第8話 食堂爆破事件

私たちは食堂の片隅に入った。

本当は、アリシア様の部屋に行きたかったのだが、男性方はアリシア様の寮には入れない。


仕方ないから食堂に行ったのだが、食事の時間帯でなかったので、ほとんど人がいなくて助かった。


「大丈夫。僕たちは火の魔法が使えるから。乾かすくらい簡単さ」


ロジャー様がなぐさめてくださった。


「よ、よろしくお願いします」


もう、歯の根も合わない。私はがちがちに震えていた。


「では……」


だが、私はその時、エドワード様の様子に気がついた。

どう見ても、不安がってる目つきだった。


「ちょっと、もしかして?」


私はアリシア様が話してくれた、四阿あずまや炎上事件を思い出した。

次の瞬間、ゴォオオオと音がして、巨大な火柱が食堂に出現した。


「ギャー」


まず厨房の方から悲鳴が上がり、ほとんど人がいないと思った食堂のあちこちから大声で叫ぶ声が聞こえてくる。


「止めろ! ロジャー」


エドワード様が飛び出して来た。


「仕方ない。クソッ」


今度はドオォーンと言う音と、次いでガシャーンという大音響が響き渡り、火柱がぶっ飛ばされた。正確には、炎は食堂の窓ガラスを突き破って、テラスから庭へ抜けて行った。エドワード様の爆発力らしい。庭とテラスに誰もいないことを祈った。


私はカツラもドレスもびしょ濡れだったので、一瞬の火に被害はなかった。


凄い荒業あらわざだ。


私は呆れ果て、呆然ぼうぜんと炎の行方を見送った。


私の魔法力は、ただの育成力とか女子力で本当に良かったと思う。


こんな魔法力、怖すぎる。


「ロジャーの魔法力は本物なんだ。ただ、ちょっと制御に問題があって……」


横で、エドワード様が言い訳を始めた。


「エドワード様の魔法力も制御に問題があるのでは……」


私は言いかけたが、その瞬間にエドワード様が私を見て叫んだ。


「うおおおおッ カツラに火がついている!」


ロジャー様は振り返って、真っ青になった。


「いけない!」


カツラの吸水が不十分だったらしい。


次の瞬間、彼はカツラを吹っ飛ばした。火の魔法の使用はあきらめたんだ……


だが、私も同時に頭を殴られた結果になった。ブンと風が起きた。


「キャ……」



その後のことは知らない。


しばらく気を失っていたらしい。





気がつくと、ロジャー様が心配そうに顔をのぞき込んでいた。エドワード様はいなかった。


「……あ。申し訳ございません」


私は、食堂の隅っこの方で、椅子を何脚か並べた上に寝かされていた。


「申し訳ないのは、こちらの方だ」


ロジャー様がすまなさそうに言った。


「カツラに火がついていたので、すっかり慌ててカツラを吹っ飛ばした。だけど、同時にあなたをノックアウトしてしまった」


あなた? 下女の私をあなた呼び?


「あ! カツラは?」


「カツラはここだ」


妙に大事そうに、ロジャー様は、一部燃えて色が変わってしまっている半乾きの薄汚いカツラを取り出してきた。


私は、急いで手を伸ばした。これをかぶっていないと毛の伸び具合が義姉にバレてしまう。今度は坊主頭にされてしまうかも知れなかった。



「どうしてこれをかぶっているの?」


ロジャー様は渡すまいとするように、カツラを握りしめたまま離さないで、逆に聞いてきた。


「被らなければ、醜いからですわ」


ロジャー様は、真剣になって言った。


「逆だ」


「え?」


急にロジャー様が赤くなった。


「あの……すっごく可愛い」


私はロジャー様を見つめた。


ロジャー様の方はどんどん赤くなっていって、なんだか具合が悪そうだった。


「カツラ、ない方が可愛い」


「髪の毛ない方がお好きなのですか?」


純粋に疑問だった。


「違う。メガネだ。メガネ、ない方が可愛い」


彼は、だんだん支離滅裂になってきて、何かブツブツ言い出した。


「あー、どうしたらいいんだ」


「ロジャー様、申し訳ございませんが、それを……」


私は、カツラに手を伸ばしたが、ロジャー様は渡すまいと背中にカツラを隠してしまった。


「ダメですわ。被っていないと叱られます」


「あのアンナにか。君たちは一体どう言う関係なんだ。使用人を学園に入学させるだなんて、聞いたこともないぞ?」


「それは……」


「君の名前を教えてくれ」


ロジャー様が真顔になって聞いた。


「君は使用人なんかじゃない。僕にだって、それくらいわかる。君は本当は誰なの?」


「誰……と言うほどの者では……」


名前には魔法が宿る。呼べば、その人が思い出される。心の中にその姿が思い浮かぶ。様々な感情、思いを伴って。


今この瞬間、ロジャー様という名前はなんだか特別なものになりつつあった。


ルイズはどうなるのだろう。

いい思いは重ならないかもしれない。下女ですもの。


伯爵家の令嬢としてなら、名乗りたい。けれど、今のこの格好では……伝えたくないなあ……。


「あなたの名前を知りたい。でなかったら僕はあなたを探せない」


「探す必要はありませんわ」


あなたは義姉の婚約者ですもの。いずれ必ず見つかりますわ。でも、その時には何もかも遅い……


あれ? 今、何を思ったのだろう?



その時、アリシア様とエドワード様が、庭側から急いでやって来るのが見えた。


まずいわ。私は、無理矢理ロジャー様の手からカツラを奪い取って被った。


「ああ……」


ロジャー様はがっかりしたような声を出した。



エドワード様が声をかけてきた。


「彼女、目を覚ましたかい? どんな様子だ、ロジャー? アリシアがこのすぐそばの教室にいてくれて助かったよ」


「一体、何があったと言うのですか?」


エドワード様は、息を切らせながら聞くアリシア様に、すまなさそうに説明した。


「僕たちがなぐってしまって」


「なんですって? どうして女性を殴ったりしたんですの?」


アリシア様はかされて、はあはあ言っていたが、語気鋭くエドワード様に切りこんでいた。


申し訳ありません、アリシア様。私なんかのために、来ていただいて。


「それには、事情があったんだよ。火傷やけどさせるわけにはいかないだろ?」


「火傷?」


だが、その時、ロジャー様が叫んだ。彼の目は食堂の入り口を見ていた。


「あっ、しまった!」


通報を受けた大勢の教師たちが、血相変えて食堂に走り込んできていたのだ。


「ロジャー! エドワード! また、お前らかああ」


「マズイ。エドワード、ここは頼んだ。俺は逃げる」


「待て、ロジャー。裏切るな。お前が最初に炎を出したから、こんなことに!」


「この人をほっとけないじゃないか」


ロジャー様とエドワード様は気もそぞろで、迫り来る教師軍団から逃げようと走り出していたが、一人の教師が大音響で怒鳴った。


「魔法学の教師をめるなよ!」


その先生は、例の魔力検査の先生だった。

彼は立ち止まり、がっと足を踏ん張ると、ロジャーとエドワード向かって、魔力を放った。


「しまった! リンカン先生の捕縛魔法だ」


「うわっ、捕まった!」


二人は、まるで引っ張られるように教師たちのそばへ吸い寄せられて、離れて行った。



アリシア様は呆れたようにその様子を眺めていたが、私の方に目を向けるとにっこりしてくれた。


「大丈夫よ。あの二人は、いつものことよ。カツラはちょっと焦げてるけど、元々焦げたみたいな色だから大丈夫」


(カツラの評価の件に関して)アリシア様に悪気はない。


カツラとメガネは少しひん曲がっていたが、ちゃんと私の頭に乗っかっていた。


ほっとした。


「エドワード様が言うには、どう言うわけかロジャー様があなたのことを殴ってしまったんですって?」


「あ、それは……」


カツラに火がついてしまったもので、と言いかけたところでアリシア様が心配そうに言った。


「服は完全には乾いてはいないわ。着替えた方がいい。でないと風邪をひいてしまうわ。もう一着、お古を上げましょう。家の侍女の古着なんだけど、いいかしら?」


「ありがとうございます! ご親切に」


私は感激して叫んだ。エドワード様といい、ロジャー様といい、アリシア様のお友達はなんて親切な方ばかりなんだろう。



「でもねえ、ロジャー様ったら、おかしいのよ?」


「何がでございますか?」


私は椅子の上に半身を起こしながら尋ねた。


「ほんと変なの」


ちょっと笑いながら、アリシア様は答えた。


「ロジャー様ってば、あなたのことをよろしく頼むって言っていたのよ。あなた方、知り合いでは無いわよね?」


強いて言えば、義姉の婚約者なので、将来のお知り合いだが、ここは説明すべきではないと私は判断した。


「違います」


「そうよねえ。でも、じゃあ、なんなのかしら」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る