私が高校2年生の夏。その人は、友達3人と泊りに来ていた。


 私は、旅館の手伝いをしていたんだけど、お昼の片づけを終えて、夕食の準備までの間、自分の時間になる。その人は独りでお庭の木陰で猫と遊んでいた。うちの飼い猫なんだけど、他人にあまりなつかないはず、珍しい。


 夏、お客さんは海水浴に行くので、男の人の水着だけの姿は見慣れていたけど、その人は、大柄じゃあないんだけど、胸や上腕の筋肉が日焼けのせいか逞しく黒光りしていて、私には、とても眩しかった。



「お客さん、猫好きなんですか、タマコはあんまり知らない人には近寄らないんですよ」


「そうなんかー、可愛いからね。和子ちゃんはここの娘さん?」


「なんで、私の名前知っているんですか?」


「だって、旅館の人が呼んでいるの聞いたし、他の人に比べて若いし、なんかなって」



 それで、ついつい私は隣に座って、話し込んでしまった。3日間ほど、泊っていたんだけど、彼の居る間は、夕食の片づけの後も、夜もそこで会うようになっていた。


 その次の3年生の夏。再開を諦めていた、夏休みの終わり頃、彼が泊りに来た。1泊だけだったけど、その夜。彼に誘われて、海辺の突堤に座り込んでいた。


 しばらくの間、話していたんだけど、突然、手をついて座っていた私の手の上に、彼が、手を重ねてきたの。私、びっくりして、手を引っ込めてしまったんだ。女子高で男の人と付き合ったこともなかったし、そんなこと初めてだったから。私、彼のこと好きだったんだけど、どうしていいか解らなかったから、黙り込んじゃって、そのまま、もう帰ろうか、ってなってしまって。


 卒業してから、私、研修という形で加賀の温泉旅館に行かされてしまったから、もう会えないで終わったの。忘れられない人だから、あん時のこと、ずっと後悔してしまっています。


 - - - - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - - - - - -


「俺が、その想い出に連れて行ってやるから、夢の続きを見ろ」と黒猫が言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る