第7話 壮絶な姉妹ケンカ

アリシア様には打ち明けた。


「育てる力と少しだけ火の魔法が使えるそうです」


女子力とは言いにくい。微妙過ぎる。


「あら、いいじゃない!」


アリシア様は叫んだ。


「私なんか、鉱石判定力よ!」


なに、それ?


「持ってこられた石の中に何が混ざっているか、判定する力なの」


「は、はあ」


「全国の鉱山に需要があるらしくて、平民の男ならいい仕事になるらしいけど、私、辺境なんか行きたくないの。それに、最初に鉱石や金属の種類を覚えないと、説明できないのよ」


「な、なるほど」


「そんな勉強、嫌じゃない? 私、鉱石には関心がないし。だから、魔力持ちとも言えないわ」


そう言えば、アリシア様は魔法の授業は取っていらっしゃらなかった。


「サラは花を咲かせる能力持ちなの。あなたと少し似てるわね。ロマンチックでいいじゃない? エドワードは爆発力なの」


「それは何でございましょう?」


「風魔法の一種だと思うわ。騎士に向いているらしいわ」


「ロ、ロジャー様は?」


「ロジャー様は火よ」


私はちょっと嬉しかった

あのロジャー様と一緒の授業……。


「でもねえ、ロジャー様は破格なの」


「破格?」


「エドワードと組むと、恐ろしいらしいわ。二人で大爆発を起こしたことがあって……」


「えっ?」


「まだ一年生の時よ。もう建て直したんだけど、バラ園の中の四阿あずまやを爆発炎上させてしまったの」


なにすんだ、魔法力。こわ……。


「そうなのよ、魔法力って一歩間違うと大変よね」


女子力どうしよう。何か知らない危険を秘めていたらどうしよう。


「そんなわけであの二人は特別授業なの」


私はうなだれた。同じクラスで授業を受けるわけにはいかないのか。


「そうでございますか」




だが、とにかく授業が増えたと言うことは、お金も時間も余分にかかることを意味する。


それに移動距離が延びる。学園中で、チビで変なカツラとメガネの私は有名になっていた。


そして、義姉はそれが嫌で、気に障るらしかった。


と言うのは、義姉が期待していた、変な奴と見下されるだけではなかったからだ。


私は、一年生最初の簡単な試験でなんと一位だった。


見た目はおかしいが、さすが特待生と言う噂が耳に入ったらしい。


「ちょっと、何目立ってんのよ!」


私は義姉に学園の裏庭へ呼び出された。


「何するのよ!」


「何って、どれのことですか?」


「成績よ!」


そう言うと彼女は手にしていたほうきで私をなぐりにかかった。


さすがダントツの悪意力の持ち主だけあって、こういう時の箒の使い方は実にうまい。掃除そうじをさせたら、全然きれいに出来ないのに。


侍女力では対抗できない。それに私は敏捷だけど、チビで力がない。したたか肩を殴られた。結構な力だ。


「成績?」


「とぼけないで! ロジャー様が成績のいい娘をお好きだなんて、嘘でしょう?それであんたは、ロジャー様に見せようと思って、いい成績を取ったんでしょう?」


私の話を、信じてるのか、信じてないのか、どっちなの?


「違います!」


義姉は、次は水の入ったバケツを持っていた。ぶちまける気かしら。もう冷える頃なのに嫌だ。見ると、バケツの水の表面には薄氷が張っていた。悪意力、やばい。こういう時に威力を発揮するのか。


私の火の魔力は弱い上に、まだ発展途上だ。あんな量の水を蒸発させたりできない。


「冷たい水でもかぶれ!」


水は、みごとなくらいばっちり、私にだけかかった。


「悪意力、あなどりがたし!」


私は歯を食いしばって、口の中で言った。歯がガタガタ言い出したからだ。


頭から水をかぶり、せっかくいただいたドレスがびしょ濡れになった。明日、着る服がない。


「成績はね、私より下を取るようにしないと、家でどうなるか!」


「無理でしょう!」


義姉の成績の悪さは半端ない。ほぼほぼ最下位ではないだろうか。


義姉は今度は箒の握りの方で、いきなり私の胸を突いた。私は、はじき飛んで尻もちをついて泥まみれになった。凄い力だ。胸が痛い。


「面白いわ! 私に逆らうだなんて! あんたみたいなマヌケが!」


義姉は高笑いを始めたが、急に黙った。


私の背中の先を見つめている。


私は転んだままの状態で、後ろを振り返った。


男が二人立っていた。


「ロ、ロジャー様……」


義姉がつぶやいた。エドワード様とロジャー様だった。二人ともなんの偶然で通りかかったのだろう。


「何をするのだ?」


明らかに怒気を含んだ声で、一人が言った。


「あ、あの、これは……」


義姉がうろたえている。


「この前にも、この娘に乱暴を働いていたね? この娘に何のうらみがあるのだ?」


「この、娘……は、生意気ですから」


「生意気? どういうことだね? あなたとは何の関係もないのだろう?」


この時、義姉は言ってはいけないことを言った。


「うちの下女なのでございますよ。品もなければ、出来も悪い。このようにたびたびしつけをしなければならないのです」


二人はあきれ返った。


「使用人に暴力を振るう貴族がいると聞いたことはあるけれどね。そんなことは学園では絶対にしてはならないと、繰り返し教育を受けているではないか」


そして、明らかにさげずんだ調子になった。


「父上に言わなければならない。使用人だからと暴力を働くような令嬢と結婚は出来ない」


「ま、待って……」


私は使用人ではない。義姉は取りすがった。


「誤解ですわ」


「誤解ではない。もう二回目だ」


「使用人ではないのです……!」


「じゃあ誰なんだ?」


妹です……と言うのはもっとまずい。


「あのう……」


私がここで口を挟むのはどうかと思ったが、びしょ濡れのまま、こんなところにはいられない。風邪をひいてしまう。


しかし、悪意力の姉は、私が歯の根もあわなくてガタガタ言っていることに気付いた。


ニヤリと笑うと話を長引かせにかかった。


「実は……話せば長い事なのですけれど……」


「聞きたいね」


エドワード様が義姉をにらみながら、きっぱり言った。


「あのう、私、服を着替えに行きたいと思いますので、申し訳ございませんが」


この言葉に、二人はハッとした。


「すまない。どうしよう。こんなことを言い争っている場合ではなかったな」


「私は、この場を失礼させていただいて、皆さま方はお話を……」


「そうですわ。そんな小汚い下女などお構いになるものではありません」


これを聞いた途端、二人はくるりと義姉に背を向けると、私に手を貸して立ち上がらせた。


「さあ、立って。どうにかしよう」


「いえ、私なんかにお構いなく」


「そんな酷いことはできない」


「いえ。私が悪いのですから。アンナ様が悪いわけではございません。ロジャー様、どうぞアンナ様とお話を」


ロジャー様はちょっと驚いた様子だった。


「何言ってるの、君。あんなひどいことされて、かばうだなんて。さ、僕の手を取って」


私は頭を振って、ロジャー様の手を取ることを拒否した。水しぶきが飛んで、ロジャー様にかかったかも知れないけど、それより義姉を持ち上げないと。


事情があるんです。事情が。このまま帰ったら、家で半殺しの目にう。


「そうよ。その通り。悪いのはこの子よ。使用人なんですもの、どんな目にっても当然なの。本人もそう言っているでしょう? ね? ロジャー様。まだ、足りないわ」


お義姉様。


それは余計な一言と言うものです。


何か事情があるのかなー? くらいに思わせておけばいいものを、上からおっかぶせて更に悪人面をするんじゃありません。あなたの気に入りのロジャー様が、心底嫌悪した顔つきになっているわ。


でも、義姉に意見する訳にもいかず、私はよろよろと立ち上がった。


とにかく、びしょ濡れなのを何とかしなくては。

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