【第一章】/第三話

 話は終わったのか、私は近くにある本棚から適当に本を漁り始める。色んな本がある、その中にチラリと混じって、赤みかかった表紙が見える。その本は誰かの日記のようで、好奇心に負けてペラペラとページを捲った。

 刹那、頭の中をノイズが走り、その紙はただの白紙のように見える。意味がわからない、謎の恐怖心だけが満ちていく。

「どうした、なんかあったか? 」

 彼のその声でハッと我に帰った。何でもない、何故か私は先ほどのことを知られたくなかった。本を後ろ手に隠し、そして確信した。あの本を読んで、ノイズが走ったのは私だけなのだと。

 あの本、日記であることはわかったけど、誰が書いたのかまではわからなかった。所有者の名前を読み解こうにもできなくて、文字がぼやけているみたいだった。

 私は代わりに、全く別の本を読み漁っていた。ぼんやりと、何も考えないように。

 その光景を見ていた彼の表情は、全くと言っていいほど変化がない。少しは心配してくれてもいいんじゃないだろうか、そう思えてしまう。

「……」

 彼は終始、本当に、文字通り、眉一つ動くことは無かった。彼のお兄さんが私たちを食事に呼んでもそれは相変わらずだった。


「ほら、今日はフォルの好きなもの作ったんだ」

「好き……? 」

「フォルはこう言うの好きだったんだよ。食べれば思い出すって」

 スープとかお肉とか、色々あった。そのどれもが美味しかったけど、特別に美味しいとか、そう言うものでは無かった。

「うーん……思い出せない? 」

「美味しいです、凄く……ただ、それは好物だから美味しいのか否か、わからないのです」

 失礼なことを言ってしまっただろうか。それでも相手はそのうちゆっくり思い出すよ、と流してくれた。


 食事が終わると、片付けの手伝いをしようとしても大丈夫だと言われてしまった。やることも無くどうしようかと悩んでいたら、風呂に入ればと彼の冷たい声がした。

「お風呂? 」

「風呂。ここ、一応お前の家でもあるし」

 その言葉に甘えて、それなら湯船に浸かろうかと風呂場に向かった。脱衣所で服を脱ぎ、自分の体に赤い線が沢山入っていることに気づいた。

 これはリスカの痕だろうか、でもどうして? 全く身に覚えはない、以前の私は自傷癖でもあったのだろうか。

「……でも、新しい傷口はないみたい」

 その傷の殆どが、昔ついた傷の瘡蓋かさぶたのようなものだった。

 おぞましいものを見たとしても、今はもうしていないから大丈夫だろう。そんな浅はかなことを考えていた。

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