第7.5話 剣聖ベルウッドの離反

「ミリシャ嬢、アリーシャ様の行方が見つかったというのは本当か?」

「お声が大きいですわ、ベルウッド卿」

「す、すまぬ。我が身にとっては一大事故」

「分かりますわ。私も一時は白豚令嬢と揶揄されて迫害された物です」


 某日某所、要人の集まるパーティー会場で。

 同じアリーシャ教徒であるミリシャは顔見知りを見つけるなり話題を振った。

 その話題の人物は目下行方知らずとなっている聖教国家オルファンの聖女、アリーシャの行方についてだった。

 

「しかしどこで彼女の行方を?」

「お痛をした飼い主を尋問して問い詰めたんですの。ですがそちらからはさっぱり情報が得られませんでしたわ。そして途方に暮れていたんですけど、運命ってありますのね。私は子飼いの手下を通じてお姉様と再会したのです」

「おぉ!」

「ここでは人目が多すぎます。テラスにでも向かいませんか?」



 ミリシャがワイングラスを傾けて、父親ほど歳の離れたベルウッドを誘う。

 もしも嫁をもらえて子ができていたらこれくらいの娘がいたのだろうかと幻視して目頭を熱くするベルウッド。


「どうされましたの?」

「もし私が病に侵されず、嫁をとっていたらミリシャ様ほどの娘が居たのかもと幻視していました」

「あらあら。相当に闇が深いのですね」

「面目次第もない」

「ですけど、お気持ちはわかりますわ。私どもにとってお姉様、聖女アリーシャは神に等しいお方ですもの。あの方に出会ってあなたも救われたのでしょう? 勿論、私もですもの」


 胸の前に手を置き、艶のある声色で己の過去を語るミリシャ。

 心の病気で若くして肥え太ってしまう過去。

 社交の場ではそれを理由に嫁ぐ先が見つからずにえらく苦労した。

 今の姿を見れば作り話ではないかと思うほどに完成された美がそこに凝縮されていた。


「今の姿はお姉様に施していただきましたの。あの方は病に罹った患者の体だけでなく、心にも寄り添ってくださいますのよ。あなたもまた、お姉様をお慕いしているのではなくて?」

「その通りだ。彼女とは年齢の違いなど些細なことの様に感じられる不思議な魅力がある。私の様な獣混じりがそんな大層な感情を抱くのは分不相応だとわかってはいるが……」


 ベルウッドもミリシャに倣って過去を暴露する。

 呪いを受けてから満足に外出もできずにいたこと。

 満月の夜には全身に毛皮が覆い、人の姿を維持することさえできず、遠吠えをあげてしまうこと。

 そんなだから外交官も勤められず、嫁の貰い手もなくもうすぐ三十路に突入する事をつらつらと語り始める。

 こんな話、誰かに話したとてスキャンダル以外の何者でもない。だと言うのにベルウッドはミリシャになら話しても大丈夫だろうと言葉を綴った。


 最後まで聞いた後、ミリシャは自分のことの様に胸を痛めていた。もしも自分がどんな体験をしてしまったら、ずっと屋敷に引きこもっていたかもしれないと、ベルウッドの手を握って、手の中にリングを押し込んだ。


 触り慣れない感触を手のひらに感じ取ったベルウッド。

 目の前の少女の目をまっすぐに見ると、顔を伏せられてしまった。どうやら事情を知らずに受け取って欲しいものの様だ。


 理由はわからない。けれど何の意味もなく渡す品だとは思えず大事にハンカチに包んでポケットへと仕舞い込む。

 そして別れ際、ミリシャから意味深な言葉を聞いてパーティー会場を後にした。


「どうかベルウッド様にもお姉様のご加護がありますことを」

「ありがとうミリシャ様」

「いいえ、お姉様を慕う者同士、当然のことですわ」



 ベルウッドはそれからそのリングの出どころを探し始める。

 ミリシャ嬢関連であれば間違いなくセヴァールが絡んでいることだろう。

 そこまでは思いの外突き止められた。

 そして人手を使い、とある場所まで特定することができた。


 そこはセヴァール領の壁街の街、南門に位置する冒険者ギルド。そこでのみ貸し出していると言う噂を訪ねてベルウッドは護衛もつけずにその場へ事情を聞きに行った。



「すまない、少し良いだろうか?」

「はい、お貴族様。本日は当ギルドにどの様なご用件でしょうか? 人探しですか? それとも依頼の提出でしょうか?」


 対応は腰の低い男がしてくれた。

 歳の頃は自分より一つ二つ上。

 しかし下手に出ているのは自分がそれなりの地位につく格好をしていたからだろうか?

 あまりその様に扱ってほしくないのだが、要件は手短に済ませるか。

 ベルウッドはポケットからハンカチに包んだ金のリングを取り出した。


「これを、ここで貸し出していると言う情報を得て来た。違いないか?」

「へぇ、確かにウチで貸し出しているモノに似てますね。でも製造番号が記されてない。うちのはほら、番号が振ってあるんでさぁ」


 受付の男が取り出したリングは確かにナンバリングされていた。01~30まで。

 それを有料で貸し出しているのだと言う。

 たかがリングにどの様な意味があるのかまではベルウッドには理解しようもない。

 だが気になって仕方がない。


「しかしこいつはどこで手に入れたものです? 偽物が出回ってるってぇ噂はまだ聞いたことがないんでさぁ」

「こちらのリングはセヴァールの姫から極秘に譲り受けた物だ。どこかで購入した物ではないよ」

「あぁ、お客さんお嬢さんの関係者ですか。なるほど、どうりで身体中から気品が漏れ出ているわけだ。冒険者上がりだったらこうはならねぇ」

「彼女を知っているのか?」

「知ってはいます。何せこの商品の出資者ですから」


 それはそうだ。わざわざロンダルキアの家紋の入ったリングを売っているのだ。

 バッグにその家が関わっているのはわかりきっていることである。


「実はこのリングがどんなものかを正確に知らないんだ。これを取り扱ってる貴方なら知っているだろうと情報を集めに来たんだ」

「へぇ。お嬢さん曰く、体に良くないものを取り除く効果があるリングという事です」

「それは呪いの類もか?」

「そこまでの効果があるかは知りませんや。でも石化は解除されたと報告は聞いてますぜ」

「石化の解除ができる効果もあるのか! まるで上位シスターの祈りクラスではないか!」

「へぇ、効果は一日だけって話ですが、お客さんのそれはそういう制限はかかってなさそうですね」

「そうなのか?」

「あっしも詳しくはわかりませんが、こいつはとあるお方とパスを繋ぐための魔道具なんだとお聞きしています。そのお方は秘密ですが、あるやんごとなきお方であると噂が登っていますね。噂ではオルファンの聖女が関わっているとか何とか」

「!?!!!?」

「勿論、噂ですよ? 人間ってぇのはそう言ったありもしない噂に縋りつきたくなる生き物ですからね。そうだったらいいなと願掛けをして嵌めれば、それを信じたものが効果があるって口コミしてくれるんでさぁ。あっし達はそいつで商売してるんですよ」

「成る程な、納得した。ではこれは聖女様と繋がるための魔道具なのだな?」

「あくまで噂ですよ?」

「噂でも何でも良い。そんな噂に踊らされるのが、人間なのだろう?」

「へい」

「今日は面白い情報が聞けた。これはチップだ、受け取ってくれ」


 チップ、と言いながらもベルウッドはずしりと中身の詰まった金貨袋をカウンターに置き、ギルドを後にした。


 馬車に乗って宿泊宿に泊まり、早速指輪をはめてみる。

 聖女アリーシャの祝福でさえ、100%の完治には至らない。

 症状は抑えられるが、どうしても外出するのに仮面は必要になった。


 ロザリンヌとは比べものにならないほどの効果の押さえ込みであるが、正直それでも縋りつきたい希望だったのだ。

 だが、リングを嵌めた途端体の内側に広がる暖かな光がベルウッドを覆い包む。


「む、これは……毛皮の擦れる感覚がなくなっている?」


 聖女の祝福が切れると、どうしても顔周りに獣の特徴が出てしまうベルウッドは、恐る恐る仮面を外し、姿見に己の全身像を写した。


「なんて事だ、このリングは本当にアリーシャ様の祝福、いやそれ以上の効果があるのか!」


 あまりに興奮して声を抑え切れないベルウッド。

 慌てて口を両手で覆い、それでもなお興奮は抑え切れずにはしゃいでしまう。

 何せ自分のまともな顔を見るのは実に十数年ぶりだったからだ。


「あぁ、あぁ! 女神様は私を見放してはいなかった!」


 感謝の気持ちが溢れて抑え切れない。

 そして確かにこれは効果を付随して教えてはならないものであるとようやくその時になってミリシャの残した言葉の意味を理解した。


 

 後日、違うパーティー会場で。

 すっかり元の自分を取り戻したベルウッドはミリシャに出会うなりエスコートを申請した。

 お互いに婚約者がいない者同士。

 勿論、歳の差を感じさせないほど若々しさを見せる二人だからこそ注目を集めた。



「ベルウッド卿、随分と垢抜けられましたね?」

「それもこれも全てはミリシャ様のお陰さ」

「まぁ、私はお手伝いしただけですわよ?」

「それでもこうして感謝の意を示している。それにあの方のお名前を口にするのは貴女も本意ではないのでしょう?」

「ええ、お気遣いありがとうございますベルウッド卿」

「本当に、貴女には感謝しても感謝し切れない。そして私は決めたよ」

「何をでございましょうか?」


 突然の決意表明に、ミリシャは首を傾げる。

 

「我が国は聖教国オルファンとの同盟を降りさせてもらうと。どうだい、貴女の国もあの国を蹴っ飛ばしてみては? いい加減はらわたが煮え繰り返っている事だろう?」

「それは面白そうですわね。謹んでお受けしますわ。ですが私の一存では決定でき兼ねますわ」

「無論、それは私からも後押しさせてもらうよ」

「まぁ、我が国の英雄様すら恐れる血塗れ公爵様の本気のお姿が見れますのね?」

「随分と古い情報だ。そもそもあの呪いを受けたのは獣の返り血を浴びすぎたからだと今になって思うなぁ」

「あらお上手です事」

「ははは、笑い話になってくれたのなら良かった。ご婦人方にはあまり受けが良くないんだ、私の昔話は」

「私の場合は生まれ育った環境が特殊だったからですわ」

「ふふ、それでも気を遣ってもらえて嬉しい限りだよ、ミリシャ嬢」

「どういたしまして」



 この日、軍事国家ゼフィウスが聖教国家オルファンの和睦同盟から離反した。


 のちに自由国家セヴァールも離反し、事実上オルファンの二枚盾が剥がされた事になる。


 聖女の守りが消えても武力によって魔物の脅威から身を守ってきたオルファン。

 だがその武力もまたいなくなってしまい、住民たちは魔物に怯えて暮らす事になった。


 まだ解決の策はあるはずだと知恵を絞るが、愚王子ケインには大したアイディアも思い浮かばず、新聖女のロザリンヌで発散するばかりだった。

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