逃がしませんよ、センパイ

夜々

1歩目 お久しぶりです、センパイ

第1話 プロローグ【追憶:告白】

 


「センパイ、好きです」


 春を感じさせる暖かな風と柔らかい陽光が差す3月某日。

 3年間の学業を修めた200数名の若人たちの新たな門出が祝福された。

 桜舞う卒業式。

 濃密で楽しく、だけど思い返せば刹那にすら感じる思い出を胸に笑う男子。

 育んできた友情の尊さと別れに涙を流す女子。

 もう2度と聞くことのないであろう校長の長話も、ロクに顔すら知らない来賓紹介ですら心にジンとくるものがあった。


 2時間弱で式は幕を閉じ、卒業生たちはこの高校名物である満開の桜並木を歩き母校を巣立って行く。

 大学、専門学校、就職などなど……進路は違うが新たな未来へ向かう皆の顔は晴れやかだった。

 そんな彼ら彼女らとは裏腹に同じ卒業生である俺、天沢あまさわ桃真とうまの心は暗澹あんたんとしていた。

 

「ありがとう、気持ちは嬉しい。……けど、ごめん」


 一言目に感謝。

 続く二言目に謝罪。

 絞り出した声は自分でも驚くほど掠れたものだった。

 誰も彼もが今日の主役である卒業生を祝い、校門で花道を作っている中俺は、俺を生徒会室に呼んだ後輩からの告白を断った。


「そう……ですか」


 目の前の女子は視線を落としうなだれる。声のトーンは今まで聞いたことないくらい低く、そんな彼女の姿を視界に捉え、声が耳に伝わった瞬間後悔の念に押しつぶされそうになった。

 我ながら馬鹿だと自己嫌悪に陥る。

 俺を好きだと言ってくれた彼女は眉目秀麗。世辞抜きで校内一可愛いと断言できる我が校自慢の生徒会長。

 告られた回数は彼女が生徒会長に着任してからでも2桁に上るという。

 そんな高嶺の華だった彼女からの告白は、高校3年間色恋沙汰とは無縁のまま過ごしてきた俺にとって、まさに千載一遇の好機。

 今からでも遅くない。「冗談だよ。こちらこそよろしく」と言ってしまいそうになる。だが、弱い自分をなけなしの根性で律する。


 彼女は全校男子の憧れの存在。

 それ故に俺はがわからなかった。

 いや、彼女とは深い……とまではいかないが、浅からぬ仲なのでキッカケに心当たりがないこともない。


 ――――たぶんわかってないのは彼女の方なのだ。


 恋は盲目。“Love”と“Like”は違う。

 ありきたりな言葉だが、今まさに彼女はこの違いが判別出来ていないのだろう。

 彼女にとって俺が、この高校で初めて出逢った生徒だから印象に残っている。雛が最初に見たモノを親と認識するような、いわゆる刷り込みってやつだ。

 そうでなければ、ちょっと勉強ができるくらいしか取り柄がない俺なんかが彼女の恋愛対象になるわけがない。


「卯月にはもっと俺なんかより良い人がいるよ」

「センパイ……」


 だから俺は一生に1度であろう幸運を自ら手放す。

 俺じゃこの子に釣り合わない。

 品行方正、才色兼備で文武両道、オマケに教師生徒問わず人望も厚い彼女にはきっともっと良い出逢いがあって、この勘違いもいずれは彼女の中で笑い話になってくれることを切に祈って。


「じゃあな。余計なお世話だろうけど、頑張れよ」


 きびすを返し部屋を出る間際、最後に映った彼女の双眸は……気圧されるほど鋭くなっていた。

 親の仇とでも言わんばかりの瞳は、とてもじゃないが惚れた相手に向けるようなものではない。

 とても黒く、燃えるように熱い視線と殺気とすら錯覚する威圧感。

 それを正面から受け、俺が最初に起こした反応は――――嘲笑だった。

 愛が憎悪に変ずるのは容易く一瞬。

 どこかで読んだ本の言葉に激しく共感した。

 

「まぁ、卒業する俺にはもう関係ないか」


 生徒会室を出た俺は小さく呟き、遅ればせながら人が少なくなり始めた桜並木に向かった。
























 当時の俺は、あの瞳の意味を勘違いしていた。

 アレは、狙った獲物は絶対に逃がさない狩人……否。

 既に己が手中のモノだと主張する――――――捕食者の目だった。



**********



【お願い】


 2023年12月現在。

 本作は“カクヨムコンテスト9”にエントリーしています。

 良ければ1つでも☆を頂けると幸いですm(_ _"m)

 




【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

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