第2話 ルイズ、パシリになる
後から聞いたのだけど、お父様は何がなんでも私を学園に入れるよう厳命し、自分で入学手続きを取ったらしかった。
そうでなければ、義母は絶対に私を学園に入れなかったろう。
服を貸すことを義姉は断固として拒否した。
「あんたと姉妹だなんて思われたら、世も末よ! 私のお古を着てたら、みんなが私と関係があるの?って思うでしょ? だから絶対ダメ」
新しい服の購入に関しては、義母が強烈に拒否した。
マジョリカは、
マジョリカの顎はすごい。まるで三日月か、鎌みたいだ。代わりに渋々自分のお古をくれた。
私は、使用人のお古を着て学園に行くことになった。
こんなおかしな、みじめな格好で学園に行くだなんて、耐えられない。
それでも、私は学園だけは絶対に行きたかった。
あの家にいたくない。
マジョリカ、怖い。
案の定、入学早々、みんなから無視された。
私は変なカツラと変なメガネのせいで人相がよくわからない。はっきり言って不気味だ。
その上、使用人のお古を着ていた。とても貴族の娘が着ていくような服ではない。みんなの視線が痛い。痛すぎる。
私だって、こんな変な格好の生徒がいたら、目に入らなかったふりをすると思う。
その結果、学園では、すんなり成績だけが良かった平民の貧乏人とみなされた。
ただし、百歩譲ってメガネはとにかく、一目でカツラとわかる異様なカツラには、みんな腰がひけたらしい。
誰も話しかけてこなかった。
姉にとっては、すごく都合がよかったらしい。
「姉妹だなんて思われたらどうしよう」と、心配していたからだ。あれなら、誰も貴族の娘だなんて思わないわと笑っていた。
貴族の娘だなんて、思われないのは、あなたの方じゃないかしら。
全くなっていないマナーや、品位のない話し方と話の内容のひどさ。
でも、そんなことを言っても、きっと姉には通用しないだろう。
だけど、変な格好なのは、かえって都合がよかった。
余りにも変過ぎて、誰も私に構おうとしなかったからだ。つまり、虐められたり、からかわれたりすることは全くなかった。全員、私を無視した。
しかも、変なビン底メガネのせいで、人相がまるで分らない。もういいやと、開き直った気分だった。顔がわからないのは、かえって気楽だ。
そのうえ、姉は私にオースティンと言う家名を名乗るなと命令してきた。姉妹だとばれるのが嫌だと言うのだ。
私だって、あんな下品な義姉と姉妹だと思われるのは嫌なんですけど!
だが、誰も私に話しかける者はいなかったので、家名を名乗る機会は一度もなかった。
義姉は、私が成績だけが取り柄で入学を許された平民の娘扱いになっていることに腹を立てていた。
平民扱いが気に入らないのではなくて、成績がいいと思われていることに腹を立てたのだ。
「噂っておかしなものね! ルイズは成績がいいはずだとみんなが勘違いしてるのよ!」
密かに私の成績が散々で、みんなから、あんなに成績が悪いのにどうして入学できたんだろうと陰口を叩かれることを期待してたらしい。
私は学校へ行けて大喜びだった。
本がたくさんあったし、先生がわからないところを教えてくれるのだ。
家では考えられない。
しかも、本を読んでいても怒られない!
それに、私は、最初こそお貴族様の令嬢方から、まるで目に入らない感じに無視されていたが、某伯爵家の令嬢に、ひょんなことから大変気に入られるようになったのだ。
学園はある意味、令嬢方にとって不自由な場所だった。
服を直したり、飲み物を取ってきたり、婚活問題を抱え、見た目にこだわりたい御令嬢方にパシリ(侍女)はいわば必需品だった。でも、侍女を連れてくることは、余程高貴の家でもなければ許されない。
同じ生徒である平民の娘は、パシリには最適に見えるでしょう?
そうではないのだ。
彼女たちは何をどうすればいいのか知らない。
そこへ行くと、私は、生家は伯爵家だからマナーは完ぺきだし、貴族の家で必要な、化粧直しやドレスの着付け、髪の結い方、茶会に必要な準備のあれこれ、お茶の淹れ方からドレスの洗濯の指示まで、隅々まで行き届く。義母と義姉が来て以来、私は徹底的にしごかれたのだ。
パシリにはもってこいである。
私は学園で、栗色の髪が美しい令嬢が、ふさふさした髪の一部が風で
「あ、お嬢様、もしお差し支えなければ、その一筋、解けてしまった髪、お直ししましょうか?」
彼女は私の様子が薄気味悪かったに違いないが、本当に困っていたので、髪を直すことを許してくれた。
「あら」
手鏡で髪の具合を見て、彼女は言った。
「あなた、うまいわねえ」
そりゃそうだ。どのメイドよりも、私は髪を直すのがうまかったのだ。
私は、チビで細かったが、手先は器用だった。
しかも、この伯爵令嬢、私の義姉と仲が悪かった。
「あの方、マナーが悪いのよ。
いや、もう、本当にごもっともですわ!
あとで、この令嬢の父が軍官で、父と同じく国境線に配属されていることがわかった。よくよく聞いてみると父の部下になるらしい。
「そんなえらい方のお嬢さんに失礼があると面倒くさいでしょ?」
彼女は笑って見せた。
つまり、アリシア嬢にとって、義姉は自分の父の上司の娘に当たるので、出来るだけ接触したくない存在らしい。
すばらしい。アリシア嬢は大当たりだった。私だって、義姉と出来る限り
「だから余計、関わり合いになりたくないのよ」
「まあ! なんて嫌な方でしょう! お偉いのはお父さまであって、その方ではないでしょう!」
と、私は言ったが、次の瞬間、あれ?と思った。
私も父の娘である。
なんなの? このねじくれた関係は? あとで困ったことにはならないかしら?
だが、このパシリをやめられないのには事情があった。
困ったことには、学園に通うに際し、お義母様は私にお金をくれなかったのだ。
最初にどうしても必要な教科書代やノートなどの文房具一式は
だが、その後、追加で必要なノートなどの文房具は一切買ってくれなかった。とにかくお金と言うものは一切くれなかった。
それで一番困ったのが、昼食代だった。
私はパシリをするしかなかったのである。
「あなたってば、見た目は本当に悪いけど、役には立つわよね」
例の伯爵令嬢は褒めてくださった。
そして、お金を恵んでくれた。
見たこともない変な髪色で、瓶底メガネに、街の宿屋の下働きでも着ないようなボロ服を着たみすぼらしいなりの生徒など、口を
口うるさい義母とワガママな義姉に仕えてきただけあって、私は自分でも知らないうちに、超一流の侍女になっていた。
私があの家で生きていきたかったら、そうするしかなかったのだ。
義母も義姉もマジョリカも、意地悪でケチで、特に私には敵意を抱いていた。
私はなす術もなく、服も本も何もかも取り上げられ、部屋を追い出されて屋根裏部屋に追いやられた。
そして、次から次へと用事を言いつけられた。
古くからの使用人たちの中には、父に言いつけようとする者もいたようだったが、情け
だが、そうなってみると、困ったことが発生した。
本当の侍女の役割をする者がいなくなってしまったのである。呼ばれた夜会にふさわしく髪を結うとか、ドレスの着付けをするとか、化粧するとか。
三人がどこの出身なのか私は知らないが、少なくとも、貴族の家の出身ではないだろう。
ドレスの選び方も何もなっちゃいなかった。
台所で鍋を磨いたり、掃除をやってのけるくらいのことは、新しく雇い入れた田舎の農家出身の娘でも、結構務まったが、侍女の方はそうはいかない。
髪の結い方やふさわしい化粧や、招待状への返事、場に応じた服の選び方などには、技能が要る。
新しく雇いたくても、追い出された者たちが何の
引く手あまたの熟練の侍女など来るはずがない。
「この娘たちに教えなさいよ。あんたの顔なんか見たくもないのだから!」
嫌々ながら、私に侍女の代わりをさせていたのだが、他の娘たちはいくら教えても私みたいなわけにはいかなかった。
「バカばかりで嫌になる」
義母はブツブツ文句を言い、その都度、叱られた娘たちは辞めていき、せっかく教えたことが無駄になっていく。
それに、私の手際は、自分で言うのもなんだが、彼女たちにとって、実に心地よかったらしい。
私を遠ざけたり、食事をやらないで病気にさせるわけにはいかなかった。
それに私は彼女たちがあんまり頭がよくないことに気がついた。出し抜くのは割と簡単だった。
ただ一つ、お父さまに会えない点をのぞいては。
学園で、私を発掘したのは、アリシア嬢だったが、評判が評判を呼び、婚約者とのデートの時のヘアアレンジやお化粧の手伝い、新しいドレスを選ぶ時のアドバイスなど、私は役に立ちまくった。
そして、その都度、小銭が手に入った。
「アリシアお嬢様のおかげですわ」
私は例の伯爵令嬢にお礼を言った。
マジョリカは、勉強についていけなくて、私が学園をすぐにやめるだろうと踏んでいたらしい。
学科についていけないだろうと言う発想は、どこから出てきたのかわからない。
私は、お金をもらえないので、昼の食事代や文房具に困って退学しなくてはならなくなるのではと心配していた。そのために、お金を渡してくれないのかと思っていたが、彼女たちは不思議なことに、そう言ったことにはまるで気が付いていなかった。
「勉強なんて全然できないでしょうからね」
義姉も小馬鹿にして言っていたが、そんなことはありません!
勉強がまるきり出来ないのは、あなたの方です。
それに一年生は基本的な国語や算数、外国語、生活科目だけだけど、もうすぐ魔法力の検査があって、適性があれば、呪い学とか治癒魔法とか、攻撃魔法とか、物騒な科目が目白押しなの!
お義姉様は、悪意力とか言う能力がダントツだったらしくて、家でお義母様とマジョリカと三人で、ションボリしていた。
悪意力は他人に悪意を持つ力らしいけど、役には立たないらしい。首切り役人としては適性があるそうである。
しかし、伯爵家の令嬢としてはいかがなものかと。
「お父様には、魔法力はなかったと言うことで」
「報告しましょうか……」
私としては、うなずける結果ではあったが、聞かなかったことにしようと思った。
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