第6.5話 聖女ロザリンヌの誤算
ようやく自分の要望が通り、贅沢の限りを尽くし始めるロザリンヌ。
あてがわれた侍女と共に、教会の溜め込んだ財を食い潰すように好き勝手し始めた。
祈祷の時間もぶっちぎり、聖女であるにも関わらず王太子と濃密な肉体関係を持つ。それには関係者各位も苦笑いを浮かべる他ない。アリーシャに比べてあまりにも荒唐無稽な聖女ロザリンヌ。教会はザワつく他なかった。
所詮聖女など肩書を与えられただけの女。
平民の女でさえ出来たのだ。それを高貴なる血筋の自分がしてやるのだからありがたく思え。
それがロザリンヌの見解である。
そもそもロザリンヌは、聖女としての地位に就かねば血筋以外は何の取り柄もない。
常に優秀な上二人の姉と比べられ、魔力量、知識の少なさから立身出世の道も閉ざされた。
ただでさえ落ち目な自分が花開く場所。
それが平民にもチャンスがある聖女という身分だった。
なにせ聖女になるだけで王太子妃相当の地位が転がってくる。
厳密には肉体関係は結べぬが、聖女を立場場妻として迎え入れ、国の政治に組み込むのがこの国の成り立ち。
教会との協力関係があってこその強固な護りを維持しているのだ。
正しくは正妻と言うよりは妾なのだが、魔力も少なければ知識も足りないロザリンヌはそれでも構わないと優柔不断な王子に猛烈アタックを仕掛け、ついに籠絡した。
その甲斐あってようやく手に入れた地位。
もう二度と手放さぬものかと油断しきっていた。
だからこそ突然の来訪者に眉を顰める。
なにせ今日はケインとデートの約束をしていたのだ。
就任前ならいざ知らず、就任した後に我が儘は通らない。
不便な者だなと対応するロザリンヌ。
ここら辺もいずれ手を入れていく必要があるかと思案した。
「分かりましたわ。お会い致しましょう」
「ありがとうございます聖女様。女神様からのお導きがあらんことを」
ポーズだけの言葉に意味はない。
けれど聖女の地位を守るためには多少の真似事をする必要があった。言葉だけで本当の意味も知らないロザリンヌ。
やんごとない身分のお方と聞いて、もしこの地位が危なくなったら乗り換えできる様に他国へキープを作っておくのも悪くない。なにせ金だけはあるのだ。
なんのためにこれだけの資金を蓄えていたかはわからぬが、使わなければ意味がないとばかりにロザリンヌは自分を美しく見せるための手段を問わずに投資した。
そんな聖女とは名ばかりの女との対面に、苦い顔をする紳士が一人。席を立ち、ロザリンヌを迎え入れた。
「此度はこちらの言い分を通していただき誠に申し訳ない。して、聖女様とのお目通しは可能であるか?」
「聖女は私ですわ。ロザリンヌと申します。どうぞよしなに」
紳士は娼婦と見紛うほどの女が何故聖女を語るのか理解ができないとばかりに眉を顰める。
しかし冗談であればどれほど良かったことであろうか?
ロザリンヌは嘘偽りなくこの国の聖女だった。
ただしその地位を乗っ取ったなんの奇跡も起こせぬ聖女であるが。
「アリーシャ殿は如何された? 本日はお越しになられぬのか」
来客は口を開けばアリーシャ、アリーシャと馬鹿の一つ覚えの様にロザリンヌへ訴えかける。
勿論それに対して不服を抱くが、兼ねてから考えていた言い訳を披露すると、仕方ないとばかりにロザリンヌに縋りつくのだ。
それが前任聖女アリーシャの病弱設定だった。
10年この国に尽くしたアリーシャは聖女でありながら不知の病にかかった。それが治るまではロザリンヌに一任されている。
そう嘯けばアリーシャ、アリーシャと煩い客は黙り込む。
それを知ってるロザリンヌは今回の客もその一人だろうと高を括って対応した。
だが、
「アリーシャ殿がご病気だと? あの病気とはなんの縁も持たぬ少女が? あり得ぬ」
断言する紳士は聖女アリーシャの敬虔なる信徒であるかのように、ロザリンヌの言動を嘘と見抜く。
「嘘ではありませんわ。そしてアリーシャ様自ら私に後のことは任せると伝言を頂いたのです」
これは嘘ではない。わざわざ魔道具を用いてまで証拠を掴んだロザリンヌは、文句を言う客が来た時のための切り札としてそれを提示する。
「本当に、アリーシャ様は貴女に一任されたのですね?」
この世の終わりだとばかりに紳士は膝から崩れ落ち、慟哭をあげる。
この紳士、身分を隠しているがかなり高貴な身分なのはロザリンヌとて見てわかる。
すらりと伸びた長身。鍛え抜かれた筋肉は筋肉質というよりは無駄のない筋肉のつき方なのだろう。
スマートでいながら包容力のある真摯。
惜しむべくはアリーシャの信者であることくらいか。
「そうで御座いますわ。失礼ですが貴方様をなんと呼べば良いでしょうか?」
「申し訳ない。ショックが大きすぎて自己紹介もまだであったな。私はベルウッド。今はただのベルウッドだ」
わざわざそんな前振りをする時点で高貴なる身分は確定していた。ベルウッドは顔の半分を隠す髪と、のっぺりとした半分だけのマスクで容姿を隠していた。
それでもなお隠しきれぬ色気に、ロザリンヌは惹かれてしまう。
「ベルウッド様。良ければ私にもお手伝いさせていただけませんか?」
「アリーシャ様でなければ私の呪いは無理だろう」
「呪い、ですの?」
「ああ、私は15年前、この呪いに取り憑かれてから様々なトラブルに遭ってきた。けれどそのトラブルに終止符を打ってくれたのがアリーシャ様だったのだ。いくら懇意にしている方であろうと、その呪いを解くことはできないだろう。なにせ全国各地を回ってその解除方法が掴めなかったのだから」
気落ちするベルウッドに、ロザリンヌは心底心配する様にその手に指を重ねる。
「ロザリンヌ様……?」
「……お一人で苦しんでお辛かったでしょう? 微力ですが呪いを治める為にお祈りいたしますわ」
両手を強く握りしめ、マジ恋距離で勝負を決めに行くロザリンヌ。
そんな感情剥き出しの女にときめく要素など微塵もないが、それでもこの呪いが鎮められるならばとロザリンヌに頼った。
その結果、呪い移しとしてロザリンヌに呪いの3割を付与。
もしこれがアリーシャならば1週間の効果付きだが完全解除できた。
しかしベルウッドもロザリンヌが半端者だと分かっていたので特別責めることはしなかった。
その呪いが……満月の夜に狼に変身する亜人病だとはつゆ知らず。
それもこれもロザリンヌが未熟であるからだ。
それでもイケメン紳士と交流が持てたからノーカンだと思うロザリンヌ。
だがそれすらも知らぬ王子ケインは昼夜問わずにロザリンヌの自室へ押しかけて肉体関係を持とうとした。
もう肉欲に溺れた獣である。
獣同士お似合いカップルの誕生だ。
行為の結果、王子ケインにも呪いが飛び火したが、知らぬ存ぜぬで押し通した。
結局は移り気の多いロザリンヌ。
立場が悪くなればいつでも聖女を辞めるつもりでいた。
が、勿論それを許してくれる相手はいない。
「聖女様、お仕事の時間で御座います」
「またぁ? さっきやったばかりでしてよ?」
「ですが聖女様が結界に魔力を注いでくれないので近隣住民に被害が出ているのです。ですから結界に魔力を注がない分、祝福で消費していただきませんと。教会としても立場がありません」
時間通りにやってくる新任教主。
どんなに体が痛くとも、祝福は聖女の立派な仕事である。
そもそも教会が出来た経緯もその祝福が民を救った通説から来ていたのだ。
通説とある様に、わざわざ力を見せた歴代聖女はいない。
これらは後から経典に付け加えられたものだ。
言わばそれだけ尊いお方なのだと箔付けの為の改竄された歴史だった。
アリーシャの場合はこれ幸いとばかりにイカロスに利用されたが、本来であればそれらは民や貴族に分け隔てなくもたらさなければならない。
だが知った事かとイカロスは金払いの良い上客にのみサービスとして施した。
結果としては国に大いに貢献したのでお咎めなし。
そしてアリーシャの苦労がはじまったのである。
……そんな苦労を一身に背負わされたロザリンヌ。
アリーシャがやれたからとロザリンヌにできるわけがない。
そもそも魔力量が雲泥の差。
猫の額程度の魔力しか持たないロザリンヌが、天上に浮かぶ月と同等の魔力を持つアリーシャと対比するのが大間違いなのである。
だがロザリンヌには何がなんでもやってもらわなければならない。
なにせそれ以外の祈祷も結界の維持もやっていないのだから。
教会の金を使って豪遊する様を見せつけられてる教会の従事者一同は、どうにかして教会の威信を守るために聖女の働く姿を求めた。
前任聖女のアリーシャであれば言われずとも率先的にやったのだが、ロザリンヌは言わないとやらない。
それが清貧を馬鹿にしてる貴族に聖女を任せられない最たる理由である。
だからと言って全ての貴族がこんな業突く張りであるとは限らない。
聖教国がおかしいのだ。
その全員が全員、腐った性根をしていた。
ロザリンヌはまだ可愛い方であるが、腐った貴族は見渡す限り存在していたので自分が腐っている事に気づかなかったのだ。
故に腐敗は中枢にとどまり続ける。
じわじわと、外側に向けて侵食し続けていた。
だが唯一その腐敗に負けない聖職者が現れた。
それが新任教主のナイアルだ。
彼は善行こそが教会のあり方だと率先的に身を粉にして汚名を返上するべく働き出す。
それを見倣えとばかりに囃し立てられるロザリンヌはこれだったら前教主のイカロスの方がなんぼかマシだったかもしれないと愚痴の限りを尽くした。
後日、ロザリンヌの知らないところで同盟国の一つが聖教国家オルファンから抜けた。
王子ケインからその話を聞いたロザリンヌは、そんなの放っておけと疲れた体をベッドに投げ打って思考を追いやる。
そんな態度の婚約者に、ケインは我慢できないと声を荒げた。
「君は、俺と一緒にオルファンを良くしていこうとは思わないのか?」
「思ってるわよ! だからやってるじゃない! 聖女ってすごく忙しいのよ!? 本当だったらこうして顔を合わせる時間も取れないの! なのに全部わたくしだけが悪いの!?」
身勝手にやってきて体だけ求めるケインに対して不満ばかりが募っていくロザリンヌ。
最初こそは望んでいたその地位。
しかしケインは婚約者としての務めを子作り以外でしか果たさず、プレゼントの一つも渡しやしない。
際限なく続く祝福の疲労。
アポイントメント無しでやってくる王子は口を開けば自分のことばかり。
結局王太子妃が平民であろうと貴族子女であろうと対応を変えない生粋のクズだったのだ。
こんな筈じゃなかった。
もっと幸せな毎日が送れると思っていた。
これじゃあ、家畜と同じじゃないか。
まだ貴族として、未熟でも誰かの家に嫁いだほうがマシだった。人間として扱ってもらえた。
だがそれに気がついたところでもう遅い。
取り返しのつかないところまで名を売ってしまっていた。
そしてその事実がロザリンヌをさらに追い詰める。
「ごめんなさい、ケイン様。私に聖女は無理でしたわ。そして婚約者の件も他のお方をお探しください。私、疲れてしまったのです」
「悪いがそういうわけにはいかないんだ」
「ええ、そうですよ聖女様。お仕事はまだまだいっぱいありますからね? 豪遊した分を取り戻すまで辞めることも病気で倒れることも許されませんから」
「ちょっ、待って! もう嫌よ! お祈りするのも! 聖女でいることも! 私は普通の暮らしに戻りたいの! ねぇ、良いでしょケイン様?」
「我が儘を言ってはいけません。では殿下、聖女様をお借りしていきますね?」
「うむ、私の子を孕んでくれる女性だ。大事に扱ってくれよ?」
「勿論で御座います。それが我々教会の勤めで御座いますれば」
ロザリンヌは知らなかった。
聖教国家オルファンにとって、聖女の地位は死ぬまで降りられないことを。
代わりの人材をあてがい、王族自らが認めない限り途中交代できない縛りがあった。
どんなに長生きしてもその過酷さから30年生きられない国の希望、人柱。
それが国がひた隠しにしている聖女の役割であった。
なまじアリーシャが優秀すぎたからそれすらも察せず、ロザリンヌを勘違いさせてしまった。
こうしてロザリンヌは聖女としての地獄を味わうことになった。
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