第12.5話 ポールの末路

 ポール・マルク・カートニーは歪んでいる。


 魔導の家系に生まれるも、上二人の兄が優秀だった為にどんなに努力を重ねようと彼が何かで秀でることはなかった。


 派閥内でも彼の居場所はなく、家同士を結ぶための道具としてその人権を奪われた。


 ポールが5歳の頃だ。

 婚約者としてミリシャが充てがわれた。

 その頃からぽっちゃり気味だったミリシャに対し、ポールだって人のことを言えないのにミリシャに対して白豚令嬢と周囲に吹聴したのだ。


 ポール自身も白豚令息だと言われていたのでお似合いだと周囲に揶揄われたが、それに対して未だ恨みを持つほどポールは器が小さい。

 そのちっぽけなプライドが傷つけられるとすぐに癇癪を起こし、唯一扱える部下を使って報復を始めるのだ。


 曰く、魔道具の利用権の停止。

 曰く、カートニー家に領内の入場禁止など、あまり家に負担を掛けずに他派閥に圧力をかける嫌がらせを徹底した。


 そうやって少しづつ影口を叩く相手を減らしてきた。

 己が能無しなのは誰に言われるでもなく気がついている。

 しかし太っている=白豚と言われるのは許せない。

 自分より太ってるミリシャこそが白豚にふさわしい。

 自分は違う。

 声を大にしてポールは呪いの言葉を周囲に吐いた。


 何もかもがうまくいかない。

 周囲の声がストレスを加速させる。

 魔術派閥の三男坊は出来損ないのろくでなしという噂はすぐに社交界に広まった。


 それでもまだミリシャというストレスの捌け口があったので己を保てたが、相手がいつの間にか痩せて美少女に変身した時、ポールは本格的に壊れていった。


「ダメじゃないか、ミリシャ。お前は白豚で居なきゃ」

「それ、あんたにだけは言われたくないんだけど?」


 ミリシャの返す言葉にポールは今度こそ目を丸くする。

 今まで言ったら塞ぎ込むばかりで反論すらしなかった婚約者が、今になって反論してきたのだ。

 ポールからしたら何が何だかわからない。

 ただ世界がひどく濁ったような、暗闇の中に落とし込まれた気がした。


 みんなが自分を置いて先に行く。

 自分より劣っていたと思われたミリシャが、自分を置いて先に行った。

 そんな事、許せるわけがない。


 それからポールはがむしゃらになって魔術を勉強した。

 禁術と呼ばれるような、人を傀儡にする手法を身につけ、自分が一番偉いのだと言わしめた。

 自分に使われる相手はゴミクズだと思い込むようになった。


 ポールが10歳の頃、盗賊まがいの事業を始める。


 最初こそ質の悪いチンピラ程度だったが、若い女を捕まえてきて実験の糧にした時、これだと思った。


 人を操る時の動機の一つに欲情がある。

 男を操るときは女を誘い、女の場合は金や宝石で釣る。

 そうやってポールの事業は少しづつ拡大していった。


 操り人形達はポールを褒め称え、王様気分を味わえた。

 自分が凄いのだと勘違いした。

 故に天狗になった。

 称賛されるポールを見て父ミルドラスも一つの領を任せてみるかと任せたのがあの山岳地帯の切り開かれた街だった。


 事業は概ね成功しつつある。

 しかし女の消耗率が高すぎた。

 男が女に抱く情欲を、女一人で受け止め切るには限界がある。

 しかし男の駒を扱うのには女が必須条件で、その消耗には目を瞑っていた。

 今やポールの手駒の中ではなくてはならない存在だ。

 今の地位があるのはその駒の働きのおかげなのである。

 仕方がないので社交の場で悪口を入った令嬢を攫って糧とする事にした。

 罪悪感はそれほど無かった。

 むしろずっと心の奥底に抱えているよりずっと晴れやかな気持ちで、より慢心していたのだと思う。


 それでも女はすぐにダメになった。

 男が屈強すぎるのだ。

 どうせなら頑丈な女がいい。

 どこかにいないものかと思った。

 傷つけても勝手に傷が治り、文句も言わずに命令に逆らわない理想の女が。


 そこまで思い悩んだ末に出てきたのが婚約者の言葉である。


「お姉様は凄いのよ。毎日いろんな人の悩みを聞いて、その上でオルファンの結界を維持してるんだから」


 お姉様。最近婚約者のミリシャが懇意にしている相手がいるそうだ。

 不貞だろうかと勘繰ったが、同性と言うようなので一安心。

 しかしそんな女なら、いい感じに男達の糧になってくれないだろうか?

 でも聖女となると教会の預かり身。

 攫うと足が付くし、当分は見送りだな。


 そう思っていたのに、3年もしないうちにオルファンは滅び、教会は文字通り壊滅。

 そして聖女が自由の身になっていた。

 千載一遇のチャンスとはこの事だ。


 ポールに興味を持ったらしい聖女を如何様にしてたらし込んで自分の領地に招き入れるか?


 そんなふうに考えているところで待ったをかけられる。

 どこの誰かと思ったらあのSランク冒険者相当の黒剣だと言うではないか!

 流石に手下はAランクまでしか使役できていない。

 そんなの相手にしてられるか。

 ポールは今回は分が悪いとあっさりと撤退を決める。


 取り敢えずアポイントメンとは取った。

 今回は顔見せだけでもと思っていたのにだ。


「これは、一体どうなっている!?」


 ポールはパーティーに参加する際、使役してる筈のAランク冒険者に声をかけたが、無視されたのだ。


 目にはまるでポールがどこの誰だか知らないような顔つきで、虫の居所が悪いのか、表情が優れない。

 イライラしてるのが目に見えた。


 何が原因で傀儡の効果が切れたのかは分からないが、再度ポールはAランク冒険者に傀儡を行使した。

 だというのに失敗した。以前まで多少の不行き届きはあったが、こうも目の前で失敗するのは流石にポールとて焦るものがある。

 そして冒険者は失敗するたびに次第に機嫌を損ねていくおまけ付きだ。


「なんで、何度も失敗するんだ!? おかしい、おかしいおかしいおかしい!」

「何が可笑しいって? クソガキ。こっちは朝から頭痛がひどくて気分が悪いんだ。あんまり耳元でやかましくしてるんだったらこっちも考えがあるぞ。ああっ!?」

「ヒィッ!」


 凄まれてポールはビビって逃げ出した。

 逃げ足だけは早いのだが、ここ数年ですっかり運動不足で足がすぐに棒のようになってバテてしまう。

 ただでさえぽっちゃり体型。

 鍛えられた冒険者の強靭な肉体の前では闘争など無用と言わんばかりにあっさり捕まってしまう。


 日頃の運動不足の賜物である。

 すぐ目の前には強面のストレスを溜め込んだ男冒険者が5名。

 特に女を壊すことで有名な5人組だ。

 童顔で女に間違われるポールは恐怖する。


 今までは自身が男であるからこそ、操り手であるからこそ振るってこれた暴力が今まさに自分めがけて行使されようとしている事実に視界がふらついてしまった。

 そこへ男の一人がニヤついた笑みで話しかけてくる。


「お前、よく見れば可愛い顔してんじゃねぇか」

「やめろ! 僕は男だぞ!」

「この際お前でもいいや。ちょっと俺たちと仲良くしようぜ?」

「やめろ、やだ! やだ! 助けてよ、誰か! アッーーー!」


 南無三!

 派閥内でも悪名高いポールの悪巧みは聖女の先制攻撃で張られた結界に弾かれ霧散してしまったのだ。

 傀儡の使えぬポールなど無力な子豚に等しく。

 

 そして、本来なら決して外側から割り入れられることのない穴に激痛が走る。

 ショックで意識が飛びそうになるほどの痛みがポールを襲ったのだ。

 もちろん叫んだし喚いた。

 抜け出そうとも試みた。

 けどその度に暴力を振るわれてポールは目の前が真っ暗になった。身体中に張り付けられた手の形。

 真っ白な体に紅葉のように染め上げられて、やがて抗う力を無くしたように脱力していく。


「おら、少し黙ってろ。誰も助けなんか来ねーよ。連れが出口を塞いでるからな。お前は黙って俺のを受け入れてればいいんだ」


 ポールはなぜ自分がこんな目に遭わなければならないのかと呪詛の言葉を男に吐き、お見舞いされたワンパン一発で伸びた。


 今まで女にやってきた暴力が全部自分に返ってきただけなのだが、ポールからしたらそれはとんでもない地獄だった。


 ただでさえ体力自慢な男達。

 変わる変わるポールの体を求め。

 それが延々終わりが来ない。

 助けもなく体を汚されていく。

 叫びは誰にも届かず、反論すれば殴られて。

 そして飽きるまで使われた。


 控室では涙を濡らして汚されたポールだけが残っており、それを発見した聖女アリーシャによって健康的な精神と肉体へと治癒された。


「ごめんなさい、僕、僕」


 涙を流し、今まで自分はなんてむごたらしい事を行なっていたのだろうかと身をもって知ったポール。

 救ってくれたアリーシャへと縋って跪く。


「大丈夫ですよ、ポールさん。悪い人たちは指名手配をかけてますから。すぐに捕まえて罪を裁かれますからね。だから傷が癒えるまでポール様は今しばらくお休みください」

「ああ、女神様。僕が間違ってました。男が偉くて、女が下だなんて、そう思わずには生きれない僕が愚かだったのです」


 散々泣き喚いた後、疲れて寝入ったポールを念入りに浄化させたソファに寝かせ、アリーシャはミリシャに向き直って肩をすくめた。



「なんか勝手に事件解決したけど、どういうことですの?」

「因果応報と言うやつですわ。これに懲りて少しは丸くなれば良いのですけど」

「はぁ、しかし性犯罪者がこんなに多いのは少しどうにかなりませんの?」

「派閥同士の集まりで、そんなチンピラを連れ込むこいつが悪いのですわ。本来ならもっと信頼のおける相手を側につけるはずなのですけど」

「この方の場合はその方法が特殊だったと?」

「分かりませんが、決してまともな方法ではなさそうですわね」

「じゃあ今回は一件落着?」

「とはいきませんわね。一体どれだけの残党があちこちに潜んでるか、この寝坊助に問いたださなければいけませんし」

「ま、今はすっかり改心したことだし。起きたら聞く感じでいいんじゃない?」

「ですわね。浄化したとはいえ、ここは不衛生ですわ。お姉様、別室でお茶でも致しませんこと?」

「そうですね。少し喉が渇いたところです」

「では、再びお時間をいただきますわね」


 アリーシャの側から駆け抜けていくミリシャ。

 あっという間にその姿は廊下の奥に消えていき、控室にはアリーシャとポールだけが残された。


「寝てる姿は可愛いのにな、こいつ」


 つい数時間までの地獄がありありと想像できるほどの異臭と血痕。

 白と赤のコントラストが部屋のあちこちに飛び散り、より凄惨さを思わせた。

 今はアリーシャの浄化の力で汚れは払拭したが、その残滓がありありと読み取れるアリーシャは表情を顰めて寝ているポールの前髪をかきあげる。


 ややぽっちゃりとした顔。

 むっちりとしたボディ。

 白豚というほど太っているわけではないが、彼もまたミリシャと同じく精神を病んでいた一人。

 ただミリシャと違って頼りになる仲間がいなかったのだろう。

 その結果、聖女に頼ることなく自分の力で何かを為そうとした。そして失敗してこの有様だ。


「馬鹿だなぁ、お前。何でもかんでも自分でやろうとすんなよ。そういうときは誰かに頼ってもいいんだぜ? あたしで良ければ相談に乗るぞ?」

「姉様……」

「あん? 誰が姉様だ。あたしはお前の姉ちゃんになった覚えはないぞ」


 ピンとおでこにデコピンを喰らわす。

 眠っているというのに痛そうに表情を顰めて、それでもふやけた笑顔で再度寝息をつき始める。


「派閥っていうのも考えものだよなぁ。王様と貴族のようなもんなんだとは思うんだけどさ?」


 ふにふにのほっぺを突くと、ポールは嫌がるように寝返りをうとうとした。

 させるか、とアリーシャは先手を打ち、ポールが起きるまでずっと構っていた。




 ◆



「は! 僕は一体!?」

「あ、起きたな」

「あんたねー、散々お姉様にご迷惑おかけして、何様のつもりなの?」



 開口一番不服である事を隠しもしないミリシャに、ポールバツが悪そうにしている。

 そもそも寝こけるポールを他所に堂々とお茶をしているあたし達二人も異様だが、この際そこは無視してもらうぜ。


「ほれ、お前もこっちこい。寝起きで喉乾いてんだろ?」

「えっ、えっ?」

「本当はすっごい嫌だけど、お姉様がお誘いしてるからしかたなくだからね?」

「彼女ははいつもこうなんですよ。僕のことなんて何とも思ってない」


 ポールは自虐めいた自己弁護を始めるが、それにミリシャは食ってかかる。


「はぁ!? あんたどの口が言うのよ。人を白豚白豚って!! あたしがどれだけ傷ついたと思ってるの!? 自殺だって考えたんだからね!?」

「そっちこそ、僕を陰で白豚って笑ってたろ!? 僕だって傷ついてたんだぞぅ!」

「はいはい、募る話はあるだろうけど、今はストップよ」


 パン、と柏手を打ってあたしは二人の諍いを止める。

 この喧嘩は終わりが見えなさそうだからだ。


「で、ことの発端はポール。お前でいいんだな?」

「なんか聖女様、口調が……」

「お姉様はこっちの口調が素よ。聖女モードは私がお願いしたの」

「え……なんか幻滅」

「うっせーー。こちとら十年も耐えに耐えまくってんだよ。腹に煮えかねたもんが唸るほどあるんだぞ? それこそ人に言えないあんなことやこんなことも耐えてきたんだ。それに比べりゃ、ポール。お前の13年なんて可愛いもんだよ」

「ですって。よかったじゃない。お姉様のお墨付きよ」

「可愛いもんだよと言われましても……でも僕に聖女としての苦行を行う勇気もないし、聖女様から見たらそうなのかもしれませんね」


 ポールは納得がいかないと言う顔をしてるが、概ね自分の過ちに気がついてるようだ。

 それよりも状況を纏めよう。


 お互いにごめんなさいを聞くまで喧嘩は終結しないからな。

 今回はちょっと力加減がわからなくなった子供の喧嘩。

 やってることは街を一つダメにするような規模だったが、まぁ結果オーライだ。

 犯人は罪を認めてるし、あとはやられた側がどう対処するか。

 あたしはそこら辺を聞いてみることにした。

 女性に大した犯罪は被害者遺族を後日募って制裁を加えるとして、それ以前にはっきりさせておかなきゃいけないことがある。

 それはミリー、ミリシャの婚約問題である。


「で、お前らどうすんの?」

「どうすんのとは?」

「一応お前ら婚約者じゃん? この一件でお互いの家同士、気まずくなってるんじゃね? ポールが弱みを見せた形だし、ミリーから婚約を白紙、破棄できるんじゃないかってこと」

「えっと、それだと僕の価値が……」

「あんたの価値なんて最初からあたしの旦那になるくらいしかないでしょ?」

「言い過ぎ。どうせ僕は出来損ないだよ……」

「はぁ? あんたが出来損ないとかどうかは関係ないのよ。どうせそっちからしたってあたしはロンダルキアと仲良くするための駒ぐらいにしか思ってないでしょ? でもね、あたしは違うわよ。あんたと結婚してからもっと派閥を盛り立てるから。誰がお飾りの妻なんてやってやるかって言うのよ。だからあんたもあたしに相応しい夫になりなさい! いいわね?」

「えぇ……」


 有無を言わせぬ物言い。いつものミリーが見せない芯の強い女性像。しかしこれくらい言ってやらなければポールは自覚をしないだろうと演技してるのだ。

 彼女もまた女優なのだ。

 そう思えば応援してやりたくなる。


「その、僕がやった事を許してくれるの?」

「許すわけないじゃない。一生そのことでからかってやるわ。今から覚悟しておくことね!」


 そんな訳で、終始ミリーがリードを握ったままで話は収束した。

 結果尻に敷かれたポールにご愁傷様とお祈りして二人の関係は元通りになった。


 そんで、ポールは現在ロンダルキア家で花婿修行に打ち込んでいるようだ。花婿として一切自覚のないまま過ごしてきたのが堪えたような、まだまだ彼がミリーの立派なサポーターとして活躍する日は遠いのかもしれない。

 今までは優秀な兄達にやたらと対抗意識を持っていたようだけど、今度からはそんなのが気にならなくなるくらいにミリーに鍛えられる事になるからな。

 いや、そうやって考えさせないのが目的か。

 自分が悪者になろうと言うのだ。

 誰にだってできることじゃない。

 あたしくらいは応援してやらないとな。

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