深淵ニテ君ヲ待ツ
華夢
第1話
十二月二十四日、午前十時。私は暇だからと、最寄りの海岸をスケッチしに向かったのだ。目的地にたどり着いて、いざ描こうと画材の準備をしていると、どこからか見知らぬ顔した女の子が私の隣に座っていた。
黒く長い髪に赤い色が混じっていた。彼女は深く青いパーカーを見に纏い、私と同じく海岸を眺めていた。そうして、次に私の方を見て、なぜ描かないのかと問い詰めてくる。そこで漸く、私は彼女に「邪魔だから退くように」と注意したのだ。
「私が退いても何も変わらない。私は貴方の隣に座っているだけで、迷惑一つかけちゃいない。私は貴方の絵を見たい、それだけなの」
女の子はその場から離れようとしなかった。だから、私は彼女を見えないふりして制作に取り掛かった。
青い絵の具を混ぜ、色を伸ばす。暇な時、私はいつも何かを作って時間を弄んでいた。しかしその中で、唯一達成感を得られたのは絵画だった。スケッチだけでは物足りず、結局絵の具まで準備したのはそれが理由でもある。
「ねぇ、君の絵は誰が見るの? 誰も見ないのに絵を描くの? 」
「私が見るんだ。その為に描いている、それに誰も見ないからといって、描かない理由にはならない」
女の子は冷たく返事をしただけで、つまらないと顔に書いてある状態で、足先を指で触っていた。女の子の足は痣が目立ち、よく見ると首にも絞められたような痕が色濃く残っていた。
「貴方、黙々と絵を描くだけじゃつまらないでしょう? 」
女の子は、私が返事をしなくとも勝手に話を続けていた。そして、彼女はいつの間にか昔話を語り始めていた。
――彼女は十二月二十五日に、裕福な名家の娘として生まれたらしい。その際、大きなハンデを持って生まれた彼女は物心がついてもほとんどの時間を入院生活で消費していた。
彼女は生まれた頃から、知らない誰かがいつも隣にいたと言う。それは姿がよく似ている、性格の違う誰かだった。後に彼女は解離性同一性障害……所謂、多重人格に分類される存在であることに気付き、それぞれに名前をつけたらしい。
彼女の中でリーダー格を担う人格を、裁断者の意を込めて
ベイリーには二人の兄がいた。そしてそのうちの一人は、何かに取り憑かれるように彼女を傷つけては自傷を繰り返すような、不思議な青年であった。
ベイリーにとって、兄というのは恐怖の象徴でしかないはずだと私は思っていた。しかし意外にも、彼女が語る兄とやらは首を絞めるほどに優しい人であるとイカれたことを言い出すのだ。彼女は首を絞める兄を、誰よりも優しいと錯覚しているようだった。
「私はずっとひとりなの。ここから先にはどこにも行けない、十二月二十五日、午前二時に時間があった。私は傍観者で、何一つできやしなかった。その罰なのね」
ベイリーが小学生の頃、彼女にとって一生起きてほしくはない最悪な時間が訪れたという。それについては、彼女は何一つ答えてはくれなかった。その代わりに、ペンダントを見つめて「形見」とだけ呟いていた。
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