第4話 婚約者同士、ダンスパーティ会場で偶然出会う

私は離れはしたものの、お呼びがあるといけないので、物陰に控えていた。

正直に言うと、義姉の婚約者には興味があった。あんなに育ちのよさそうな方が義姉の婚約者とは!


食堂は空いていたので、距離があっても三人の話はよく聞こえた。


「さっきの侍女は、ずいぶん気の利く子だな?」


「学園に侍女を連れてきちゃいけなかったんじゃなかったっけ?」


「実は侍女ではないの。平民の娘で一年生なのよ」


「同じ生徒同士なのに、あんなこと頼んでいいのですか? アリシア嬢」


これはロジャー様の声らしい。


「すごくお金に困っているらしいの。使ってくれたらうれしいって」


エドワード様がちょっと驚いたようだった。


「あの子は、立ち居振る舞いが平民じゃないよ? でなきゃ余程いいところの家庭で働いていたんだろう。僕には姉がいるんだけどね。侍女を躾けるのに苦労してた。なかなか使い物になる侍女がいないって」


「そうなのよ。ルイズは素晴らしいのよ」


ちょっとアリシア様が嬉しそうだ。


「そうだね。だけど(彼は声を潜めた)あれ、カツラだよね?」


「え。そうね。でも、そんなこと聞けませんわ。もし……」


「そうだよね。もし女の子が……」


三人は葬式状態になって、私の髪の毛の状態を案じてくれた。いい人たちだ。



「それで、問題のオースティン嬢だけど、どんな人なの?」


「そ、それは……」


急に声が小さくなって、ボソボソとしか聞こえなくなった。確かに大きな声では言いにくいかも知れない。



後日聞いたところによると、アリシア嬢によると、ロジャーはわが身の不幸に震え上がったらしい。


「でも、実際に会ってみないと相性なんかわからないでしょうし」


アリシア嬢は考え考え、一生懸命、言っていたが、悪意力ダントツの姉と相性が良かったら、ロジャー様は、あんないい人っぽく見えないと思う。




舞踏会は、生徒が出席するものなので、そんなに豪華な会ではなかった。


だが、私は母が健在だった頃、自宅でたまに催された小規模なパーティ以外出たことがなかったので、とても華やかな気がした。


規模が違う。


数多い生徒が、それぞれがふさわしく着飾って、顔を紅潮させて参加している様子は、見ていてなんだかワクワクした。



一年生は、会場の中に入れてもらえず見学だけ許されていた。


妥当だと思う。私のような者は見るだけにとどめておいて、次回、無理をして参加する必要はないとわかるし、上位の者も、普段、社交にいく格好でなくて略式の格好で十分だとわかるからだ。


ただ私は、一年生だから舞踏会の会場に入るべきではなかったのだが、アリシア様や、お友達のほかの令嬢方の髪のお直しや化粧直しのため、こっそり会場に出入りしていた。


忙しくて気がつかなかったが、義姉は私が会場に出入りしていることに気がついたらしかった。


そして彼女は私を見て激怒したらしい。


私は一通り、みんなの支度を終えて、ほっとして会場から引き下がった。もうすぐ、ダンスパーティが始まる。

物の数にも入らない私は、一年生が邪魔にならないところから見学しているそのまた後ろで、こっそり会の様子を見ているつもりだった。


そこに物陰から義姉が現れた。


「ルイズぅぅぅ」


地獄の底からの声とはこういう声に違いない。


私は震え上がった。さすがにダントツの悪意力を誇るだけあって、迫力がすごかった。


「何か?」


用事でもあるのだろうか? ものすごく怒っているようだけど?


「何であんたが、こんなところをうろちょろしているのよ! 邪魔よ」


「えっ、あの」


私は絶句した。同じ場所にいるのが許せないらしい?


出来るだけ同じ場所にいないで済むように、アリシア様も私も注意していた。

アリシア嬢には、上司の娘なので、無理難題を吹っ掛けられたら困ると言う切実な問題があったし、私は、アリシア嬢以上にどうなる事やらさっぱりわからないので、ひたすらに避けていた。


だが、舞踏会場は同じホールだ。避けようがなかった。


なぜ、こんなところにいるのかと言われても、説明しにくい。


お金をもらって仕えていると言ったら、巻き上げられるかもしれなかった。

頼まれて髪を直していると言ったら、代わりに義姉の髪を直せと言われそう。


「あっ!キャ……」


義姉は私の腕を掴んだ。それはもうものすごい力で。爪が皮膚にめり込むのがわかった。


「止めて……放してください……!」


ひるんでいると、後ろに人影が見えた。助かった。


だが、それはロジャー様とエドワード様だった。


「何をもみあっているのです?」


邪魔されて義姉は不機嫌そうに答えた。


「関係ないでしょ」


「あなたは、こちらの侍女とお知り合いですか? 腕から血が出ている」


義姉は邪険じゃけんに言った。


「とんでもない。こんな薄汚いカツラの娘。お願いされても知り合いになんかならないわ」


どうやら義姉とロジャー様は、まだ、お互いの関係を知らないらしいと私は思った。


義姉は邪魔だてするロジャー様を憎々しげに睨んでいるし、ロジャー様は嫌なものを見てしまったという顔つきをしている。


義姉は私の腕を放した。私の腕には赤い爪痕が残ってしまった。


ロジャー様は、義姉の言い方が気に入らなかったらしい。ロジャー様は、あんなに礼儀正しく、私のカツラの件を必死で無視していたのに、義姉にかかってはいとも簡単にカツラ娘と明言されてしまったのである。


彼は不愉快そうに義姉に向かって聞いた。


「それにしても、どうしてそこの娘の腕をつかんだのですか?」


「クソ生意気で、無礼だからよ!」


義姉が突然キッパリ答えた。


あんまり貴族の令嬢が口にするような言い回しではないと思う。それも初対面の貴公子に対して。


「はて。どのような無礼を働いたのでしょう。事と次第によっては、対応せねばなりますまい」


ロジャー様が慎重に尋ねた。


義姉がロジャー様とエドワード様の方を向いた。


義姉はこの二人が、身なりからして裕福で身分も高いらしいことに気がついたらしい。


そして私を見ると、なんだかニヤリと笑った。


私と、それから男としても大柄なロジャー様とエドワード様までが、たじろいで一歩後ろに下がった。

義姉の顔は……不細工と言うわけでもないのに、猛烈に迫力があった。

さすが悪意力……のせいなのか?


「酷いんでございます。実はこの娘、私のことをとうとしてきたのです」


突然、義姉は調子を変えて、訴えかけるように、二人の男性に向かって言った。


「なぜ?」


ロジャー様とエドワード様の視線は、私の腕の傷の方に向かっていたが、姉はまるで気にしていなかった。


「気に入らないのでしょう」


義姉は下をむいて、しおらしく言った。


「私のドレスや、振る舞いが気に食わないと言って、私を殺しに来たのです。危ないところをありがとうございました。この娘に殺されるところでした……」


男二人は、まじまじまじと義姉を見ていた。殺しにくる……か…?


「ええと、我々が来たとき、あなたはこの娘さんの腕をつかんでいましたね?」


「正当防衛ですわ!」


威嚇的に私を脅していたのは義姉の方で、私はおそらくビビっていただけだろう。どちらが攻撃的だったかと言えば、どう見ても義姉の方だと思う。


バッチリ見られていたんだから、今の話なんか信じてもらえるはずがない。


だが、義姉のアンナは、二人の様子が気に入ったらしく、自分の方に気を引きたくなったのだと思う。どう見ても身分高そうな立派な貴公子で、もみ合いになっていたので、つい、声をかけてしまったと言う様子。


私にも、義姉にも本来関係なさそう。それに本当は、私たちのことなんか、どうでもよさそう。


「それよりこんなところで、殿方お二人が何をなさっていらしたのですか?」


義姉は笑顔になって、二人に話しかけた。


「…………」


二人はどこか嫌そうな顔をした。二人とも、義姉のことは気に入らなかったらしい。


私はヤキモキし出した。この二人が(義姉とロジャー様のことだが)自分達同士が婚約者だと言うことを、知らないのは確定だった。


「聞いているのは私ですよ。どうしてこちらの娘の手をひねっていたのか? まあ、どうでもいいことです。では、失礼」


しばし黙ったのち、エドワードが言った。


要するに、義姉にも私にも関わりたくなかったのだろう。


だが、私は密かに二人の後を追った。多分、義姉は殿方二人の機嫌が悪そうだったので、追っては来るまい。義姉と一緒のままだったら、何をされるかわからない。逃げるが勝ちだ。


二人の青年は、心なしかしょんぼりしていた。

だからか、私がくっついてきていても、追い払おうとしなかった。


「あれがオースティン嬢か……」


どちらかが言った。ロジャー様かもしれない。


私は気がついた。

二人はアリシア嬢あたりに義姉の人相を聞いて、こっそり義姉の様子を見に来たに違いない。そして、顔見知り(?)の私が怒られているのを見て、思わず声をかけてしまったのだろう。


「気が強そうだね……」


いや、あれは悪意力で……などと余計な注釈を入れるわけにはいかない。私は彼らに感謝の意を表したくて、低く頭を下げると、そのまま会場から遠く抜け出した。


後のことは知らない。


ロジャー様が本気で気の毒だった。ついでに義姉も。知らなかったこととは言え、あれはまずい。


この婚約、まともに行くかしら?



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