第19話 男子生徒に迫られる

「あの人誰?」


教室に入った途端、こそこそと声がする。


私の髪は薄い金色。目は青。これまで学園の誰も見た人はいない。ロジャー様以外。


「おはようございます」


いつもと同じように、物柔らかな調子で、私は、皆様に声をかけた。


「……………」


皆、黙ってしまった。誰だろうと言う表情が浮かんでいる。


ここまでわからないと言うのは、なんだかショックだった。




アリシア様も最初、それはそれは驚いていた。


怪しむように、ためすがめつ私を念入りに眺め、尋ねた。


「ごめんなさい。お知り合いでしたかしら?」


「あの……この古着に見覚え、ございません?」


はっとした彼女の目は、ものすごく大きく見開かれた。


そして、おそるおそる尋ねた。


「ル、ルイズ?」


「アリシア様っ ルイズでございます!」


私はアリシア様に抱き付かんばかりになった。


だって、みんな遠巻きにばかりして、すごく不審そうなのですもの! 話しかけても、ホホホとか言って逃げていくのですもの!


ルイズでございますと、ちゃんと名乗ったと言うのに、みんな、信じられないらしい。どうして?


「あの、どうして、みんなあんな反応なのでしょう?」


アリシア様は、なんとも言えない、あきらめたような笑いを口元に浮かべた。


「思ってたのと違いすぎるのよ」


「え?」


「そうなの。平民の娘だと思っていたし、なんとなくだけど、器量がいいとは思っていなかった。でも、違った」


私はほっとして微笑んだ。


「それは慣れの問題でございましょう。ルイズの中身は変わらないのですから」


アリシア様は、ちょっと賛成しかねるような微笑みを浮かべた。


「中身が変わらなくても……本当に思っていたような顔ではないのよ。みんな、平民の使用人らしい顔立ちを予想していたと思うの。まるで、そんな顔では無いのですもの」


「ど、どんな顔なのでしょうか?」


自分の顔立ちについて、深く考えたことがなかった。例えば、他人にどんな印象を与えるのかとか。


アリシア様は長いこと考えて、ついにこう言った。


「大事にされてきた顔なのよ。とても。侍女仕事をして、安っぽく自分を扱ってきたけど、誰にも教えられない優雅な品の良さが出てきている顔なのよ。ずっとなんの苦労もなかったかのような」


「褒めてくださっているのですか?」


私、そんなものとは無縁の生活を送ってきたのですけれど。


散々、苦労してきましたわ、ここ二年ほどですけれど。


アリシア様は苦笑した。


「本当にそうよね。だって、服にも困っているのに」


「そうですわ! アリシア様が恵んでくださらなかったら、着るものにも不自由しているのですから! 私」


「まあ、中身が変わったわけではないから、きっとみんな元通りになると思うわ」


だが、アリシア様は、付け加えた。


「でも、はっきり言ってしまえば、器量が良くないかもしれないと言う予想をものすごく裏切ったのね。あなたのは、とてもきれいな顔立ちなのよ。二度見するような顔なの。うーん、なにか騒ぎになる予感がするわ」



確かにみんな一度顔を覚え直すと、以前と同様に親しくしてくれた。


私も誠心誠意、以前同様ちょっとした用事をしたり、お使いをしてお金をいただいたり、そのうち皆慣れてしまった。


ただ、何かの折に、ハッと顔を二度見されることは、どうしても残ってしまったけれど。




私は自宅ではまだカツラとメガネを取っていなかった。


どうしてだか、義母とマジョリカは、私の素顔が学園で知られることを恐れているらしい。

カツラとメガネを取ることは言いつけにそむくことだ。

マジョリカの怪力を忘れたわけではない。


自邸でカツラとメガネを取る前に、今のこの顔と髪を、学園の生徒に覚えてもらいたいのだ。


カツラを家でとってしまって、もうかぶらないと言ったら、何をされるかわからない。


私がケガをしたり、毛を刈り取られた時は、学園の生徒たちが証人だ。以前は、そんな姿でなかったと。




だが、女子生徒はそれで済んだけれど、男子生徒はそれでは済まなかった。


私は、ある日の帰り道、校門を出ようとしたところで、三年生の大柄な男子生徒二、三人に声をかけられた。


「そこの平民の娘!」


びっくりして振り返ると、いきなり腕を取られた。

にんまりと笑ったその顔はとても恐ろしく見えた。


「可愛い子だな。ちょっと付き合わないか?」


「何に? 何にですか?」


「何をとぼけて。わかってるだろう。こんないい話はないぞ。俺たちは、貴族なんだ。平民じゃない。立派なものさ。家にはメイドがいて、執事がいる。料理番がいて三食黙っていても、作ってくれる。贅沢し放題だ。俺たちにかわいがられるだなんて光栄だぞ? だから、大人しく言う通りにするんだ」


そんなもの、うちにもいるわ! 贅沢とは呼ばないわ! 義母がクビにしちゃったけど。


「放してください!」


「お、抵抗する気か? こんな小さいのに? 逆に可愛いな。俺たちは貴族だ。貧乏平民が逆らえるとでも思ってるのか」


大柄でよく太ったその三年生は、ニタリとよだれが垂れそうな笑顔を向けた。


顔が引きつるのを覚えた。どうしたらいいのかわからない。悲鳴を上げたらいいの? 



学園の中に女子生徒の知り合いが大勢いてよかった。遠くからめざとく私を見つけた人がいた。彼女は大声で叫んでくれた。


「ルイズ! どうしたの?」


彼女はアリシア様のお仲間で、子爵家の令嬢だった。一瞬で、状況を悟って、大きな声で呼びかけてくれた。


「あなた方は何をしているの?」


彼女が強い目で見ると、その男子生徒たちは逃げていった。その男子生徒たちは、自分たちは貴族だと威張いばっていたが、大した家でないのは明らかだった。子爵令嬢に証人になられては、困ったことになるはずだった。



「ダメね」


彼女は、私をしっかり捕まえると心配そうな目をして言った。


「以前はカツラとメガネがあった。誰もこんなことをしなかったけど、あなたがとてもかわいいものだから、平民だとあなどって、好きにできると勘違いしたのかもしれないわ」


とても怖かった。こんなことが起きるとは思っていなかった。

私はふるふる震えていた。



この話は、エドワード様を通じてロジャー様の耳に入った。




ものすごく怒っているのを、なんとか意志の力でねじ伏せているような顔つきのロジャー様が出現した。


なんだか怖いので、その顔はやめてほしい。


「帰りを必ず送るよ」


なにか岩でも居座っているかのような、断固とした口調だった。


「ダメですわ!」


私は叫んだ。


「カツラとメガネをかぶって帰ります。ロジャー様には婚約者がおられます。こんな平民の娘を送って行ったりしてはいけません」


「ダメだ。生徒はみんな、あなたの顔を覚えてしまった。男子生徒の間では噂になっている」


ロジャー様は、硬い表情で言った。


「平民の娘なんか、みな相手にしない。手を出そうものなら食いつかれることがわかっている」


「食いつかれる?」


「あなたにはわからないだろう。そんな考えで来ている平民の娘もいる。多くは必死で勉強しているが。でも、あなたはきれい過ぎるんだ」


きれい……


ロジャー様に言われて、私は混乱してしまった。


「きれい?」


「ああ!」


ロジャー様は不機嫌そうに断言すると、前にも言ったことがあるセリフを、もう一度言った。


「何も出来ないんだ、僕は!」


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