第12話 聖女様、社交デビューを果たす
パーティー会場はセヴァールの内街で行われる。
街とは名目上言っているが、規模は城だ。
五つの城が蜘蛛の巣状に広がっていて、内側と外側を分け隔てている。
外の街とは城壁の外から先を指すらしい。
ナワバリも城に近い場所一帯がそれぞれの派閥が押さえているのだとか。
よくわからないけど、だからって内街以外の人間をおもちゃのように扱うのはどうかと思うんだ。
あたしはプンスコとしながら会場の中をズンズン歩く。
まぁ、あれだ。すんごい目立った。
ファル、イーシャ、ミーニャの三人組は置いてきた。
出自を聞かれた時の言い訳が出てこなかったのもあるが、普通にDランク。
ここに入場を許されるのはAランクでも一握りだと言われている。
けど何故か、ほぼあたしの聖女時代に出会った客が多いのは気のせいだろうか?
いや、隣に佇むミリーの含み笑いで気づいた。
親衛隊の出自があたしの客関連から抜擢されているのだろう。
前もって仲間を増やしておいたと思えばいいのだろうか?
やたら目立つあたしに、めざとい派閥の連中が寄ってくる。
「これはこれは。どこの姫君がまいられたのかと思いました。しかしここは派閥のトップが集う場。しかしどなたかの護衛にも見えません。貴女はいったいどこの誰でしょう?」
ややふくよかな男が、にこやかに問いかけてくる。
そしてミリーが耳打ちしながらこの男ですわ、と囁く。
「これはご挨拶が遅れました。わたくしこちらのミリシャ様からご参席くださるように配慮していただき、この度この場へまかり越しました。今は亡きオルファンにて一時期聖女の座に居たものですわ。今はもう教会も廃れて聖職者の道も辞しておりますので聖女と呼ばれるのは違いますね。ただのアリーシャとお呼びくださいませ」
「アリーシャ様ですね。宜しければぜひ僕とディナーをご一緒していただけませんか? 僕も貴女様のお噂はかねがね。しかし予約制でなかなかチャンスは巡って来ず」
「本来祝福とは誰にでもチャンスが得られる物でございますわ。わたくしでよろしければお受けしましょう」
ミリーとはその場で別れ、代わりに護衛が前にズイと出る。
街で冒険者やってた頃に護衛として出張ってきた一人だ。
ミリガンと違って優男の、確かベルウッド。
「アリーシャ様、お一人では危険ですよ」
「大丈夫ですよベルウッド様。少しこちらの方とお食事するだけですわ」
「そうだそうだ。それよりもなんだお前は! 横から出てきて、護衛如きが無礼であろう。僕をカートニー家のポールと知っての狼藉か?」
「これはこれは魔導の英傑の家系のお方ですか。私は遥か北方に浮かぶ大陸、ゼフィールの黒剣ことベルウッドと申す者。兼ねてよりアリーシャ様とは懇意にさせてもらっています。独り占めは他の来客者からもやっかみを受けることでしょう」
「ゼフィールの黒剣!? ウチのSランク冒険者とタメを張る英傑の一人がどうしてこんな身内の集まりに!?」
「私としてもセヴァールとは仲良くやっていきたいですからね。ぜひとも仲良くしてくださいますようよろしくお願いします」
「チッ、これは相手が悪い。申し訳ございませんアリーシャ様。僕は所用ができてしまいました。また後ほど」
あっさりと退却していくポール。
これは一緒について行ったらやばかっただろうか?
「危ないところでしたね。彼には黒い噂が付き纏っていますので、ただの食事でも気を抜かないようにしてください」
「そうなのですわね。しかしあの方……言ってはなんですが」
白豚はお前じゃねーか。
そこまで喉元まで出かけた時である。
ベルウッドが一歩前に出て何かから守るようにあたしの前に立つ。
なに? なんかあった?
「おっと、それ以上は口にしない方がいいですよ。先ほども釘を刺しました通り、彼の影口を叩いた者はその全員がその日のうちに姿を消しているのです」
「そうなのですか?」
「きっと何かの魔術の触媒に使うための生贄にされているのではないかと思われます」
ヤベー奴じゃん。
え、あたしそんな奴の食事にお誘いされようとしてたの?
ちょっとムカついたからってホイホイついてったらどうなっていたかわかったもんじゃねーじゃん。
ワンパン入れてやろうと思ってたら、こっちがワンパンでのされる未来が待ってた奴じゃね?
こえーこえー。
「わたくし、もしかして結構ピンチでした?」
「危ないところでしたね」
「それは助けていただきありがとうございます、ベルウッド様」
「私のことはどうぞ呼び捨てで」
いや、今の今で偉そうにできる場面あった?
そこまで図太い女って思われてるの?
それはちょっと嫌だな。
「私にとってアリーシャ様はそれくらいのお方なのです」
無言でいたら、めっちゃ褒めてくるじゃんこの人。
「分かりましたわ。ベルウッドの言葉は受け取っておきます。ですがわたくしにも立場がありますので、あまり勘違いさせるような言葉は仰らないでください」
プロポーズと勘違いする女子だって居かねないぞ?
お金持ちでイケメンとか完璧じゃん。
それにポークの言い分じゃSランク相当って話でしょ?
なにこれ。あたしどうすりゃいいのよ。
ちょっと顔が赤くなってる気がするわ。
手で顔に風を送りつつ、ミリーのところに行く。
「お姉様、もうよろしいのですか?」
「実は危ないところを彼に助けていただいたのです」
「あら、早速役に立てたようですね。いったいなにをしたのでしょう?」
「実はターゲットからお食事のお誘いを受けましたの。しかし彼が間に入ってくれたおかげで拐かされずに済んだのですわ」
「でもお姉様。それ、二人きりになるチャンスを失ったのでは?」
「そうでしたわ」
そうじゃん。一言物申してやるつもりでここにきてるんじゃん。
向こうがそんな大それたことやってるなんて知らなくてびびっちまったけど、こっちは殴り込みに来てたんだった。
ここは無理にでもついていけばよかったか?
いや、でも気を失ってる間に怪しい儀式に参加させられてたらとか目も当てられねーし。
いや、変な勧誘に乗らなくてよかったと思うことにしとこう、うん。
「もしかして、私は差し出がましい真似をしてしまったでしょうか?」
「いえ、ベルウッドは悪くありませんわ。今回は相手がどの様な手段を用いてくるか想定不足だったわたくしの落ち度です。身を守っていただいた恩を忘れるような真似は致しません。少しだけ、そう少しだけ恥ずかしい思いをしただけですから」
ちょっと早口になりながら、ベルウッドの失態を不問とする。
正直誰かに身を挺して守ってもらうなんて初めてのことだったから、ちょっと変な気分だよ。
ファルやイーシャ、ミーニャは仲間だから助け合うけど、仲間になる前だったら顔見知りだからって身を呈してまで助けてはくれねーからなー。
そこまで御人好しじゃねーもん。付き合ってたらわかる。
助けて欲しかったら金を出せーとか言うぜ、あいつら。
けどこの人の場合は実力もあるからなお厄介なわけで。
ちょいと心臓に悪い。
教主は醜悪な顔で、太ってたし、禿げてた。
ベルウッドと真逆で……あーあたし何言ってんだ?
ベルウッドがどこの誰であろうとあたしには関係ねーじゃん。
なんでこんなに意識しちゃってんの?
ちょっと今変だわあたし。
聖女時代の思い出にろくなもんがなさすぎて舞いあがっちまってるのかも。絶対それだわ。
自分の中で答えを出してほっと一息。
「それでミリー、一度引き返してきましたけど、次からはどうしましょう? 相手を警戒させてしまったでしょうか?」
「そうですね、あの方はなんだかんだ嫉妬深いので。噂のお姉様に興味を持っているのは確かですわ」
「けどミリーは婚約者でしょう? その婚約者が異性と出会ってる場面を見たら、あまり気分が良くないのではありませんか?」
考えて見なくてもわかることだ。
お互いに良くない感情を抱いているとはいえ、将来を共にするかもしれない相手。
そんな相手におじゃま虫がついて回るのはあたしだったら許せねーよ。
あたしの器が小さいだけかもしれないけど、自分のものを取られたくないって気持ちは誰にだってあると思う。
「お姉様、あいつは所詮親が勝手に決めた相手でしかありませんわ。わたくしが独立した際には婚約者だろうがなんだろうが蹴っ飛ばしてやるつもりです。あくまであいつは次男であり、当主たるわたくしの婿候補でしかないのです。派閥が違う相手をもらうのは家同士の見識を広めるのと同時に、影響力を周囲に広めるために仕方なくです。それに相手は女であれば誰にでも声をかける様な方です。幼少の頃よりそんな方のお相手をしてれば嫌でも慕おうという気持ちは冷めていくものですわ」
したりと言ってるが、それはちょっとかわいそうだと思う。
あたしに言われたくねーかもしんないけど、結婚って一生もんじゃん。
もうちょっとそういうのってお互いが譲り合うもんじゃねーの?
けどそれは孤児院生まれのあたしの妄想であって、ミリーくらいの立場になると変わってくるもんなのかな?
愛ってよくわかんないや。
「ミリーが気にしていないなら良いのです。わたくしは女神様の代行者として愛を謳ってきましたが、そもそもわたくしが恋愛について未経験でしたの。恋をしたことない女に言われたくありませんでしたわね」
シュンとしながら言うあたしに「そんな事ないですわ!」とミリーがあたしの肩を掴んで真っ直ぐに見たあと、ガッと抱きついてきた。
この子はいつもいつも突然だ。
あたしはビックリしながらもそれを受け止めて、優しく抱きとめてやる。
「お姉様、わたくしにとってお姉様は理想の淑女ですわ。それを恋愛未経験だからと下に見ることはありません。ですからその様にご自身を卑下してはなりません」
「ええ、すみません。わたくしにとっては大したことなくてもミリーにとっては一大事なのですわね。そこのところは追々詰めていくとして。せっかくパーティーに参加したのですから。他の方もご紹介して貰えませんか? この機会は次いつ訪れるかわかりませんし」
そもそもこんな心臓に悪いイベントそうそう行きたくない。
今回はとある目的のために乗り込んできた訳だが、思いっきり空振りしたどころか思い込みでチャンスを棒に振ったところである。
転んだらタダで起きたくないあたしとしてはこのパーティーに参加した意味合いを強めていきたい。
ポールとの顔合わせは終えた。
あとは向こう側がどう言うことをしてるかそれとカートニー家がどの様にして恐れられるかの情報を探す必要がある。
「と、その前に。せっかくの機会ですから皆様に女神様の祝福を体験させてあげましょう」
先手必勝ってね?
突然のアクシデントに弱いあたしだが、先制攻撃こそがあたしの最大にして最強の防衛手段。
初手でこの会場に結界を張ってやれば次にポールにお誘いされても特に問題なく対応できると思ってさ。
祈りのポーズを取り、しゃがみ込む。
突然の動作に誰も彼もが困惑し、そして身に起きた変化について騒ぎ出す。
押しかけるパーティーの参加者達。
前に立つベルウッド。
そしてこのチャンスを活かすべくミリーが前に出て今回の突発的な祝福の意味合いの説明をし出した。
「お集まりいただいた皆様にご紹介しますわ。この方はアリーシャ様。かつてオルファンに置いて聖女の地位に上り詰めながらも婚約者である王太子からの不義理でその立場を解任され、今ではわたくしの家の食客としてお招きしておりますの」
「何! では今のは?」
「わたくしからほんの少しの祝福をお恵みいたしました。今回は少し奮発してサービスしましたが、以降の祝福についてはロンダルキア家のミリー様にご予約してください。わたくしは今は立場なき存在ではありますが今でも現役のつもりでいますわ」
先程まで随分と後退していた頭部が青年期の様に生い茂った老人、化粧などせずとも肌年齢が若返ったご婦人、そして人前に出ることも憚られた病気持ちのやんごとなきお方が健常な姿であたしの前で跪く。
何もそこまで畏まらんでもと思うが、こうやって何かと喜んでもらえるならあたしとしても嬉しいよ。
あくまでどこからどの様に配慮するかはミリーに任せる感じで。
この子なら教主みたいな真似はしないだろう。
「これでロンダルキア家の未来は安泰ですな。しかしこれは独占ではありませんかな? かつてそれで身を滅ぼしたオルファンの二の舞になりませぬ様」
どこかのじい様がミリーに釘を刺す。
要はあたしの力を公平に与えられる機会が欲しいと言うわけね。
で、ゆくゆくはそれで商売をすると。
流石にそれはダメでしょ。
なんせあたしの自由がない。
「申し訳ありませんわグレイズ様。アリーシャお姉様はあくまで食客。ロンダルキア家でも便宜を図るだけで使用人の様に扱えるわけでもありませんの。そしてすでに黒剣のお気に入りですわ。各王家の要人達も既にお姉様を取り合って火花を散らしています。最早セヴァールだけのお話ではないのですわ」
「黒剣……もしやゼフィールの公爵殿か」
「お初にお目にかかりますグレイズ様。貴殿のご活躍は我が領地にも伝え聞いていますぞ? なんでも大砲で竜を狩ると息巻いて居られるのだとか。私もその一端と対峙して討伐しましたが、彼奴らは一筋縄ではありません、努努お忘れなきよう」
「黒剣のご忠告、ありがたく受け取っておこう。しかしお主だけでもなく他にも出張ってくるとなると、たしかに一介の国如きで扱うには些か存在が大きすぎるな」
「故に、我らは彼女からの恩恵を受け入れるべき条件があるのです」
「その条件とは?」
「何、近くで彼女の生活を見守るだけですよ。そして不定な輩を滅する。それだけで今の若々しい姿が維持できる。貴方ならどうします?」
「そんなもの、問われるまでもない」
こうして、いつの間にかあたしの親衛隊の規模はセヴァールの各地に散らばった。リングの取引でロンダルキアもガッポガッポ。
至れり尽くせりじゃんね?
教主も上手いことすりゃよかったのに、欲を出すから身を滅ぼすんだよ。
それより問題はポールの方だ。
向こうがこちらの先制攻撃にどう思うか、それだけが問題だった。
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