第7話 聖女様、チンピラに絡まれる
ミリーをパーティに招待してからというものの、あたし達を遠巻きに見る冒険者が日を追うごとに増えていく。
ぶっちゃけ羨ましがられているのである。
自称村人のミリーだが、その内側から溢れ出る気品と高貴な佇まいは身分を隠したやんごとなきお方であると噂が囁かれていた。
無論、拐かされない様な対策はされている。
この街出身の英雄ギデロンとそのメンバーが交代で護衛をしているのだ。
今日はアイシャと一緒に馬車でご到着。
パーティに迎え入れて軽くお茶会と洒落込んでいる。
周りが呑んだくればかりじゃ落ち着ける雰囲気ではないが、まぁそこはしゃーない。
怖いもの見たさであたし達を遠目に人垣ができるまでがここ数日の日常だ。
しかし女が6人。
綺麗どころが揃ってギルドに併設された酒場の中央を占拠してればそれをよく思わない連中が絡んでくるのはこの国以外でもよくあることだ。
特に男尊女卑が世界のルールと言わんばかりに女が冒険者として肩を並べることに憤る器の小さい男が一定数いるのが冒険者ギルドというところである。
メンツに一人だけ飛び抜けたランクが居るが、それ以外は所詮Dだろうと命知らずが剣呑な気配を撒き散らして声を荒げ始めた。
それが最近この街に渡ってきた冒険者。
ランクを最速で駆け上がり、乗りに乗りすぎて天狗になってるランクDパーティ『巨竜の一撃』の面々であった。
怖いもの知らずというのは相手の力量を見極められないからタチが悪い。
「おうおうねーちゃん達。昼間っから堂々と酒場で宴会とは随分景気がいいことじゃねーか。そんなに暇してるんならちょっとこっちきてお酌してくれよ。冒険者の真似事なんかしてるよりそっちの方がいいと思うぜ? オレァ」
パーティリーダーのガリウスは巨人ほど大きくはないが大柄の男だ。
その巨体から放たれる一撃は周辺モンスターを一撃の元に屠り、パーティ名に偽り無しと触れ回っていた。
だが戦闘面の実力はあるものの、納品に関しては絶望的で、ランクをDで止めている現状。
いつでもCに上がれる実力を持っておきながら、いつまでもDに居座るあたし達に逆恨みをしているのだ。
本当に器の小さな男だよな。
あたしの横でミリーが震えている。
100%怯えじゃなくて怒りでだ。
憩いの時間を潰されてプッツンきちまってるんだ。
アイシャさんもまぁ、良い顔はしてないな。
あたしは特には気にしてない。
この程度の脅し、怖くもなんともないからだ。
そもそもただの恨言だ。
言葉に殺気がそれほど灯ってねぇ。
これだったらチョコレートを独り占めしようとした時のイーシャの方が怖かったぜ。
「それで? 何が言いたいんだよボンクラ」
「言ったな、クソガキ。そろそろどっちがこの街のトップか白黒つけようじゃねーか?」
ガリウスが剣呑な気配で立ち上がる。
暴力さえ振るうチャンスがあれば全てこちらの思惑通りという顔だ。
だがあたしはそれに乗ってやらない。
「アイシャさん、ミリーを安全な場所へ」
「この子の安全な場所はあたしの横さ。それにアリーの横を離れたがらないだろ?」
確かにな。
それでもこんなつまんない喧嘩に巻き込みたくない。
あたしたちの無事というより、彼女が本気で組織を統率すればこの街の冒険者ギルドが壊滅しかねないからだ。
権力者を敵に回すのはやめといた方がいいぜ?
いつ自分の命日が訪れるかわかんねーからよ。
「お姉様、わたくしに構わずどうぞ実力を見せておやりください!」
ミリーが拳をギュッと握って応援してくれるのはありがたいんだが、あたし攻撃は門外漢だぞ?
せいぜい強いのは口喧嘩程度だ。
回復だったら死にかけだろうと魂がそこにあれば無理矢理繋ぎ止める奇跡は起こせるが、所詮はその程度。
誰でもはできないが、できるやつは世の中に一定数いる。
世界は広いのだ、あたしはそこまで慢心してないよ。
そんな風に考えていた時、横合いから声がかけられた。
「やめろ、お前ら。ギルド内で喧嘩すんなって常々言ってるだろ? それともこの街に二度と入れなくしてやろうか? あたしにだってそのくらいの権利はあるんだぜ」
一触即発といったタイミングで割って入るギルドマスター。
来るのが遅すぎんだよ、このオッサン。
さてはこうなるまで出てくるタイミングを窺ってたな?
「でもよー、オッサン。こいつら本気だぜ?」
「だからどちらがこの街の冒険者に相応しいか、依頼を通して勝負をしてもらう。それでどうだ? こっちは塩漬け依頼が片付いて万々歳、お前達も決着がついて万々歳だ。どちらも失うもんがねぇ。どうだ、引き受けるか?」
「やってやる。どいつを仕留めてくれば良い?」
「エリアタランチュラの巣がこの街から南方に発見されたという噂はもう耳に入っているな?」
「ああ。だが依頼受注はCからと聞くぜ?」
「推奨はCからだが、受注はDでも受けられる。怖気付いたなら降りてもいいぜ?」
「やってやらぁ! オレ達巨竜の一撃がこの街の最強だって認めさせてやるぁ!!」
「だとよ、お前さん達はどうする?」
ギルドマスターが訳知り顔で聞いてくる。
巣って十中八九
ランクAのギデロンが撤退を選んだあの場所に、意地悪く勝負の採決を下す仕事を選んだ。
はっきり言って力自慢が殴り込んだ所で死ぬぞ?
それをわかってて送り込むっていうのか?
「オッサン、あいつらを見殺しにする気か?」
「凄腕のヒーラーに一人心当たりがあるからな。最悪死にはせんだろ。ちょっと怖い目には遭うだろうけどな」
「くそ、そういう事かよ!」
つまりは死ぬほどの思いを体験させて、そいつを助けてやれば向こうの思い上がりを認めさせることができて、ついでにあたしたちの実力を知らしめることができる。
そう言っているのだ、このオッサンは。
ギデロンが聞いたらブチ切れそうだ。
そんな場所に派閥のトップを連れていくなと叫び出しそうである。
アイシャさんですら正気か? という顔でギルドマスターの顔を睨みつけた。
まぁこの人は普段物腰柔らかいが、腐ってもギルドの責任者。
海千山千の修羅場を越えてこの座についているのだろう。
なかなかに底の見えない相手だ。
あたしも心を許しすぎずに用心しといた方がいいだろう。
ちなみにエリアタランチュラの脅威度は一体につきC相当だ。Dでも倒せるが、それは一体に限る話。
相手が群れともなるとその脅威度はAを超えてSに至る。
戦略的撤退を選べたギデロンは何も腰抜けというわけではないのだ。
結局ギルドマスターの思惑通りに巨竜の一撃のメンバーはこぞって死にかけて、あたしの祈りによって一命を取り留めた。
あんなに煩かった連中が見事に手のひらを返して逆にあたしのファンになった訳である。
これならまだ突っかかってきた方がよかったぜ。
なんせ、
「おはようございます、姉御! お荷物お持ちしましょうか?」
毎朝ギルドに赴くたびにこの調子だからだ。
身体中がむず痒くなっていけねーや。
それと敵愾心を抱くミリーが不穏な気配を纏っている。
最近ぶつぶつと独り言を言っているのだが、偶然耳に拾った内容は完全犯罪じみたとある冒険者の抹殺計画であった。
せっかく気持ちを入れ替えたのに街から冒険者を消してどうすんだよとあたしはミリーを呼び止める。
これは少し二人だけの時間を作った方がいいかもしれないな。
その為の手段としてあたしはとあるビジネスに着手した。
それが、
「リング、ですか?」
「おう、用意できるか?」
ミリーにお揃いのリングを作りたいと言ったら二つ返事で了承してくれた。
お揃い、ってところを何度も反芻していたが、何か思わせぶりなことを言ってしまっただろうか?
正確には対になるリングを製作して、あたしと相手を繋ぐ魔力の経路伝達する魔道具である。
リングの方が装備の邪魔にならないし、人間には両手合わせて十本装備できる箇所がある。すでにリング系を装備しててもいくつか余裕があるだろうと思ってのことだ。
首飾りや耳飾りとなると数が限られるからな。
それを冒険者に有料で貸し出す事で、あたしの祈りを常時身に受ける権利を得られる。
要は教主のオッサンがあたしの祝福でやっていたビジネスの様なもんだ。
これのメリットはあたしに一方的に金が入ってくる事。
そして指輪の絶対数を操作することで消費する魔力量を抑えることができる様にした。
ついでに指輪にミリーん家の家紋を彫れば、この商売のバックに誰がついてるかの脅しにもなる。
どっかで真似されたってあたしほど祈りの効果が強いやつはそうそういないって寸法だ。
勘違いついでにミリーにも一つ渡しておいて、肌身は出さず持っておいてくれよなと言ったら「一生離しません!」と大喜びされた。
いや、風呂入る時とかは外していいからな?
ずっとつけてるのは清潔的にアレだし。
まぁ本人が喜んでるうちはいいか。
「で、これをうちのギルドで売りに出す権利をくれってか」
先日無理難題を振っかけてきた諸悪の元凶に片棒を担がせる。
あたしの力を当てにするんなら、そっちの方が都合がいいだろうと添えて。
「別に構わんが値段設定はどうする? あんまり高くすると誰も借りてかんぞ?」
「一応は銀貨5枚で一日貸出しで予定してる」
「高くないか? 駆け出し冒険者には手が出ない値段設定だ」
「そりゃアレよ。駆け出し冒険者に受け取れるほどあたしの祈りは安くねーからな。あくまでE~Dクラスの冒険者の足しにしてやりてぇんだ。それに、銀貨5枚で自分の命が守れるんなら安いもんだろ?」
「お前もこの街に染まってきたな。すっかり守銭奴になっちまってまぁ。ま、当分はそれでいいだろ。それで売り出し時期はいつにする? こっちもすぐにはねじ込めないぞ」
「そうだな、次の月くらいからでよろしく頼む。ギルドの取り分は売り上げの二割でどうだ?」
「管理だけでそんだけ貰えればこっちは大助かりだが、そっちは問題ないのか?」
「言ったろ? 所詮はあたしの祈りを遠くに居ても受け取れるだけの装飾品だって。商売の真似をされたって痛くも痒くもないのさ。そもそもあたしの祈りが届かなきゃなんの意味もねーからよ」
「それもそうだ。これでこの街の冒険者が上からの無理な依頼で死なずに済むな」
「本当だぜ、相手の目を覚ます目的があってもあんな無茶振りされたらマスターだって立場を失うぞ?」
「そりゃ悪かったよ、今後はもう少し配慮する」
本当か~?
ギルドマスターは懲りた風もなく、口角を上げて目を伏せた。
この人、とんでもない食わせ者だよな。
見た目だけじゃ人の内側まではわかんないもんだぜ。
ま、それはあたしにも当てはまることだけどな。
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