【第一章】/第二話

 暫く家の中を歩き回ると、少し良い匂いがした。何かを焼いたりするような音、覗いてみると金髪の人物が台所らしき場所に立っていた。

「兄貴が気になんの? 」

 彼は後ろから声をかけ、その人物について教えてくれた。その人は彼のお兄さんらしい、腹違いではあるけど。

 料理上手で、私の面倒を見てくれるのだとか。

 その人は赤い目をしてて、くるりとこっちを振り返ると活気あふれる笑みを浮かべていた。気づかなかったよ、おかえり。その声だけが聞こえてきた。

「覚えてないかな? 無理もないか、オレはアリウムだよ。そこにいる愛想が悪い奴は弟」

「それはもう伝えた。兄貴は一言余計」

 彼は本当のことじゃないかと揶揄うように答えた。そう言えば、彼の名前はなんだったろうか、弟の名前。あまりうまく思い出せない。

「……俺? 」

「そう。私、貴方の名前を聞いたか覚えてないの」

 彼は私の方を見なかった。よそを見て、何かを考えているようだった。

「――アイン、今使ってるのはその名前」

「使ってる? 」

「名前とか、そういうのはいろいろあるんだよ……めんどくせぇ。兄貴、飯できたら教えて」

 彼は私の腕を無理やり掴んで、雑に階段を上がっていく。二階にもいろんな部屋があったけど、そのうちの一室……まるで、寸前まで誰かが存在していたかのような雰囲気の部屋があった。彼はそれを通り過ぎて、さらに奥の部屋に私を連れて行った。

「お前は本当に何も覚えてないんだな」

「覚えてない」

「立場とか役割とか、そういうのも? 」

「なぁに、それ」

 舌打ちをして教えてくれた。ややこしいようだが、簡単に説明すると、その立場とか役割とか、それは所謂お仕事みたいなものらしい。

 この世界には、偶にそういうお仕事や異名を持つ存在が生まれる。その人たちには生まれつきだったり、異名を与えられたことで開花する不思議な異能力があるらしい。それは贈物ギフトと呼ばれていて、彼はそのうちの一つ、を持っているのだとか。

「魔法みたいね」

「魔法だろ」

「私も何か使えるのかしら」

「……さぁ。こういうのは、才能とか云々以前に運命的なものだから」

 願っていても、才能があっても、能力を持たない人もいる。才能はない、願ってもない、それなのに望まない力を持っている人もいる、そういう世界なんだとか。


「能力っつーのは、やっぱりいくら持ってても内容によっては要らないなって思うものがある。デメリットもあるし、それともっと大切なこと。この世界には死人がいない」

「死人がいない? ゾンビしかいないの? 」

「死ぬ人間と、死なない人間に分かれてる」

 どこで分かれているのか、詳しいことはいまだに不明のままらしい。それでも、アインは私の目を見て何度も何度も、しつこいくらいに言い放った。

「俺は、目の前で首を切られた奴が翌日になれば何事もなかったかのように俺の方を見て、話しかけられてきたことがある。馬鹿みたいかもしれねぇが、そういう現実をお前は後に体験する」

「体験したらどうなるの? 」

「それはお前次第だろう、お前は何も感じないかもしれないし驚くかもしれないがな。一番の理想は、何も感じないことだろうけど」

 無関心であればこそ、救われる日もある……それがアインの考え方のようにも感じ取れた。

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