第20話 婚約者のいる男に媚び売るあざと平民娘爆誕

とある噂が、あっという間に広がった。


可愛らしい、庇護欲をそそる平民の娘にロジャー様が夢中になっていると。

そして、数人の男子生徒も彼女の魅力に取りかれていると。


ロジャー様は女子生徒に人気があった。


整った目鼻立ちのほか、あれほどの火の魔法の使い手は不世出とまで言われていた。素晴らしい武官になるだろうと、将来を嘱望しょくぼうされていた。


その人物が婚約者と不仲で、末端の貴族の娘ですらない、平民の娘に入れあげていると言う。




「そう言えばありましたね、そんな噂」


私はアリシア様相手にうなずいた。


「それだけ聞くと、誰でも、婚約者の方の味方になりたくなると思うわ」


「私もそう思います」


婚約者(義姉のアンナ)と不仲なのは事実だったが、平民の娘と仲がいいと言うのは、私もアリシア様も誰のことを言っているのかわからなくて、頭をひねっていたのだが、突然事実っぽい感じになってきた。


「こうなると、あなたほど、ぴったりくる人はいないわよね」


アリシア様は言った。


「その噂、根も葉もないか、別の人のことだと思うんですけど。何しろ、私の元々の姿はご存じの通り、カツラとメガネで……」


「あれ、あからさまに変装だったわよね」


「そう言うつもりではなかったのですが……」


とにかくカツラとメガネは、全方向において安全装置だったらしい。噂からも、三年生の自称貴族のご子息からも。


助けてくださった子爵令嬢によると、例の太った3年生は、どこの家のご子息かさっぱりわからないそうなので、かなりの末端貴族と思われた。


「何が困るって、あなたを知らない女子生徒の中には、婚約者をないがしろにする不埒ふらちな平民の娘だと言う者がいることよ」


私は顔色青ざめた。


「正式な婚約者である伯爵令嬢であるアンナ嬢と、婚約者のロジャー様にびを売る、顔だけかわいらしい平民の娘の登場ね」


「アリシア様……」


「嫉妬で怒り狂ったアンナ嬢は、あざとい平民の娘にひどいじめをするの」


何かどこかで聞いたような? でも、なにか事実と異なるような……いや、真実なの?これ。


「良く事情を知らない貴族の娘たちの中には、正義感に燃えている者もいるわ」


「それはまた、余計なお世話な正義感……」


私は頭を抱えた。


もっとも義姉のアンナの応援団は、本人と会った途端、二分で崩壊ほうかいすると思うけど。



冷静になって考えてみれば、こんなおかしな話はなかった。


私は本来れっきとした伯爵家の娘。義母達がお金を出してくれないばっかりに、人の古着を着て、小間使いのまねをし、平民と侮られて、馬鹿な男子生徒に迫られている。




そのうちに、正義感に駆られていると噂の、強く正しい令嬢たちの襲来を受ける事件が起きてしまった。


私は、食堂から一人で自分の教室へ移動するところだった。


次は魔法学の授業だったので、近くに知っている生徒は誰もいなかった。


魔法学の授業は、名前から受けるイメージと違い、実学なので、とても地味だった。

アリシア様だって、立派な魔法力をお持ちだけれど、鍛錬たんれんがめんどくさいのと貴族令嬢にふさわしい仕事ではないからと、魔法学の授業を取っていらっしゃらない。


義姉も受けていなかったが、悪意力なんかの科目はないので、あれは論外だ。




「ちょっと、ルイズとかいう名前の平民、そこに座りなさい」


私は、突然現れた数人の令嬢に驚いた。


みんな、武装していた。令嬢の武器と言えば鉄扇。全員、手に手に鉄扇を持っていて、扇をバチバチ言わせていた。威嚇いかく


「なんのお話でしょうか?」


私はビビった。


「座れと言っているのよ!」


だが、ベンチも椅子もない。


彼女達が指さした場所は、地面だった。


「平民のくせに、椅子とかベンチとかおこがましいのよ!」


仕方がないので、地面に座った。


「なんの御用件でしょうか」


「わかっていないわね。あなた、貴族社会では、婚約は貴族の契約なの」


「はい。存じております」


「平民の軽々しい口約束とは違うのよ」


もう一人が口を挟んだ。


「それをあなたは、なんてことをするのかしら。あのロジャー様の正式な婚約者を差し置いて、ロジャー様と親しくしているそうではありませんか!」


一人が口火を切ると、次々に彼女達は私をののしり始めた。


「身の程知らず!」


「厚かましい礼儀知らず!」


「婚約者のいる男性に近づくんじゃないわよ。これだから平民は……」


「この娘の方から、ロジャー様に迫ったに違いないわ!」


金輪際こんりんざい、ロジャー様に近づくんじゃないわよ」


「玉の輿こし狙いのバカな女。めかけになるのがオチよ。ロジャー様は侯爵家の御曹司なのよ?」


「知らないでしょうから、教えて差し上げるわ。平民なんか絶対に侯爵家と結婚できません。少なくとも爵位くらいある家の娘でないとね」


「なんとか言ったらどうなの?」


ようやく一人が、私に話を振ってくれたので、口を開くことができた。


「スチュワート様です」


「「「「は?」」」」


「ロジャー様などと名前呼びはいけません。アイドルではないのですから。家名でお呼びください」


「なんですって! 私たちに指図するつもりなの?」


「あなた方の婚約者でもありません」


「あんたの婚約者じゃないって、言ってるのっっ。何聞いてたのよ」


「あなた方はアンナ様のお友達なのですか?」


全員が押し黙った。


なんで黙るのだろう。


「この話を聞かれたら、アンナ様はお喜びになられると思いますけれど……」


返事はなかった。


私は全員の顔を眺めた。


「ストラスビルのアボット卿のご令嬢エレン様、バーンズ準男爵の従姉妹にあたられるホーンブルグのジェラルディン・マックスウィン嬢、レスターの準男爵ベーコン様の姪御様のカスリン様と、あとお一人は存じ上げませんが……」


名前を呼びあげられると、四人はなんとなく旗色が悪くなった。


なんだか知らないけど、居心地が悪そうである。


「それから……ご令嬢がお妾などと言ってはなりません。品がなくなります。結婚については、先日、貴族結婚令が公布されましたので、爵位以上の結婚には国王陛下の許可が必要になりました。法の改正についておっしゃっておられるのなら、それは存じております。侯爵家ですと、なんらかの爵位のある方のご令嬢でなければ国王陛下の許可が出にくいのではないかという説には、同意いたします」


なんとか言ったらどうなのよと、お勧めされたので、つい、すらすらとしゃべってしまったが、黙り込まれてしまった。


どうやらこの人達は、義姉とは関係なくて、ロジャー様のファンらしい。

それに全員、残念ながら、侯爵家ご子息のロジャー様との婚姻要件を満たしていない。


「まあ、抜け道はいろいろありますが」とか「養女になればよろしいので」とか教えてあげればいいのだけれど、あんたがやるつもりでしょう!と言われると面倒だから黙っていた。

そもそも、ロジャー様は三男なので、相手が金持ちなら陛下もスルーされるんじゃないかしら。


「そ、そんなこと!」


一人がようやく口を開いた。


「とうの昔に知ってたわ! あんたに教えてもらう話じゃないわ!」


この人達、法律の中身はよく知らなかったみたい。


「アンナ様は伯爵家の令嬢です。全く心配ありません」


「アンナのことなんか誰も心配してないわ」


私はキラリと目を光らせて言った。


「オースティン伯爵令嬢とお呼びください」


彼女は黙った。


「家名でお呼びくださいまし。失礼にあたります。それから、オースティン伯爵令嬢が心配でないなら、あなた方はどうしてここに来られたのですか?」


誰も何も答えなかった。


私は一渡り彼女たちを見回すと、ゆっくりと立ち上がった。


思いのほか、礼儀正しい人たちだった。


うちの義姉、オースティン伯爵令嬢なら、問答無用で乱闘になっている。


「お話がそれだけでしたら、失礼させていただきます」





「もう遅いし、今日は私の部屋に泊まりなさいよ」


この話を聞いたアリシア様は、心配そうに言った。


「もう、あなたときたら、騒ぎを起こす天才ね。泊めていいか、寮母の先生に相談してみるわ」


だが、アリシア様が寮母の先生に掛け合いに行く前に、先生の方からアリシア様にお呼びがかかった。


「寮の面談室に来てください」


寮の先生が自ら、急いでいる様子でアリシア嬢を呼びに来た。


彼女は相当緊張した顔だった。何があったのかしら?


「アリシア・ベドフォード様にお会いしたいと、オースティン伯爵がお越しになられています」


「「えッ?」」


オースティン伯爵……父の名前だ。


「お父さまの上司……オースティン将軍が私に何の用事なの?」


アリシア様が不安そうにつぶやいた。

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