第13話【お友達ですか?】


 講義を苦に感じたことはほとんどない。

 もちろん全部が全部そうとは言わないが、大学の勉強は高校までの授業と比べて【学問】という感覚が薄いからじゃないだろうか。


 高校までは国、数、英、社、理を基盤とし、そこから現代文や古典、世界史、日本史といった如何にも勉強らしい教科ばかりであった一方、大学では倫理学や心理学などは有名どころ。目を惹くモノだと神話学やマンガ論、創作……果ては紅茶の世界なんて、頭に疑問符が浮かぶ様々な講義が開講されている。


 そういったコアな世界の求道者教師が熱弁を聞くのが、まるで自分の知らない世界を開いてくれているような感覚で面白い。


 そして今日もまた、教師の面白可笑しい世界の話だけで1コマが終わる。

 開いていたルーズリーフは、重要な所を箇条書きで数行書いた程度。しかし頭の中には講義内容が鮮明に刻まれている。この先生は【当たり】だ。来期以降もこの先生の講義は受けよう。

 講義が終わり、続々と学生が退室していく様を眺めながら、次のコマも同じ講義室で受講する俺はルーズリーフを入れ替えるだけに留める。

 スマホを点けるとメッセージが1件。

 卯月からだ。

 内容は『どこにいます?』というもの。

 次のコマは卯月も受講するので、せっかくなら一緒に受けようということだろう。ざっくりと座っている席の位置を伝えるのと同時、頭を後ろから鷲掴みされた。


「おっはよー桃真」

「……清水か」

「か、ってなんだよー」

「はいはい、おはよおはよ」


 振り返ると頭を鷲掴みにしてきた奴と視線が合う。

 後ろで結った長めの茶髪と、黒縁メガネが特徴的な男。手足はまるで枝のようで肩幅も狭い、細心痩躯を体現したかのような上に、高い身長のせいで余計にその細さに拍車がかかる。

 清水あおい

 最近SNSでやりとりはしていたものの、顔を合わすのは久しぶりの友人だ。


「お前もこの講義とってたんだな」

「それは僕のセリフだよ。桃真は社会学とか興味なさげだったじゃん」

「単位稼ぎだよ」


 大学には大きく分けて4つの講義がある。

 ゼミや基礎演習、情報基礎など絶対に受講しなければならない必修講義。

 資格取得のために必要な資格講義。

 3回生から受講できる専攻講義。

 どの学部、学年関わらず受講できる共通講義。

 これら4種の講義から卒業までに必要な単位数分、講義を受けなければならないのだが、いかんせん必修講義と自分の興味を優先した共通講義だけじゃ足りない。

 資格講義の中には卒業単位としてカウントされないモノもあるし、3回生……来年からは専攻講義が受講可能になるので焦る必要ない、といえばそうだけど、就活まで見据えるなら今のうちに稼いでおきたい。

 

「アレから酒飲んだ?」

「いや。無理に飲む必要ないかなって、買い物行っても買わず終いばっか」


 隣の席に腰掛けた清水と話している間に、講義室の学生は大方入れ替わり面子も大きく様変わりしている。

 さっきは若干男子の方が多かったのに、今は女子の方が圧倒的な割合を占めており、こういった傾向が生まれるのは、講義を選べる大学ならではの特徴だろう。

 と、教壇の前を通ってこちらに向ってくる卯月を見つけた。

 春らしい淡い桃色のワンピースの上に薄手のジャケットを纏い、髪も弄っている姿はすっかり女子大生していた。

 卯月も俺を視認したようで片手を軽く振る。

 

「あの子、桃真の知り合い?」

「そんなところ」

 

 手を上げて応じると、卯月の歩みが早くなる。

 

「おはようございます、センパイっ。そちらは……」


 卯月の視線が俺から清水へとスライドされる。

 その瞳には「どちら様?」という言外の疑問が十二分に含まれて……。

 そりゃそうだろうな。

 卯月目線だと、このインテリチャラ男清水は俺の友達と辛うじて察せられる程度。これは定番の「紹介するよ、こいつは――」的な役割を果たす時か。


「あっ、僕、2回生の清水葵って言います。彼……桃真と同じ学科なんだ」

「そうでしたか。そうかな? とは思っていたのですが、先輩に先に自己紹介させてすみません。私はこの春に入学しました、卯月麻衣と申します」


 俺の思慮を他所に、つつがなく自己紹介を済ますお二方。うん、2人ともコミュ障という訳じゃないから出来て当たり前ですよね。

 

「うっわ、すっごい礼儀正しい……」


 卯月の硬すぎるくらいの挨拶に、清水が感心の言葉を漏らす。

 高校の時から頭が良く、生徒会にも属していた卯月が礼儀正しいのを当たり前だと感じていたけど、改めて去年の自分が目上の先輩に同じように話せたかと訊かれると、目が逸れるだろう。

 と、自己紹介を終えた清水が信じられないものを見るような、疑心の色を含んだ顔でこちらを見ていた。何か猜疑的なものを感じる。


「桃真……まさかもう1年に手を……」

「ち・が・う」

 

 つーか「もう」ってなんだ「もう」って!

 あと卯月も黙ってないで反論してくれ。卯月に目で援護を求めるが、当の卯月は軽く肩を竦めるだけ。その、何とも口を大にして言えない理由がありそうな、肯定を匂わせるのやめて!


「こいつ……卯月とは高校が一緒なんだよ」

「私はセンパイの彼女かっこ予定かっこ閉じでも」

「って言ってるけど……」

「断じて違う。ちょっと高校の行事絡みで交流があっただけ」

「ふーん」


 今は同じマンション、しかも隣の部屋に住んでるなんて余計なこと言わない方がいいな。絶対からかわれる。

 というか「かっこ」を口に出して言うか普通……。

 始業のベルに救われ会話が中断。席をズラそうと動こうとする俺と清水を「私は後から来たので」と制し、卯月は反対側へ回り込み着席する。

 教室の内側から俺、清水、卯月という並び。


「卯月……さん? で良いのかな。何か桃真のことで困ってたらいつでも相談して」

「はい! 是非頼らせて頂きますね」

「あと桃真って無関心ですよーって顔して、これでも年下好きだから気を付けて」

「ほおぉ……。初耳です」

「俺も初耳だよ」

 

 俺の知らない俺の情報が出て来た。

 さすがに看過できず割って入ろうとするが、清水が身体でブロックして物理的に介入できない。


「センパイは年下好き……」

「そっ、だから酷いことされたらいつでも言って。僕が責任もって学生課と警察に突き出すから」


 何か悪だくみを閃いたかのように、吊り上げられた卯月の口端が悪寒を掻きたてる。

 偶然とはいえ、この2人を会わせてしまった失敗だったのだろうと思った頃には、手遅れだった。



**********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

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