第2話【再会できましたね】
ブロロロロロ……――――バタンッ!
ガチャ。
カツカツカツカツ。ゴトッ。
ガチャ。
ギシギシ。
ドスン!
カツカツカツカツ。
「ん、んんんん…………うるさい」
外から響く騒音に、ベッドの上で布団にくるまっていた俺は顔をしかめ、呻き声を零した。
こんな朝っぱらからうるさくしやがって。いったい何時だと思ってるんだ。
ガンガンと痛む頭を片手で押さえながら、もう片方の手をベッド横の小テーブルにある充電中のスマホへと伸ばす。電源を付けたスマホのデジタル時計が示したのは――午前11時13分。
普通に昼前だった。
「え? もうこんな時間なのか……」
スマホの画面を見て唖然とする。
春の暖かさにあてられたのか、あるいは初めて経験する類の頭痛で中々寝付けなかったが故か、俺は自分が思っている以上に寝過ぎていたらしい。
まっ、今日くらい良いか。
だから何だというんだ? と思考を切り替える。
今日はまだ4月の頭で大学は春休み期間中。特に用事もないので惰眠を貪っていても問題あるまい。スマホを小テーブルに戻し、カーテンから零れた陽光から逃れるように、俺は掛け布団を頭まで被った。
しかし中々寝付けない。
もう十分睡眠を取った……というのもあるが、何より外がうるさい。
外の音に耳を澄ませば、何やら「これはこっちでー」とか「重いから気を付けろよ」なんて声が聴こえてくる。何か運んでいるのだろうか。
そんな声と音も、意識がぼんやりとしていくに連れ、次第に気にならなくなってきた。
やっと寝れそ――――。
ピーンポーン。
「んあ?」
ピーンポーン。ピーンポーン。
玄関から聴こえたインターホンによって再び俺の睡眠は妨げられた。落ちかけていた意識が嫌でも浮上する。
明らかウチだよな……。
まだ完全には回ってない頭で訪問者の心当たりを漁る。
大家さん……じゃないとして。宅配は頼んでないし、大学の友人も何かあるならスマホに連絡してくるはず。だとしたら何だ? セールスとか宗教の勧誘とか? そんなんだったら出たくないなぁ。てかその可能性も低いか。ここ学生マンションだし。
となると、いよいよ来訪者の当てがないわけで……。
結局俺には“出る”以外の選択肢がなかった。
そうこうしているうちに3度目のインターホンが鳴らされる。
「はーい。今開けます」
よく鳴らし続けられるな。普通なら留守と諦めて日を改めそうなものを。
急を要する件か、もしくは執念だろうか。
とりあえず相手さんが帰るまでに出なくちゃ。ベッドから起き上がり自分の格好を確認する。
上は部屋着に使ってるヨレヨレのTシャツで、下も部屋着用の短パン。だらしなくはあるが人に見せられないほどでもない。寝相は良い方なので、頭を触ってみても髪の毛はそんなに跳ねてなかった。少し身体が怠いが、それは根性でカバー。
数歩で玄関に至ることが可能な超
果たして再三インターホンをプッシュする来訪者とご対面。
「――――――――っ」
扉を開けた瞬間、意図せず意味の無い息が
ビクンっ! と1度身震い。思考が停止し、ただただ目の前の人物に目を奪われる。
訪問者は若い女性……いや少女と表現する方が妥当か。ちょっとませた10代後半ともとれるし、
俺の目線より少し低い位置にある頭の頂点は、女性としてもやや小柄に部類されると思う。ミディアムくらいの髪は亜麻色で服装は至ってラフである。
上は無地のTシャツに、下は裾を折って
が、服装を確認したのなんて後の後。かのアイザック・ニュートンが発見した万乳引力すらオレの視線を引き寄せたのはほんの数瞬。
オレが身構えたのには別の理由があった。
結論から言えば顔だ。
こちらを真っすぐに見据える水色がかった双眸は大きく、だけど決して目力が強いわけでもない。高い鼻と笑みを象る艶やかに色付いた朱唇が相まって好印象を抱かせる。10人に聞けば7、8人は可愛いと即答するくらいの美女。
そんな美女の笑顔に、俺は悪寒以外の感情を抱くことができなかった。
――――見覚えがあった。
記憶にある知り合いの面影と少し……いや、顔どころ容姿も雰囲気もまるで違う。だがどうしても目の前に現れた女性と記憶が重なってしまう。
「えーっと……ウチに何か御用ですか?」
他人の空似というやつだろう。そう自分に言い聞かせるように悪寒を呑み込み、カラカラになった口でつつがない言葉を紡ぐ。
俺の問いかけに女性は一瞬キョトンっと、想定外とでもいいたげな表情を見せ、しかし次の瞬間には先刻以上に明るい笑顔で答えを返してきた。
「ついさっきお隣に引っ越してきました。
一気に顔面から血の気が引く。
高く
コイツは過去、俺と面識ある
世の中当たって欲しくない予感ほど当たってしまうものだ。
「卯月……」
「私のこと覚えていてくれたんですねセンパイ。1年ぶりだから忘れられてるのかもって、ちょっと不安でした」
彼女の姓を復唱すると、卯月はパンッと手を胸の前で合わせた。
「忘れてはなかったけど……なんというか、だいぶ変わったな。髪とか雰囲気とか。一瞬わかんなかった」
「それはまぁ、色々頑張りましたから私。一目で気づいてくれなかったのは心外ですけど、それくらい大変身を遂げたと考えれば良しとしましょう」
「お前、本当に卯月だよな?」
「だからそういってるじゃないですか。可愛い後輩を疑うなんてちょっと悲しいです」
「いやそんなキャラじゃなかっただろ」
本人がそう認めた今でも、記憶にある後輩と目の前にいる女性が合致しない。なんというか余りに乖離し過ぎている。男子三日合わざれば刮目して見よなんていうが、女子一年合わざれば刮目して見ても別人にしか見えない。疑いの念は晴れず、けど声とかはさすがに変わりないし……。
――なによりコイツが本当に高校時代に俺の後輩だった卯月なら、こうもフレンドリーに話しかけてくるだろうか。
微かに暗澹とした罪悪感が胸中に湧く。ここ最近は全く忘れていたのに。
そこで今さらながら、とある仮説が脳裏に浮上した。
「って、
「はいっ」
俺の問いに卯月は再びニコっと笑みを浮かべ――。
「この春から私もセンパイと同じ大学に通います」
**********
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
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