第3話 義姉の婚約者

私はアリシア嬢と親しくなって、服もおさがりをもらえることになった。


さすがに下女のお古では、いかに便利なパシリだったにせよ、連れ歩くのに限界がある。建前は(貧乏だが)同じ生徒の「お友達」だからだ。アリシア様のお古なら、学園の生徒として申し分なしだ。


「もう少ししたら、学園の舞踏会があるの」


アリシア嬢はウキウキした様子で教えてくれた。


「一年生は、最初の舞踏会は出られないのよ。いわば見学ね」


「そうなのでございますか」


私は真顔でうなずいた。アリシア様は学校のしきたりもいろいろと教えてくださる。


「あなたも次からは出られるわ! あ、でも……」


アリシア様は本当にお優しい。貧乏平民の私は舞踏会に出られないと気がついたのだろう。本当は伯爵家の令嬢なんだけど。まあ、現実問題としては、確かに無理だ。


休暇で自邸に帰った時に、うまい具合にお父さまに会えればいいのだけど。でも、義母と義姉が全力で阻止してきそう。


考え込んでいると、悪いことを言っちゃったかなというアリシア様の表情に気がつく。


「まあ、お嬢様。それは楽しみでございますね?」


明るくそう言うと、ちょっとほっとしたように、そうなの! と彼女は言って教えてくれた。


「私の婚約者がパートナーを務めてくれるの! 一学年上に在籍していますのよ」


アリシア様は、はにかんだような笑顔で言った。


「まあ! 婚約していらしたのですか! それは存じませんでした。それでは、うんときれいにしなくては!」


ノリと勢いというか、満点侍女になってしまった。どうしよう。


アリシア様の婚約者は領地が近い関係で、幼馴染だそうだ。


「すてきですわ。よく知った方なら安心でございますね」


アリシア嬢は幸せそうに微笑んだ。恋をすると美しくなると言う。

私は納得して、アリシア嬢を見つめた。


「そう言えば……あの品のないアンナ嬢にも婚約者がいるんですってよ!」


「そうなんでございますか!」


私はせっせとアリシアお嬢様のスカートのほつれを直しながら耳を傾けた。

義姉に婚約者がいるのか。知らなかった。


「侯爵家のご子息で名前はロジャー様と言うそうよ。昨日は教室でガンガン話していたわ」


一瞬、ガンガンなどと貴婦人らしくございませんよと注意しようかと考えたが、義姉のことだ。ガンガンに間違いはないだろう。どんな大声で話していたのだろう。


「私のエドワード様とお知り合いなのよ。なんだかお気の毒なようだわ」


確かに。ダントツの悪意力の持ち主と婚約だなんて、気の毒なようだ、ではない。気の毒そのものだ。


ロジャー様、かわいそう。どんな人だか知らないけど。



どんな人か知らなかったのは、ロジャー様も同じだったらしい。つまり、ロジャー様は、最近、親の都合で婚約が決まったのだが、相手(義姉)には会ったこともないそうだ。


「お貴族様は大変でございますねえ」


私は思わずそう言ったが、自分も伯爵令嬢だった。でも、婚約なんかしていないから、そこだけは大丈夫だ。


「それで、私のところにエドワードと一緒にお見えになって、相手のことをご覧になられる予定なの」


婚約者を、密かにリサーチするつもりらしい。


二人とも同じ学園の生徒なのだけど、一応男子と女子は分けられている。ロジャー様が自由に噂を集めるのは、事実上むずかしい。そこへ行くと、エドワード様とアリシア様は、親が認めた婚約者同志なので、比較的自由に行き来できる。ロジャー様は、エドワード様とその婚約者のアリシア様を頼ったと言うわけだ。



「父が旧友の一人娘との縁を決めてきてしまってね。両親はそのお嬢さんを小さい頃からよく知っていて、申し分がないと言うのだけど」


三人は、食堂に集まって、小声で話をしていた。


まさかアリシア様のお部屋に、殿方お二人を招くわけにはいかなかったので、公共の場である学園の食堂で三人は会っていた。



その場に私もご一緒させていただいたが、もちろん私は人数外。いわば影みたいなものである。


ご令嬢自らがお茶の支度をするより、パシリが準備する方が都合がいい。それに、そもそもアリシア様はお茶を淹れるのが下手だった。


二人の男性は、私の珍妙な姿を見るなり何事か察したらしく、まるで私など存在しないかのように話を続けた。



「でも、僕は一度も会ったことがないんだ。顔も知らない」


なるほど。それは不安だろう。私はせっせと今度はお茶菓子を出してきた。


「アリシア嬢なら知っていると思って、ロジャーを連れて来たんだ。それと言うのも、ロジャーの婚約者は、君の父上がよく知っているオースティン将軍の一人娘なんだ」


エドワード様が口を重々しく告げた。


「え?」

「え?」


私とアリシア様は、思わず同時に声を上げた。


変な時に反応した失礼な下女に、紳士方はお怒りになるかと思ったが、二人とも、特にロジャー様は、それどころではなく、不安が一杯という顔で私たちの顔を見た。


それまで、私のことは、二人とも目に入らなかったような顔をしていた。


それはそうだ。正しい判断だ。


そして、アリシア嬢も私のことは見えていないかのようなふりをしていた。


だって、ビン底メガネに妙な、どう見ても人の髪色ではない奇妙な色合いの髪だ。カツラに決まっている。

カツラだなんて、ハゲているに決まってるだろうけど、見たところ、年頃の娘らしいのでそりゃ気の毒だろう。正視に耐えないよね。


「コホン……失礼いたしました」


私は小さな声で謝罪すると、頭を下げてその場を離れた。



でも、私は、こっそりロジャー様の顔を観察しないではいられなかった。義姉の婚約者である。どんな人なのかしら。


灰色の目に黒い髪。すらりとした容姿の青年だった。義姉よりひとつ上と言うことは、二歳年上か。私は一目見て、気に入ってしまった。私に気に入られても、仕方ないけど。


義姉にはもったいない。それより、かわいそう。



「どんな令嬢なのだろう? さすがに心配でね」


去り際にそんな会話を聞いて、なんだか、気の毒感が五割増しになった。


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