【第一章】/第五話
「見せろ」
「え? 」
「腕、見せてみろ」
彼は慌てて私の腕を掴み、傷口をじっと見つめた。血はもう流れていない、然し、痛々しい文字列はしっかりと浮き出たまま。
「ねぇ
そんな彼を嘲笑うかのように、神様は「でもね」と付け加えた。
「君に与えられた贈物は人の傷を治すものじゃない。知ってるだろ? だからお前は誰も助けられないって。ねぇ、だって執行人さんの記憶も取り戻せないし、君の大切な家族も……あ、言わない方がいいか? ごめんごめん」
神様は全て見透かしているかのような声色だった。まるでアインが怒り、反撃するのを待っているかのように。
「アイン、駄目。落ち着いて」
不意に、私の口から溢れた言葉だった。彼は唇を噛み締め、私の頭を撫でていた。
「まだ理性は残ってたんだぁ、意外だねー……二人で一人なのは知ってたけど」
「二人で一人……? 」
それはどう言う意味なのか、問いかけようとした時には既にその姿は見えなかった。手品のように、ほんの少し……否、目すら離していないのに。空気の層の中に紛れ込んだかのように、神様がその場にいたと言う事実はなかったかのように……そこには何も無かった。
「……あ、あれ……? 」
よくよく見ると、腕の傷も消えている。アインの方を振り向いたら、彼はまた、無愛想に冷たい言葉を吐き散らすだけだった。
「さっさと上がれよ」
「……アイン、贈物が二つあるって、どう言うこと? 私も仕事を持って生まれたの? 」
――彼は、私の質問に何一つ答えてくれなかった。
濡れた体を拭いてる間も、傷痕らしきものは見当たらない。少なくとも、つい先ほど付けられた傷は。
「幻覚……なのか? 浴槽で眠って……否、それは違う……アインも見えてた……どうして……――」
ネグリジェに袖を通した時、その傷は再び、薄らと姿を露わにした。痛みは感じない、血も流れない。瘡蓋のようなものが浮き出ていた。
文字は変わり、Liebe……つまり、ドイツ語で愛を意味する言葉だった。
「……意味がわからない、疲れてるのかな……」
ただの疲労による幻覚、それだけならいいの、それだけなら……――。
それだけなら……? 嗚呼、私は何を考えていたのだろうか。
「早く着替えなきゃ」
――次の人が待っているのだから。
グレーテル怪奇譚 華夢 @kyouka0711
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