第2話

「……それから暫くして、私は訳あって旅をしなくちゃいけなくなったの。孤児施設に入ったとして、きっとついていけないと思ったから」

 そして、彼女は脚が片方しかない男性と出会ったらしい。その男性に娘と間違えられた彼女は、そこから先数年の旅路を男性と一緒に歩むことになった。

「小さい頃、私はがわからなかった。だから、全てを失った時に初めて理解した。もう手に入らないと思っていたことを、その人はもう一度与えてくれた。私にとっては、その人はまるで、本当の父親のように見えた……でも、その人もいなくなった。あの日と同じ、十二月二十五日の午前二時」

 ベイリーは海岸を見つめた。そしてそっと指を差した。私はその意味を、なんとなく理解してしまった。

「私は、きっと誰にも愛されないのね。だからこうして、ここにいるの。何回も何回も、夢を見るの。私がここから出て、どこかの国に出かけるの。そして、最愛の人を見つけて、結婚する。式場にパパとママと、あの人もいる、弟もいる、妹とお兄ちゃんも、私は好きな人と結婚して、子供が生まれて……生まれなくても、幸せに笑って、生活する。叶いっこないのに、望んでしまう」

 彼女は苦笑した。愛されない子供はこの世界に存在しないって、嘘なのだと。まるで、何回も生まれ変わり、死に続け、本当の愛を知らないままのように見えた。


「私は人を待っている、きっともう二度と会えない人。私がどこまで深く潜っても、その人はいないの」

 気力が失せた私は、無言で道具を片付けていた。彼女の話を聞いていたら、なんだか自分がちっぽけな存在に見えてきた。

「私はここから出られない、私は外に行くことはおろか、天国にも地獄にも行けない。すなわち、あの世にもいけないの。貴方は知ってるはず、貴方は私を見たことがあるもの」

 私は、下まで降りて地平線を眺めていた。ベイリーは痣だらけの足で海の中へ、そして奥の方へと歩いていくだけだった。


「ねぇ、貴方はどうして絵を描いたの? 」

 ベイリーはもう一度、私に問いかけてきた。

「私は絵を描きたかったの。学校の先生にもなりたかったの、ヴァイオリンも弾いてみたかった、でも無駄ね。貴方の次は私よ、私たちは交代するの。貴方がいなくなるように、貴方がいなくなると私が貴方の代わりになるように」

 ふと、私は彼女の腕を掴んだ。力を少しでも入れてしまえば、きっとすぐに壊れるような感覚があった。

「優しいのね、貴方はだったのね。ごめんね、私は貴方のように優しくはなれないの、きっと私は死なないの、理解している。ここは夢だからね」

 ――ガラン、ガランと物音がした。私は勝手に、口が動いていた。

「君が私を愛するように、私も君を愛する。君が全てを語るように、私は君の全てを隠す。その真実を隠したいというのが君の本音で、その真実を一人で隠せないのが君の悩みだ」

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