第18話 魔法力発現!

そうして一週間たったころ、私はリンカン先生から呼び出しを受けた。


あの不愛想な先生が、私に何の用事があるのだろう。


呪文が見つかったのかなと、私はちょっぴり恐れた。


そうしたら、もう、ロジャー様と会う口実はなくなってしまう。



聖堂へ行くと、先生はいつもの席に陣取っていた。


だが、今日は不機嫌そうと言うより、ちょっと不安そうだった。



「ルイズ、実は、私は君に間違いを教えていたことに気がついたんだ」


「はい?」


「いやー、申し訳ない。図書館で呪文を探せだなんて言っちゃって」


「え?」


「ごめんね、ここに書いてあった」


そう言うと、先生は大事そうに古い本を取り出してきた。


「私は毛の生える魔法については、こう見えても研究を重ねていてね。大概の本は収集してきた。今回は毛を育てる方の魔法だと君に指摘されて、少々毛色が違うなと思ってしまったんだが……」


「…………」


どう見ても、研究を重ねそうに見えますが。


私は、アリシア様とエドワード様、ロジャー様に、申し訳ない感で一杯になった。


「あれ、呪文じゃなかった。それで、お願いなんだけど……」


先生は帽子をするりと脱ぐと、自分の頭を指して言った。


でてみて」


「え、いやです」


先生の頭なんか触りたくない。


「毛が生えますように!って言って、撫でてください! お願いします!」


「それ、呪文なんですか?」


「伸びてほしい相手の部分に実際に触れて、心を込めて発音すれば、魔力が伝わるらしい。呪文じゃないけど、お願い!」


私は目をつぶった。


「声に出して! 心を込めて! 一声入魂!」


なんなの? これ。


それに先生の頭の毛に入魂(魂を込めろ!)って、なんだか嫌……魂がかわいそう。


「け、毛が生えますように!」


私は先生の頭に手を触れながら叫んだ。なんか、いやー。先生の生頭、あったかいし。


パッと目を開けると、恐ろしいことに、ツルピカだった先生の頭が何かフワフワしたものに覆われてきた。


「すみません、ルイズさん、もう一声!」


「毛が生えますように!」


フワフワしたものは色付いてきて、茶色っぽくなってきた。


「もうちょっとお願いします! ルイズ様!」


「毛が生えますように!」


叫ぶのがこんなに疲れるだなんて思ったことがなかった。


先生に懇願されるまま、人気のない聖堂で私は「毛が生えますように!」と何度も叫んだ。私はヘトヘトになり、先生の方はフサフサになった。


「あー、そうだった。昔はこんな感じだったよ。でも、今は白髪が混ざってる。でも、それも渋くていいな!」


先生は用意した鏡に向かって、頭を眺めた。よほど嬉しかったのか、ほおゆるめてフッと笑い、私はゲンナリした。


「ごめんよ。昨夜、これを見ていて気が付いたんだ。呪文じゃなかった。『育む力は、念を込めて、そして対象物に直接触れることで、力が数倍まで高まる』。この通り」


手にした本のページを指し示してそう言うと、先生はキラッキラした笑顔を向けた。


普段は、この上なく愛想が悪く、生徒が何か不味まずい事件でも起こすんのじゃないかと疑っているような表情なのに。


「先生、ずっと若返りましたね」


私は思わずつぶやいた。


「そうだろ!」


先生は叫んで頭をでたが、そっちじゃない。


ニコニコ笑って、目をキラキラさせてたら、毛なんかどうだっていい。


先生は、すぐに私が床の上でヘタっていることに気づいた。


「ああ、申し訳ない! ルイズ嬢」


ルイズ嬢?


「すごい力だ。力を使っただろう。私だって、こんなにフサフサになれるなんて期待していなかった。もしかして、こけでも生えてくれたらと思ってたんだけど、君は本当にすごいね。ものすごい魔法力だ」


先生は興奮しているらしく、早口で私を絶賛した。

なんだか、褒められてもちっとも嬉しくないんだけど。


「私はオースティン将軍の下で働いていたことがあって、その時、将軍のお嬢様にお目にかかったことがある」


私はドキリとした。


「君と同じ名前の、まだ小さい子どもだった。私は会った途端、この子なら、私の毛を復活させてくれる力があるかもしれないと分かった」


「そうなのですか……」


鏡の前でポーズを取りながら、先生は続けた。


「去年、大きくなったオースティン嬢の魔力検査をしたけど、そんな力は無くなっていた。ガッカリしたよ。おかしなこともあるものだ。でも、ルイズ嬢、あなたが代わりに入学してきた。よかったよ。毛生えの本をずっと集めて待っていたのだ。正解は毛を伸ばす魔法だったんだね」


私は目を丸くした。


「疲れたろう。倒れないで、座り込んでるだけだなんて、君の魔法力はすごいよ。自信を持っていい」


「じゃあ、私の髪も……」


「もちろん、伸びる。でも、今日はやめた方がいい」


先生は、妙にきっぱり言った。


「なぜっ?」


「魔法力の使いすぎ」


「えっ?」


「だめです。毛根から生やしてくれてありがとう。こんなことが出来るなんて、すごい魔法力の持ち主だ。でも、ここに書いてある」


先生が指した本には、読みにくい手書きで、育てる魔法について色々書いてあった。


『慈しみ育てる魔法力は、応用の効く希少な魔法。実物に触れれば百倍の、触れずとも相応の効果上がる。結果を明らかに念じて初めて効果あり。結果が現状と離れるほど術者に負担を強いる。適宜休養を挟むべし』


「ね? 毛根もない頭をフサフサにするのには、きっと力がすごく必要だったと思う」


私の魔法力で、なんで先生の毛を生やさなくちゃいけなかったのか。しかもそこまで一挙にフサフサに?


そっちより、自分の髪の毛を優先させてほしい。私の切実な感想だった。




私は頭をめぐらした。


この話が広まったら、私は、頭がつるピカの老年貴族に取り囲まれてしまうかもしれない。


「先生、また禿げ上がったらどうするんですか?」


「えっ?」


先生は目を私に向けたまま、とっさに大事な毛を押さえた。


「今日は魔法で強制的に毛を生やしましたけど、元々、先生の頭に毛を生やす力はない。いつかは、また禿げます」


「なんて不吉な予言……そうかもしれん。でも、君がいれば、別におそれるに足らない……」


先生の口をふさぐ必要がある。黙ってて欲しいものだわ。


「私の魔法力には、限界があります。十人も二十人も毛を生やしたら、それだけの魔法力を消費して、私は干上がってしまいます」


「そ、それは…確かに」


「黙っていてくれないと、私は困ったことになります。力を使い果たして、先生の毛を、二度と生やすことができなくなってしまうかも」


「それは困る。それは……」


「それと、これだけの魔法力を利用したなら、お金を払ってください。私は貧乏なんです。お昼代にも困っています」


「え?」


今度のえ?は、本気の「え?」だった。


「そうか。特待生だったね。平民だったな。忘れてしまっていた。平民とは思えない膨大な魔法量だ」


今後とも毛を生やしたままでいたい先生から、私はしっかりお金をむしりとり、絶対に黙っている約束を取り付けた。


今後、毛生え魔法の持ち主だなんて呼ばれるのは、絶対、嫌だもの。




私は屋根裏部屋で、自分の頭に手を当てて、念じた。


「毛が伸びますように!」


なんだか、頭がもぞもぞする。

おそるおそる鏡を見た。


なんと! 髪は五センチくらい伸びたらしかった。


全部の部分が十センチくらいの長さになった。


見た目は不揃いでおかしかったが、いける! ほんとに伸びるんだ! 嘘みたい。


リンカン先生の毛を育成したのは、手から元気を吸い取られる感触があったし、先生の頭の感触が、フワフワになったりモニョモニョになったりで、どうも気持ちが悪かった。


だけど、あれはすごく自信につながった。


「やれば出来る!」


そう。やれば出来る。

やらないと、出来ない。


私は屋根裏の天井向かって叫んだ。


今回はたまたま髪の毛だったけど、可能性は広がった。


「やったわ……」


涙があふれてきた。


疲れるので、そんなに簡単に毛を伸ばすことはできない。

だけど、肩より十センチくらい長くなれば、髪は結える。


義姉と義母とマジョリカのことは、相変わらずとても怖かったけど、髪さえ伸びれば、カツラとメガネを外して、私はただの平民の娘になるのだ!


そして、あんな変な格好さえしないで済めば、ロジャー様との未来にも、ほんのわずか希望が見えてくるかもしれない。

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