【第一章】/第四話
湯を体に当てると、少しピリピリとした感覚が残った。何だろうか、と見つめると先程は無かったはずの切り傷が新しく生まれ、赤い水が細く流れていた。
「切ったのかな……身に覚え無いけど……」
お風呂から上がったら
腕に何かが這いずるような、まるで蛇が乗っているかのような気色悪い感覚に襲われた。そして、腕から漂う鉄の匂い……皮膚が裂かれ、文字が刻まれている。しかし、浴槽の色は血が滴っても赤く染まることはなかった。
「Erin……nerungen……? 」
出てきた文字は「Erinnerungen an den Tod」、私は何故かそれがどこの国で使われてる言葉で、どういう意味を持つのか瞬時に理解できた。
「ここ……私、普通に話してたけど……もしかして――」
「あー、執行人さん。ダメだよ傷つけちゃ」
今まで一度も聞いたことのない声だった。浴槽の中ではない、外から聞こえる。しかもすぐそばに……しかし、扉が開くような音は一切しなかった。
「誰……? 何でここにいるの? 」
その人物は十代の子供のような姿をしていて、綺麗な白髪の中にエメラルドとビビットピンクのもみあげがチラリと見え隠れしていた。
くしゃりと猫のように笑う姿は幼い子供そのもので、「神様だからね」と得意げに話していた。
「神様……神様なの? どうして? 」
「どうしても何も、ボクは神様なのさ。この世界ではそうやって決まってるんだ」
世界、世界とその子は言った。もしかしたら、私のことも何か知っているのではないだろうか、私は腕の傷を見せながらその神様に質問した。
「ねぇ、さっき私を執行人さんと呼んだよね? どうしてなの、他の人はフォルとかベイリーとか、違う名前で呼んでるし……それに、この腕の傷……さっき出てきたのよ。前まで無かった、お風呂に入る前から無かった、これは何? ここはドイツなの? 私はどうして記憶をなくしてるの? 」
神様は質問は一つにしてくれとうんざりした顔で溢していた。
「執行人さんって呼ぶのはボクの勝手でしょ? ルールには則ってるしね、傷もさ。君が無意識につけた物でしょ、違う? 」
「……無意識……? 」
「うん。だって執行人さん、役割も立場も両方持ってるでしょ? 贈物は二つあるよ、選ばれてるんだから」
選ばれてる、贈物、アインも似たようなことを言っていた。私は二つ持っている? 私もそういう、お仕事を持って生まれた存在なのだろうか。
「まぁ、別に良いじゃん。自分の贈物で作った傷ならそのうち治るんじゃない? ボクは知らないけどさ……あ、そうか。記憶無いんだっけ、それじゃあ治らないかもね。治し方知らないもんね、アハハ! 」
笑い事ではないのに、しかし神様は声高らかに腹を抱えて笑っていた。
「……おい、騒がしいぞ」
乱雑に扉が開く音がした。彼は自分がまだお風呂に入れない事に対して苛立ってるようで、早くしろと捲し立てていた。
ただ、私の腕が視界に入った時、彼は初めてギョッとしたような顔色を見せた。
――彼には、私の傷が見えていたのだ。
浴槽の色も変わらない、存在していないような傷口が。
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