてくれた好意を利用したくないから。

 そもそもあの時の答えは、卯月の見た目なんか一切考慮してなかったしな。

 だけど俺の意志がどれほど変わらなくても、当の卯月の心意を明確にしなければ、このまま煮え切らない状態が続いてしまう。

 俺なんかと一緒にいても卯月には、なんの生産性もない。

 そんな不毛な状況を卯月に強いてなるものか。

 故にどれだけ自分に都合が良く、気持ちの悪い勘違いであろうと、俺には今現在の卯月との関係をはっきりさせる必要があるのだ。


「だからってやっぱキモイな。ナルシストかよ」


 頭と胸が苦しくなってきた。

 やっぱ考えるのまた今度にしようかな。でもさすがにこれ以上ナアナア状況で、停滞させるわけいかないし……。

 パンッ! と自分の頬を張ってみた。


「せ、センパイ!?」

「気にすんな、なんでもない」


 想像よりデカい音が鳴って、卯月を驚かせてしまった。 

 ともあれ……良し。気合いが入ったのでもう1度だ。

 深い海底に潜るように、大きく息を吸い瞳を閉じる。

 

 卯月が今も俺に好意を持っている兆候……いや、そもそも卯月自身がアピールしていたヒントを出していた

 何よりまずオレ目線だと、卯月が積極的に俺に絡む理由が見えない。

 もし何もかもが見当はずれで、過去の遺恨、あるいは若気の至りを忘れてプラトニックな関係でよろしく、っていうことだったなら、俺が3日ほど寝込むだけの話。だから今は最悪の状況だけを想定する。

 大学の相談は別として、登下校や昼ご飯といったプライベートな時間でも卯月が相手をしてくれることから、卯月の好感度がマイナスに振り切っているわけではないだろう。むしろ高いくらい。

 それが特別な意味だと考察する要因は……やはり卯月が越してきた日、彼女の口から紡がれた一言。


 「――――私、1回フラれたくらいで諦めてあげませんから」


 これはもう匂わせとかそういうレベルじゃないだろ。これで察せないならソイツはいにしえの難聴系鈍感ラブコメ主人公だ。

 だが今の卯月と、去年最後に見た卯月の目が合致しない。

 今思い返しても気圧されるほどの剣呑な双眸。あの目をして何故まだ俺に好意を抱けるのだろうか。

 考えられるのは――――。


「センパーイ。できましたよー」


 意識の外から卯月の声が降って来た。

 思考は中断。今回はここまで……といっても、もう答えは出たも同然だ。あとはタイミングを見計らって答え合わせするのみ。

 目を開けると至近距離にある綺麗な瞳があった。

 卯月が覗き込んできていたのだ。


「おう……っ!?」

「どうかしました?」

「いやなにも……じゃないな。近い」

「だってセンパイ、何回呼んでも返事してくれなかったじゃないですか」

「それは俺が前面的に悪いけど、とにかく離れて」


 キッチンに消えていった卯月から「運んでくるので、片付けて置いてください」という指令を仰せつかったので、テーブルに広がったパソコンと教材を片しておく。

 ものの数分もしないうちに料理を両手に持った卯月が戻って来た。


「お待たせしました」

「これはまた……時間かかっただろう」


 炊き立ての白米に、まん丸いハンバーグと付け合わせの人参。汁物は色からしてコンソメなんだが、具が多くてスープなのかポトフなのかは定かじゃない。

 狭いテーブルの上に豪勢な夕食が並べられた。


「ホントはもうちょっとハンバーグのタネを寝かせて置きたかったんですけどね。ちょっと時間が足りなくて」

「大学あったのに、これだけ作ってくれたら十分過ぎるって」


 というかスッゲェ美味そう。早く食べたい。


「「いただきます」」


 2人揃って手を合わせてから食べ始める。

 最初に箸をつけるのはもちろん、ハンバーグ。

 卯月のハンバーグは一般的なものと比べると、ちょっと違った。完全な球……ではないんだけど、立体的な楕円というか。丸みを増したラグビーボールみたいな……デカい俵型。

 ファミレスとか出来合いだと平べったい楕円ばっかだし、家庭によって個性が表れるんだろう。

 ウチのはどんな形だっけ。

 1年以上食べていないウチのハンバーグを思い出しながら、箸で真っ二つに。


「肉汁凄いな」


 爆弾みたいな肉塊に箸を指した途端、中から肉汁が湯水の如く湧き出て来た。しかもハンバーグの外側はしっかりと焼かれているのに、簡単に箸で切れた。一般家庭で作れる域超えてないか?

 別器に用意されている、おそらくこれも手作りと思しきソースをハンバーグにかける。ウチも親がハンバーグソースに拘っていたけど、ケチャップや市販のデミグラスソースじゃないあたり、意識の高さが伺える。

 ふと視界の端に映る卯月の手が動いていないことに気付き、ハンバーグを口の前まで持ってきたところでお預け。顔を上げてみると、両肘ついた手で自分の頬を挟んだ卯月と目が合った。

 あ、コレ。俺が食べるまで見るやつだ。

 観念してパクリとハンバーグを1口。


「…………っ」


 口の中で肉が溶けた。いや、しっかり食い応えはあるのに嚥下したあと、全然重く感じなかった。

 

「美味い……マジで、凄い美味い」

「フフッ。センパイからの美味しい、頂きました」


 想像を遥かに超えたクオリティのモノが出されて語彙力が死んでる。

 なんというか、俺の好きな味だ。

 ここ最近は疎か、高校の時でも卯月と好きな食べ物の話なんてしたことない。したとしても、ここまでドンピシャな味付けするほど深くしてないはず。

 だというのに何だコレ!?

 郷愁を刺激されるというかお袋の味的な……人の手料理を食べるのが久しぶり過ぎたバイアスでも掛かってるのだろうか。

 んなこと些事だな。

 ご飯が進む進む。

 気が付いたら俺は白米のお代わりに席を立っていた。 

 ハンバーグがこんなにも美味いのにスープは肩透かし、などということは当然なくこちらも美味い。玉ねぎ、人参、ジャガイモ、どれも柔らかく優しい味。


「なんだか、こうしてると同棲してるみたいですね」


 俺が一通り箸を付けたことで、食べ始めていた卯月が不意にそんな冗談を言ってきた。

 その表情がホントに幸せそうで、可愛いと思ってしまい、一抹の罪悪感と気恥ずかしさが込み上げてくる。

 片目を閉じた卯月は、俺をからかうように、

 

「しちゃいます?」

「しねーよ」


 それはそれとしてご飯3杯目いただきます。



**********


【蛇足】

 

 卯月ちゃんの鼻歌の元ネタ。最近のショート動画で流れてこない……。


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

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